第二部8話目・情報収集には代価が必要
教えてもらった「印」は、幸いにして俺にも使うことができた。
このボケナス幼馴染の教え方が良いのか、そもそも習えば誰でも使えるようになるものなのか、そのあたりの細かいところは知らんが、使えるのならなんでもいい。
俺はティナ子と同じく保護印の壱によって幻想体を薄い膜で覆い、ダンジョンからの威圧感に耐えられる状態になってから、銀ダン内を歩いてみた。
「ああ、こりゃダメだな」
そして、ヨイチさんとティナ子とともにしばらく歩いたあと、自身のステータス表示を確認して、俺はため息をついた。
「何がダメなのだ?」
「この印って技術、幻想力の消費が激しすぎる。このまま歩いてたら、俺はあと2時間ぐらいでPP切れになって落ちる」
「はあっ……?」
ティナ子が「何言ってんだコイツ」みたいな表情をするが、事実だから仕方ない。
「俺は、幻想力が少ないんだよ」
だからあれやこれやと無駄遣いをしていると、すぐにPP切れになっちまう。
それに。
「この印って技術、ダンジョンに正式に認可されたものじゃないみたいだ」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。この技術は、ダンジョンを攻略するための推奨技能じゃないってことだ」
だから俺の特殊スキルである「PP消費1/10」(ダンジョンを通算で1000回クリアした時にもらったスキル。文字通りあらゆる形でのPP消費量が90パーセントオフになる)の適用外になっていて、PP消費量がヤバいことになっている。
てことは、だ。
「……おいティナ子。お前の知ってる他の探索者たちの中で、印とか錬氣以外の方法でこの威圧感に対処してる奴らはいるか?」
「いや、知らん。というか、ここまで来ている探索者たちが、パーメン以外の人間にそう簡単に手の内を晒すはずないだろう。私だって、聖奉天教会の縁で堕天組の方々から話を聞かなければ、印がダンジョン内で役立つなんて知らなかったわけだからな」
まぁ、そりゃそうか。
「なんなら今の私は、四闘神のヨイチ氏と一緒に探索しているというだけで、少し舞い上がっている自覚があるぞ。錬氣、というものも知れたしな」
「おぉー、そうなのか? ま、確かに、ここまで来ると他の組と顔合わすこともほぼなくなるもんな!」
と、先ほどからヒュパヒュパと矢を放って近寄ろうとしてくるエネミーを皆殺しにしているヨイチさんが、笑いながら言う。
俺は、さらに考える。
「……宗教と、武練。そのどちらのものも、ダンジョンからすると想定外。……だとすれば」
そしてヨイチさんに向き直る。
「すいません。もう少しじっくり考えたいんですけど、ここだと時間制限がアレなので」
「ほいほい。じゃあ、今日のところは最短最速で5層のボス倒して外に出るかー」
お願いします。
ということで、そこからの俺たちは最大速度で最短ルートを駆けていき、5層のフロアボスである地竜騎兵大鬼をヨイチさんが仕留めて(オーガの正中線に八連速射を当てて倒した)から、銀ダンを出た。
俺はヨイチさんにお礼を述べ、後日また一緒に銀ダンに潜る約束をして(次回は四闘神の四人全員と一緒に、だ)からヨイチさんと別れた。
そしてティナ子とともに喫茶店に入り、コーヒーとカフェオレを注文する。
「なぁ、ティナ子」
「なんだ。というか貴様、また勝手にカフェオレを……」
「お前今日この後ヒマか。このまま俺に付き合えよ」
するとティナ子のやつは、急に鼻白んだような表情をした。
それから思い直したようにして、気障ったらしく前髪をかき上げる。
「……なんだ藪から棒に。言っておくが私は、貴様のところの弟子たちとケンカするつもりはないぞ? もっとも、私の美貌と肉体美に遅ればせながらでも欲情したと言うなら、縛って踏んでやらんこともないがな」
「誰がテメーみたいな面倒臭い女に手を出すかよ。お前あれだろ。一回ヤッたらもう付き合ってる気になって男の財布握ろうとしたり来週の予定勝手に決めたりするタイプだろ」
遊びでマジになるような奴に、遊びで手を出すわけないだろ。
俺は、無表情になってコーヒースプーンを俺の首元に突きつけようとしてくるティナ子の手を押さえて、ため息をついた。
「そうじゃなくて、銀ダン以上に潜ってる色んな人たちから話を聞きたい。で、俺がツテの届く限りで人を集めて話を聞くから、お前も一緒に聞いてろってことだ」
