第二部11話目・意外と好感度が高かったようだ
護符の有用さを確認して銀ダンを出たあと、俺は一度パーティーハウスに戻ることにした。
……いや、まぁ、ティナのところにもう一泊しても良いんだけどよ。
たぶんそうするとまた、なんだかんだとそういう雰囲気になってなし崩し的にヤってしまうのが目に見えていたので、
俺は、若干寂しそうな表情のティナ(俺の気のせいかもしれないけどな)と別れてパーティーハウスに戻った。
パーティーハウスに戻ると、久しぶりにちゃんと服を着ている姉貴とはち合わせた。
姉貴は俺を見るなり首を傾げる。
「んんん〜〜……? セリー、なんだかちょっと雰囲気が変わったんじゃないかい?」
眠そうな目をしていない姉貴にそんなことを言われたが、俺は笑って誤魔化すことにした。
「ははは。姉貴こそ、いつもと違って服を着てるじゃねぇか。そのせいじゃないのか?」
「バカにするのも大概にしたまえよ。……だがまぁ、ふむ……」
俺の顔をじっと見てから、姉貴はニヤッと笑う。
「悪いことではなさそうだ。それなら、心配する必要もなさそうだねぇ」
そう言うと、姉貴はまた自室に戻っていった。
……ふぅ、危ない危ない。
姉貴はティナのことを知っている(姉貴にとっても幼馴染みたいなものだし、この街で探索者をしていることも当然知っている)からな。
下手に話を突かれると、話が余計にややこしくなる。
俺は、また姉貴と顔を合わせないようにそそくさと自室に戻ったあと、今度はハウス内の錬金術室に赴いた。
「あ、セリー君。……何か、アイテム作成の指示?」
うーん……。
相変わらず、どこか壁を感じる……。
まぁ、仕方ない。
とりあえずは仕事の話をしよう。
「はい。新しく護符というアイテムの錬金レシピを手に入れましたので、作成してほしいんです」
俺は、帰宅途中に中央市場といくつかの商店に寄って買い込んだ材料を、レシピと一緒にシオンさんに渡した。
シオンさんはレシピを見るなり「わっ、これはなかなか複雑なやつ」と言い、そこからしばらくレシピを見つめる。
俺はレシピを見つめるシオンさんの真剣な表情を見て、俺のこともそんな風に見つめてくれないかな、という気持ちが出てきたが、
「それでは、お願いします。もし、作成が難しそうだったり、材料が足りなくなったりしたら、また教えてください」
とだけ伝え、無言で頷いたシオンを残して錬金術室を出た。
そして、モルモさんの作ってくれた晩飯を食べてから、寝た。
翌日も俺は、ティナと一緒に銀ダンに潜ってみた。
そして潜ってみて感じるのは、出てくるエネミーの質もさることながら、量と密度がすごいということだ。
下の級のダンジョンでは、レーダーを使用していればエネミーを回避し続けて(配置されたエネミーの感知範囲外を通れるからな)一切戦闘せずにクリアすることも可能だが、
ここでは、エネミーの間をすり抜ける、ということが非常に難しい。
というのも、銀ダンは10階層あたりまでは白ダンに似た平原をひたすら歩く構造になっているんだが、それはつまりフィールド内に遮蔽物が少ないということであり、
出てくるエネミーがどれもデカい(つまり視界が広く、それだけ感知範囲が広い)うえに数が多いため、感知範囲の隙間がほぼ存在しないのだ。
こそこそマントをつけていても遠目で姿を見られれば寄ってくるし、インビジブルバンダナで姿を消していても、ある程度近づくと視覚以外の方法でこちらを感知してくる。
ティナ曰く、大鬼系統はレーダーを持っていて、巨人系統は耳が良くて、大蛇系統は熱を感知していて、大猿系統や大狼系統の獣型は鼻が良いらしい。
