外伝・お嬢様は立ち向かう・3
◇◇◇
「うっ、うっ、しくしくしく……」
やっちまいました。
私、ここまでかもしれませんわ……!
「ま、まさか、こんなことになるなんて……!?」
私は泥とベトベトにまみれながら、先ほどまでの出来事を思い出します。
◇◇◇
白ダンクリアの翌日。
つまり本日。
私は意気揚々と黒ダンに挑みました。
途中で何度か戦闘をしつつ幻想体のレベルを上げ、
青いブヨブヨしたフロアボスを倒して(殴っても効かなかったので、離れたところからひたすら矢を撃ちました)次の階層へ。
第6階層もてくてくと歩いて丘を越え、なだらかな下り坂を降りて進んでいたところ、
カチッ、という音が靴の下から聞こえた瞬間、まるで魂まで吹き飛ばされそうな衝撃が私の幻想体を襲いました。
あとで知りましたが、そこは地雷ガマというトラップ型エネミーの群生地だったようです。
私は、地雷ガマの起爆スイッチを誤って踏んづけたようでした。
地雷ガマのすさまじい大爆発により、鼓膜が破れそうなほどの轟音と、空中に放り出されて落下する際の浮遊感。
幻想体が肉体に置き換わり、ぬかるみに落ちて背中を強打して息が詰まりました。
さらには全身を包む冷たい泥の感触と、もうもうと立ち昇る黒煙が見えました。
私は、痛む体をなんとか起こして、その場を離れました。
あれほどの轟音なら、きっと他のエネミーたちが音に釣られて寄ってくると思ったからです。
その考えは正しかったようで、私がぬかるみを抜けたころにはギャーギャーとダミ声で鳴くハゲワシのようなエネミーが、私がいたあたりの上空を旋回しているのが見えました。
私はとにかくその場から離れたくて、ぬかるみの中を走り続け、ゴロゴロとした岩が立ち並ぶあたりに来ました。
生身の肉体は幻想体よりもはるかに足が遅く、しかもなにやら常に首筋がチリチリする感じがしてすぐに息が上がり、
私は荒い息を整えるために岩場の中で足を止めました。
そしてまた、上空を飛び回るハゲワシのようなエネミーが目に入り、あの鳥たちに見つからないよう岩場の陰に入り込んだところ、
「な、なんですのコレ……!?」
突然足元の泥がぐにょぐにょと動いて、私の足を這い上がってきました。
私は慌てて払い除けようとしましたが、今度は払った手にもぐにょぐにょが集ってきて、あっという間に全身ぐにょぐにょだらけに。
「わっ、わっ、わっ……!?」
バランスを崩した私はぬかるみの中に転倒。
集ってきたぐにょぐにょの重さで立ち上がることもできなくなり、全身を這い回るぐにょぐにょの感触と泥の冷たさに、悲鳴が出そうになるのをぐっと堪え続けて、
そして、今に至るというわけですわ。
「ううっ、ううぅーー……!!」
顔にまで登ってこようとするぐにょぐにょだけはなんとか払い除け(でないとたぶん、窒息しちまいますわ)、
それでもそれ以上はどうすることもできないまま、どれほどの時間がたったことでしょうか。
私の体は芯まで冷えて、指先の感覚がなくなってきていて、もういつまでもこうして耐えることはできなさそうでした。
私は、私を襲う悲運に知らずのうちに涙がこぼれてきて、そうして姉様のお顔が脳裏をよぎりました。
ああ、ティナ姉様……。
「も、申し訳ありません……。ラナはここまでのようです。ああ、先立つ不幸をお許しください……」
と、私は、最後の力を振り絞って自決用に持たされていた懐刀を取り出そうとして、
「……おいおい、マジかよ」
男性のお声が、聞こえたような気がしました。
すると突然、私に集っていたぐにょぐにょたちが私から離れ、声のしたほうに向かっていくではありませんか。
「なんか見たことある状況になってたから、まさかと思って来てみれば……」
見れば、赤いマフラーを巻いた背が高くて目つきの悪い御方が、動くぐにょぐにょに次々と刃を突き立てて動かなくしていっています。
そしてあっという間に全てのぐにょぐにょを動かなくしました。
「なんでこんな、ツバサと同じようなことになってる奴がいるんだよ……。おらっ、手を出せ」
手を伸ばすと、その御方は私をぐいっと力強く引っ張り起こしてくださいました。
「あ、あのっ、わたくし……」
私は、私の身に起こった出来事を説明しようとしましたが。
「いい。どうせ地雷ガマの爆発で生身になったんだろ。吹き飛んだアンタの足が地雷ガマ地帯に落ちてたよ」
「あ、はい」
なんとも、見てきたかのように私の身に起きた不幸を言い当ててしまいました。
まさかこの御方、私の心がお読みになれる……?
「……というか、アンタまさか講習未受講者か? ……そういえば、エリーゼさんが何か愚痴ってたな……」
私を助けてくれた御方は、はぁっ、とため息をつくと。
「……しょーがねーなぁ」
と呟き、私を黒ダンの外まで連れ出してくれたのでした。
◇◇◇
この時の私は、まだこの御方のことをよく知りませんでした。
ですがこの出会いは、私やティナ姉様にとって、とても大きな意味を持つことになるのでした。