第二部5話目・幼馴染を追及する
翌日。
ポンコツ娘を3弟子に預けて白ダンに行かせることにした。
しかし俺は昨日のことがあったので、今日のところはなるべくラナと顔を合わせたくなかった。
だから朝イチでユミィの部屋に行って、弟子たち4人で白ダンフルマッピングをしてくるように指示したのだが、
「……ふーん。……まぁ、分かったよ。ところでタキ兄ぃ、今日は朝から気温が高い気がしない?」
と、からかうような笑みを浮かべてゆっくりと近寄ってくると、ユミィは俺の目の前でシャツの胸元をパタパタしやがった。
ユミィの、今では人並み以上に育った胸の谷間が嫌でも目に入る。
寝起きで下着もつけていないようで、柔らかそうな肌の輪郭が見えて、俺はなんともいえない気持ちになった。
「ユミィ……。いや、なんでもない。あのポンコツを頼んだぞ」
「……にひひ、りょーかい♡」
明らかに、何か吹っ切れたような雰囲気を出してやがる。
昨日、俺が自室に戻ってから弟子たち同士でどういう話をしていたのか知らないが、
少なくとも、俺にとっては良くない話だったのだろう。
俺は食堂でモルモさんに会って朝食を自室に持ってきてもらうように頼んでから、自室に戻った。
そして朝食が部屋に届くまで、室内で鍛錬に励んだ。
「セリーさんも、苦労されますね」
と、モルモさんに言われたが、俺は「……まぁ、はい」としか返事ができなかったのだった。
◇◇◇
俺が馴染みの喫茶店で待っていると、約束の時間から5分遅れてティナがやってきた。
「待たせたな」
「おせーよ」
お前、先日俺に何て言ってたよ?
普通に遅れてくるんじゃねーよ。
「何を言う。レディを呼び出すというのに移動時間だけでギリギリの時間設定をするやつがあるか。貴様は分からんかもしれないが、身だしなみのためにかかる時間というものがあるのだぞ」
はいはい。悪ぅございましたよ。
「まぁいいや、座れ。すいません、俺はブラックコーヒーと、コイツにはカフェオレを」
「おい、私もブラックでいいぞ」
「やかましい。コーヒーの味や香りの違いなんて分からねぇくせに。大人しくミルク入りで飲んでろ」
俺は、運ばれてきたカフェオレに有無を言わさず角砂糖を2個入れてやり、スプーンでくるくるかき混ぜる。
そのあと自分のコーヒーを一口飲んでから、口を開く。
「ラナなんだが、……クソヤバいな。アイツが来て僅か一日足らずで、ウチのパーティーの関係性をグルグルにかき混ぜられた」
おかげで俺は朝から目が回りそうだよ。
「ふん。あの3人娘たちに何かされたのか? だが、そんなもの貴様の自業自得ではないか。あれだけ好意を示されているのに無碍に扱いおって。乙女心を軽視しているから強硬手段に出られるのだ。いずれにせよ、遅かれ早かれだったはずだ」
んなこたねーよ。
少なくとも、昨日まではうまく回ってたんだからな。
「それはお前がそう思っていただけだろう。あの3人は、お前の対応にずっとやきもきしていたはずだぞ」
「なんでお前にそんなこと分かるんだよ」
「分からないわけないだろう。そんなこと、少し見ていれば誰でも分かる」
見てんじゃねーよ。
というか他のボケどももそうだけどよ、俺のパーティー事情に興味津々か、お前ら。
他人の色恋沙汰ほど、しょーもない話題もないだろうに。
「2年前に、あの3人のためにあれだけ大々的に決闘しておいて、よく言う」
うるせー。
あの時は仕方がなかったんだよ。
「しかもその後もあちこちで情報を売ったり講習の講師役になって新人たちに名前を売ったりしたくせに。弟子たちだけの少女3人組パーティーを作って男たちの耳目を集める方針をとったりしたくせに」
あー。あー。
うるせーうるせー。
「ほんとに自分のことを棚に上げてよく言うよな貴様は。親の顔を見てみたい」
見たことあるだろーが、俺の親父の顔ぐらい。
「モノの例えというやつだ。それぐらい分かっているだろう」
分かってるよ。
だからまぁ、そんなことはどうでもいい。
「お前、なんでラナにウソついてるんだ?」
俺は、不意打ちで本題に入った。
幼馴染はプイッと顔を背けた。
「……なんのことだ?」
「しらばっくれんなよ。お前、ラナに、もう虹ダンに潜ってるって言ってるようだな」
お前まだ銀ダンも未クリアだろ。
なんでそんなウソついたんだ?