ついでに、大人数集めて騒いでも大丈夫で、料理の美味い飯屋知ってるなら、教えろよ。
「俺もいくつか店の候補はあるが、お前のほうでオススメがあるならそっちにする。で、その店と連絡取れるなら、そっちで席の予約しといてくれ」
こっちは今からあちこちと通信するので忙しいからな。
「あ、できれば広めの個室で内緒話がしやすいところがいいんだが」
「……それなら鳳凰軒がいいだろう」
……奇遇だな。お前から店の案がなけりゃ、俺もそこにしようと思ってたよ。
「なんだと。……貴様、パクるんじゃない」
「こっちのセリフだ。おら、それならさっさと予約しろよ」
「言われずとも」
「ああ、それと。料理と酒は目一杯で頼んどけ。なんなら店ごと貸し切ってもいいぞ」
必要経費として、ウチのパーティー予算から出すからよ。
ということで俺は、各パーティーへの連絡を済ませ、そこから後は予約の時間までティナ子と一緒に喫茶店で時間を潰した。
そして時間になったので、2人揃って鳳凰軒に向かった。
◇◇◇
「威圧感対策ぅ? ははは、そんなもん、大きな声じゃあ言えないけどよぉ。……なんだ、ター坊も知ってるのか。そうだよ、堕天組から教えてもらったんだ。ここの外では言いふらすなよ?」
「俺たちは練氣でやってるなぁ。俺もソイツも、剣で食ってきた身だからな。もっとも、錬氣は錬氣でも、俺たちのは九道流っつって氣の運用操作により主眼をおいたやつなんだけどな」
「あたいたちは、気合いだなぁ。……いや、ほんとほんと。あれ、しばらーく生身のままになって威圧感に身を晒す、ってのを下の級のときからやってると、存外耐えられるようになるもんなんだよ」
「某たちも錬氣でござるなぁ。無論、それほど器用にできるわけもなく。威圧感対策以上のことはしておらんが」
「私たちは、アイテムで対策してるよ。護符っていう使い捨てアイテムがあるんだけどね。黄ダン深層のモブからレアドロするか、腕の良い錬金術師なら、材料さえあれば量産できる、……え、レシピ? いやいや、それはやっぱりウチの秘匿知識だし。……ほんと? それ教えてくれるの!? オッケーオッケー、今度教えてあげるよ!!」
「ウチも堕天組からだが……。頼むからお前、俺たちが喋ったこと喋るんじゃねぇぞ? 堕天組の傷物聖女様ならともかく、護衛騎士たちはマジで殺しにくるからな??」
「気にしたことがないな。威圧感? あるのか、そんなものが?」
「あー、アタシ、幻想力吸収の幻想特性持ってるから。だからアタシも威圧感を気にしたことないなぁ」
「なるほどな……。色々と方法が……、うんっ? ……おい、貴様、大丈夫か? 飲み過ぎじゃないか? ちょ、ちょっと待て! ここで出すな! 口を閉じろ! お、おい、こっちに来い!!」
…………オロロロロロロロロ……、オエッ……。
……グエエェェ……、エ゛ェ゛……。
◇◇◇
……頭痛ぇ。
俺はガンガンと痛む頭に、体を起こすのを諦めた。
そして何がどうなってこれほど頭が痛いのかを考えながら、ベッドに寝転んだまま横を向くと。
「……はあっ?」
俺の隣に、銀髪の美女が寝ていた。
というかティナ子だ。
え。
コイツなんで、俺の隣で寝てるんだ。
俺はあまりにも突拍子もないことに、思考がフリーズした。
そして俺の腕にむにゅむにゅとした柔らかい感触がある(たぶんコイツのデケェ胸だ)のと、俺の脚にもむにむにスベスベとした感触がある(たぶんコイツの太ももだ)のだが、
どうにも、絡みついてくるコイツの肌とシーツ以外の肌触りがない。
つまり、お互いに全裸である可能性がある。
「……はっ?」
俺は再び思考がフリーズし、すやすやと寝息を立てている幼馴染の顔を見つめた。
……コイツ、やっぱムカつくぐらい美人だな。
俺は、昔から思っていたことを改めて思ったが、頭の痛みと気持ち悪さとものすごい眠気でそれどころではなくなり、
……いやまぁ、夢の可能性もあるしな?
と、再び意識を手放すことにした。
起きたらちゃんと一人で自分のベッドで目を覚ましますように、と祈りを込めて。
なお。
数時間後に起きたらやっぱり隣でティナ子が寝てた(しかも全裸で)。
しかも一緒に起きたティナ子は、顔を赤らめて目を伏せながら「お、おはよう。……昨夜のことはお互い忘れよう」とか言いやがるし。
……いや、怖いから何があったか教えてくれよ!!?