第二部1話目・ほわいだにっと
「そういえばタッキーってさ、いうほどお金に執着してないよね?」
突然そんな意味の分からないことを、バカ弟子一号ことツバサが言ってきた。
おいおい、いきなりどうした?
「いや、だって。あたしが今まで見たことのあるカネに汚い人って、もっとこう、なんていうか、魂まで汚そうな感じがしてたもん」
誰の魂が薄汚れてるって??
「だからタッキーは薄汚れてないでしょって言ってるの。タッキーは、お金が好きだからお金を稼いでるわけじゃないでしょ? お金がたくさんあることで出来るようになることがあるから、お金を稼いでるんじゃない?」
と、バカがバカなりに考えたであろうことを言ってくる。
ふむ。まぁ、そうだな。
「おおむねは、間違っちゃいない。カネがたくさんあることの一番の利点は、安心できることだ。だから俺はカネを稼ぐ」
「安心?」
「ああ。世の中、カネがあって得することは少なくても、カネがあることで必要以上に損をせずにすむことはたくさんある」
カネさえあれば、たいていの不幸や苦難は乗り越えられる。
だから俺は、安心を得るためにカネを稼ぐんだ。
「ふーん……?」
なんだ、不思議そうな顔をしやがって。
お前だって実家の極貧農家暮らしが嫌だから、このアカシアに出てきたと言っていたじゃないか。
それなら分かるだろ。
幼い頃のお前が感じた苦しみや辛さの大半は、カネがあれば感じることもなかったことだってな。
カネがあればもっとちゃんとした家に住めて、
カネがあればもっとしっかりご飯が食べられて、
カネがあれば綺麗で新しい服を着ることができて、
カネがあれば学校に行って勉強することもできたんだぞ。
「カネがあっても幸福になれるかどうかは分からんが、カネがあれば不幸や不遇を避けることは容易になる」
カネを持つということはそういうことだろ。
今の暮らしをしていれば、そんなこと考えるまでもなく理解できてるだろうが。
「いや、うーん……。それはまぁ、そうなんだろうけど……」
そういうことじゃなくてさ、とツバサは言う。
「それってさ、あくまで一般論ってやつじゃない? タッキーよく言うじゃん。一般論と俺の考えは違うって。タッキーって変な所こだわるタイプだから、そういう皆はそうってだけの話は、実は違うんじゃないの……?」
……コイツ、やっぱ即断で言い合うと鋭いところを突いてくるな。
貧弱な脳細胞を経由させるより、脳筋らしく脊髄でモノを考えるほうが口が回るようだ。
「つまりお前はこう言いたいのか? ……俺には、カネを稼ぐこと以上に目的としていることがある、と」
だからカネ儲けはあくまでももののついでで、真の目的を達するための経由地でしかない、と?
「けいゆち……? ちょっとよく分かんないけど、お金のことだけ考えて生きてるわけじゃないよねってこと」
「……なんでそう思うんだ?」
「だってタッキー、穏やかで安定した暮らしをしたいってよく言うじゃん」
言うよ。
事実だからな。
「だったら。タッキーこそ、ここに来ないで生まれ育った町で働いてたら良かったんじゃない?」
「……」
「タッキーの実家って、たぶんそれなりに裕福なんでしょ? わざわざこの街に来て探索者をし始めるのは、何かそれなりの理由があったんじゃないの?」
……まったく。
俺はツバサの額にデコピンを喰らわせた。
「痛っ!? ちょちょちょ、なんでデコピンするの!?」
「お前、俺のことを根掘り葉掘り聞いてどうしたいんだ? 俺の探索者活動に真の動機があったとして、それはお前に関係ある話か?」
以前から何度も言っているが。
探索者には誰しも、探られたくない過去や知られたくない想いがあるもんだ。
それをズケズケと聞くのは、探索者の流儀に反する行いだぞ。
「相手が俺だからデコピンで済んだが、人によっては殺し合いにまで発展することもある話題だ。それなりに重いタブーだということは、もっと自覚しておいたほうがいいぞ」
こんな馬鹿らしい話のやり取りで、自分の身を危険に晒すことはないぞ。
そういうところは、もっときちんと自己防衛しろ。
「いや、さすがにあたしだってそれぐらい分かってるよ……。相手がタッキーだから聞いてるんじゃん」
「聞くな。俺のことを、そんなに気にするな」
「気にするよ! だってタッキーと知り合ってもう2年になるのに、いまだにタッキーのこと、よく分かんないことがいっぱいあるんだもん!」