つまり、マントとバンダナの併用ができない(インビジブルバンダナは他の装備品との併用ができない)以上、足音や熱や臭い対策をしていなければ、一定距離まで近づいた時点で向こうから寄ってきて戦闘になるということだ。
これは非常に面倒だ。
戦闘回数が増えればそれだけ幻想力を多く消費するし、フルマッピングに挑む際にも戦闘を前提として移動ルートを組まなくてはならなくなる。
それに、一度戦闘を始めるとその戦闘音に引き寄せられて遠くから次々とエネミーが来たりするし、遠距離攻撃のできるエネミーも多いので、目の前のエネミーに集中していると不意打ち気味に背中を撃たれたりする。
ここでは、今まで以上にパーティーでの連携を密にして、数の優位と立ち位置の優位と相性の有利を常に意識していかないといけないわけだ。
で、ティナのやつはこんな忙しないところをずっとソロで探索していたようだが、
「お前、なんでパーティー組まなかったんだ?」
7階層を移動中に聞いてみると、ティナはプイッと顔を背けた。
「何度かパーティーを組んでみたりもしたんだがな……。残念ながら、探索方針や実力帯が合わない連中ばかりだった。しかも私の美貌に鼻の下を伸ばして、しょうもない提案をしてくる連中も多くて、それなら一人でやるほうがマシだと思っていたんだ」
なるほどな。
「まぁ、俺も長いことソロだったから気持ちは分からんでもないが。銀ダンぐらい対エネミー戦闘が苛烈になったら、やっぱソロじゃ厳しいだろ」
「厳しくても、ダンジョン内での敗北は落ちるだけだ。だが、人間関係の失敗は街中まで影響する。私にとっては、そちらのほうがリカバリーが難しい話だったんだ」
……まぁお前、人付き合いが上手なタイプじゃあないもんな。
尊大で意地っ張りで、面倒臭い奴だし。
「……それに、本当に組みたかった奴はソロで実力があるくせに、下のほうをウロチョロするばかりで全然上に上がってこないし……」
……あー?
お前それ、もしかしなくても俺のこと言ってんのか??
「まさかとは思うけどお前、待ってたら俺のほうからパーティー組むの誘ってくれると思ってたのか? ……バッカじゃねーの!」
なんだその女々しい考え方!
つーか俺も、いつものお前ならこの街に来て俺に会うなり「おい貴様、私の家来にしてやるから一緒に潜るぞ」ぐらい言いそうなもんなのに、顔合わせてもちょっと軽く雑談するだけで済まされたからよぉ。
まぁ、幼馴染の間柄なんて所詮こんなもんかと思って、ほどほどの距離感での付き合いに切り替えたってのに。
はぁーあ、バカバカしい。
「じゃあ聞くけど、今こうやって一緒に探索してみて、どんな気分なんだよ」
「……何も言わなくても、私の動きまで含めて先読みして合わせてくれるから、すごく戦いやすい」
まぁ、そういうことが当たり前にできるように、俺は常に頭を使って考えてるからな。
「今までだったら、3体以上に囲まれたら為す術なく落ちることも多かったが、貴様と一緒だと安定感が違う。まったく怖くない。それに次から次へと流れるように戦ってエネミーを倒せるから、……正直言うと、とても楽しい」
そうか。
そりゃ良かったよ。
「き、貴様のほうはどうなのだ! ……その、私と一緒に潜るのは」
そりゃまぁ、楽しいよ。
「初恋の相手が、思っていた以上に俺のことを好きだったっぽいことが分かったからな」
「そ、それは探索とは関係ないだろうが……!?」
ははははは。
まぁな。
そんなこんなとくだらないことを言い合いながら近寄ってくるエネミーをどんどん倒していき、
この日は10階層のボスである翼竜騎兵火炎大猿を倒して銀ダンを出た。
そして、夜。
「お待たせタッキー! 久しぶりに一緒にご飯だね! ……って、その人は、だれ??」
俺とティナは、3弟子たちと一緒に、晩飯を食うことにした。