「…………言ってない」
「ああ?」
「虹ダンに挑んでいるなんて、言ってない。少し紛らわしい書き方をしたかもしれないが、それはラナの受け取り方の問題だ」
……コイツ、妹分のせいにしやがった!
「お前なぁ……。言っちゃあなんだが、あのポンコツがこの街に来た理由の一番は、立派に活躍する姉貴分のお前に会いたくて、ってことだぞ」
それってつまり、間接的にお前のウソが、あの子を自主退学に追い込んだってことになるんじゃないのか?
「…………」
「まぁ、昔からお前は尊大で、見栄っ張りで、がむしゃらな奴だったけど。今回の件は、お前も後悔があるんだろ?」
じゃなかったらお前が、わざわざ会いに来た大事な妹分と顔も合わせずにいるはずないもんな。
「だからお前、責任取ってマジで虹ダンまで足を踏み入れようとしてんだろ。で、どうせまた訳のわからんぐらいの破滅的な勢いで攻略度を無理やり上げようとしてるんだろ?」
他の、銀ダン金ダン潜ってる連中に無理やりついて行かせてもらって、身の丈に合ってない階層を潜り抜けようとしてるんだろ?
ここに来たばかりのころのお前がそうだったように。
やめとけよ、そういうの。
「それでお前が再起不能とか、まかり間違って死にでもしたら、あのポンコツもたぶん後追いするハメになるぞ」
アイツ、思い切りだけはいいからな。
たぶん「やらか死」するぞ?
「で、だ。そんなことになったら、俺にまで被害が及ぶだろ」
あのポンコツ娘の現在の師匠は俺なんだからな。
お前が死んでアイツにまで死なれると、アイツの死の責任が全部俺に来るだろ。
「そしたらまた俺がお貴族様とモメることになるじゃねーか。やめろよ、クソ面倒だから。……あん?」
気がつくとティナ子のやつがブルブルと体を震わせていた。
なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ。
「貴様というやつは……! なぜいつもいつもそうやって嫌味ったらしい物言いしかできないのだ!? 貴様こそ、言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうなのだ!?」
じゃあ言うけど。
「お前の虹ダン挑戦、俺も協力してやるよ」
「……なに?」
「思い詰めたお前が、また一人で身投げみたいな探索するぐらいなら、俺も手を貸してやるって言ってんだよ」
で、さっさと気兼ねなくラナに会える立場になれ。
そんで、俺のとこからあのポンコツを引き抜いて連れて行け。
「あんな面倒臭い奴、同じくらい面倒臭いお前以外にちゃんと面倒見れる奴なんかいないだろ」
あのポンコツ妹分の面倒は、最終的にはお前がちゃんと見ろ。
それが一番シンプルで、ベストだろうが。
「俺も別にヒマじゃあないが。見栄っ張りで意地っ張りで、けど人一倍頑張り屋でひたむきなお前を、幼馴染のよしみで助けてやる」
まずは近いうちに銀ダンクリアするぞ。
そのために必要なあれこれは、俺のほうで手配しておくからな。
「あ、ああ。……すまない」
すまないって思ってるんなら、虹ダン行けたらちゃんとラナを引き取れよ。
「それとまぁ、……俺のほうも、ちょうど上の級のダンジョンに用事があったからな」
そういう意味では、ちょうど良かったよ。
こうして俺は、幼馴染のために一肌脱ぐことにしたのだった。