そんなの、当たり前のことだろ。
「俺とお前の関係は何だ? 家族か? 友達か? それともまさか、恋人だとでも言うつもりか? ……違うだろ。俺とお前は、探索者としてのパーティーメンバーだ」
そりゃあ、そんじょそこらのヌルい人間関係よりは、よほど濃密で接着した時間を過ごしてるよ。
何度もダンジョン内で一緒に泊まり込みもしたし、ヤバいこととかも一緒に乗り越えてきた仲だ。
お前の中での俺は、一番深い付き合いをしている異性ってことになるんだろーよ。
それはまぁ、分かるよ。
「だが、それはそれだし、それだけの話だ。俺は、俺のこと全てをお前たちに知ってほしいとは思わないし、知らせるつもりもない」
あくまでも俺は、探索者としてのお前たちの師匠だ。
俺が教えるべきことは教えるし、一緒に潜るときはリーダーとして振る舞う。
一緒の家に住んでいて、一緒に飯を食って、探索中もそれ以外もだいたい一緒にいる。
だけど、引くべき一線があるのもまた事実だ。
俺は、そういうところはキッチリするタイプなんだよ。
「むぅぅぅーー……。もう! タッキーのバカ!」
誰がバカだ。
バカはお前だろ。
「バカはタッキーだよ! バカ! アホ! カチカチ腹筋!」
と、言いたい放題言ってから、ツバサは自室に戻っていった。
まったく。
なぜ俺がそこまで罵倒されなきゃならないんだ。
……いや、まぁ。
俺はバカじゃないので、一応は分かっている。
「……はぁ。本当に、最近は目のやり場に困る」
あのバカもそうだし、残りの2人もそうみたいだが。
どうにもあいつら、俺のことを異性として意識しているフシがある。
いや、フシどころか。
最近マジで挑発するみたいに薄着で家の中を歩き回りやがるんだよな。
さっきのツバサもそうだ。
上はブラウスの第三ボタンまで開けてて胸元ゆるゆるだし、下は裾の広い短パンだから膝を立てて座ると下着まで普通に見える。
「アイツら、なんか知らんがめちゃくちゃ成長したからな……」
信じられんことに、3弟子たちはこの2年ほどで身長がぐーんと伸びた。
成長期というやつなのかもしれないが、それにしても伸びた。
それに、体型もずいぶん女らしくなった。
チビでガキンチョ体型だったのに、気がつけば胸も腰も一丁前に膨らんでいる。
手足も伸びたし、髪も伸ばして編み込んだりして色気づいている。
誰に習っているか知らないが、オシャレな服を着たり、たまにほんのり化粧もしたりしている。
はっきり言うと、3人とも俺のストライクゾーンに十分入ってしまっている。
……非常に困る。
「色恋沙汰とか、パーティーで一番困るネタなんだがな……」
色恋沙汰からパーティー仲が悪化して解散したパーティーなど数知れずだ。
せっかくここまで一緒にやってきて、そんな終わり方をするのはハッキリ言ってダサ過ぎるし、
そうなった場合、たぶんユミィの実家とモコウの実家は黙ってないと思う。
両家とも怒りのあまり、俺の首を物理的に捻じ切りに来るんじゃないか??
……うーん。
やっぱりダメだよな。
「シオンさんは、なーんかずっと距離を置かれてるしなぁ……」
とある一件があってから、シオンさんもこの家でずっと一緒に暮らしているが、
逆にシオンさんは、とにかく隙を見せてくれない。
いや、そういうだらしない人ではないということは分かっていたのだが、とにかくガードが固すぎる。
1年以上一緒に暮らしているが、マジで一度もだらしない姿を見たことがない。
俺の不肖の姉など、5日に4日は半裸に近い格好で家の中をうろついているというのに。
なんか、以前より壁を感じてしまうぐらいだ。
「……やっぱり、半分騙したみたいな流れで専属契約をしたのがまずかったか……? けど、あのときはああするのが一番良いと思ったんだけどな……」
ままならない現状に、ため息ばかりが出てしまう。
今日は探索を休みにしているし、時間はあるから出かけても良いのだが、
「……うーん」
なんかやる気が出ないなぁ、と思ってしまい、本当に久しぶりに惰眠でも貪ってみるかと血迷っていたところに、
「……あん?」
通信が入った。
しかも、けっこう珍しい相手からだ。
『こちらタキオン。なんだ、どうした?』
『相変わらず覇気のない声だ。暇だろう。少し付き合え』
……まぁ、良いけどよ。
ということで俺は、幼馴染の女に会いに行くことにした。