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外伝・女錬金術師は決断する・2


 アカサさんは、さらに喋る。


「俺、と、隣の国でも、色んな女性を騙して、カネを奪って暮らしていました! それでやりすぎて、隣の国だと捕まったら死ぬまで檻から出られないぐらい罪状が溜まってて、だからこの国に来て、また同じように何人も女性を騙して……、し、シオンさんにも、そうやって騙して、カネを奪うつもりで近づいて、甘い言葉をささやいていました……!」


 な、なにを言っているの……?


「ゆ、許してください! あ、貴女が許してくれないと、俺を隣の国に連れていくと言うんです! そ、そうなったら俺、じいさんになって死ぬまで牢屋から出られないんです!」


 だから許してください。

 お願いします、お願いします……!


 泣きじゃくって、唱えるように言うアカサさんの言葉が、私の頭の中でグワングワンと反響する。


「せ、セリー君……?」


「……あらゆるツテを使って、この男を探してみました。アカサというのも偽名ですし、他にも色々な名前があるようなのですが……。ハッキリ言います。この男はクソの中のクソです。俺が今まで会ってきたクソどもの中でも、とびきり最低のクソです。貴女が信じていたアカサという男は、最初からどこにもいませんでした」


 セリー君の言葉が、私の中で木霊する。


「この男は、ただひたすら女性を喰い物にして生きてきた悍ましいド畜生です。およそ人間的な情緒というものを持ち合わせておらず、世の中の女性全ては己の欲を満たすためのカネヅルか、夜のお供の抱き枕ぐらいにか思っていません。コイツをこれ以上野放しにすれば、さらに犠牲者は増えます。それは、火を見るより明らかです」


 この人は悪い人。


 この人は、悪い人……。


 そう言われて「やっぱりか」と納得する気持ちと、「そんなはずない」と反発する気持ちの両方がある。


 でも、それでも。


「……そんなに悪い人なのに、それでも私のところに、連れてきたの……?」


「……はい。だって、そうじゃないと。……貴女はきっと、死ぬまでコイツに囚われる」


 俺にはそれが我慢なりません。


 そう言ったセリー君の目は、見ているだけでヤケドしそうなほど熱く、噴き出しそうな激情を無理矢理抑え込んでいるように見えた。


 どうして、そんなに怒っているのか。


 こんなのただただ、私の見る目がなかっただけだというのに。

 セリー君がそこまで怒り狂う理由が、私には分からなかった。


「……今、この場で、決断してください。貴女が一言、許さないと言えば。俺たちはこのクソ野郎を隣国の塀の中にぶち込んで、二度と陽の目が見られないようにしてやります」


「ひ、ひいいぃぃぃっ!?」


「ですが、……もし貴女が、許すと言うなら。……今回に限り、俺たちはこの男をこの場で解き放ちます。あとのことは、俺たちの知ったことではありません」


 そんな……、


「わ、私が決めなきゃいけないの……!?」


「はい。俺たちは、貴女の判断に従います」


「た、助けてください! シオン様! お願いしますぅぅぅううううっ!!」


 私は、事の重大さに頭がクラクラしてきた。


 私の言葉一つで、この人の生き死にが決まるということ。


 その事実に、どうしても思考が追いつかない。


「あ、あ、あぁ……!?」


 気持ちが焦る。


 焦れば焦るほど、頭が回らなくなる。


 自分の息の音と心臓の音がうるさいぐらいに大きく聞こえ、視界がぼんやりと薄暗くなっていくような錯覚。


 私は、この人のことを……、


「……ゆ、」


「……ゆ?」


「ゆ、ゆる、……ゆる、ゆるさ、……し、…………」


「…………」


 セリー君は、ひたすら私の言葉を待つ。


 待って、待って、待ってくれる。


 私、は……!


「……私は、アカサさんを……、…………許し、ます……」


「っ!!」


「ただし!」


 私の大声に、アカサさんがビクリと身をすくませた。


「次に、私の目の前に現れたら、その時は許しません。セリー君たちに、また貴方を捕まえてもらいます」


「わ、わか、分かった、分かったとも……!」


「……セリー君。その人を、離してあげて」


 私は、俯いたままセリー君にお願いした。


 怖かった。

 セリー君の怒りが、情けなくも許してしまった私に向くことが。


 いつも元気で優しくしてくれていたセリー君に、失望されるのが怖かった。


 けど、


「シオンさんがそう言うなら。そうしましょう。おいハンズ、縄を解いてやれ」


「はいはい。まったく、呑気なことで」


 セリー君は、私の甘えた決断をそのまま受け入れてくれた。

 アカサさんを縛る縄を解き、ぐいっと引き起こして、それからドンと突き飛ばした。


「ぎえっ!?」


「おら、どこへでも好きなところに消え失せろ。二度と俺らの前にその汚ねぇツラ見せるんじゃねぇぞ」


「ひ、ひひっ、わ、分かってるよ、じゃ、じゃあな!」


 そのままヨロヨロと、アカサさんは出ていった。

 私に振り返ることは、一度もしなかった。


 私は……、


「……あ、」


「っ!? シオンさん!」


 ふらっ、と体が揺れる。

 緊張が緩んで、足の力が抜けたようだ。


 よろけたところを、さっと駆け寄ってきたセリー君が抱きしめてくれた。


「大丈夫ですか、シオンさん!?」


「うん……、ちょっと、気が抜けちゃっただけ……」


「ハンズ! そこのイス持ってこい! 早く!」


 慌てるセリー君に、優しく椅子に座らされた。

 私は目を閉じて、気持ちを落ち着かせようとする。


 と、


「な、なんだお前ら。……ぐおっ!? は、離せ、離せぇぇえええええっ!?」


 お屋敷の外から、絶叫が聞こえてきた。

 今の声は……。


「ああ、はい。約束通り、()()()()離しました。けど、アイツはこの国でも罪を重ねた犯罪者だ。衛兵たちに見つかれば、当然逮捕されて刑罰を受けることになります」


 この国での罪状なら、20年近い強制労働刑になるでしょう。


 セリー君は、なんてことないようにそう言った。


「まぁ、アイツはそう思わないでしょうけど、これでも温情ですよ。本来なら、見つからなかったことにしてダンジョンに連れ込み、拷問にかけてじわじわ嬲り殺しにされてもおかしくないぐらいのことをしているんですから」


 その時のセリー君の目は、ゾッとするほど冷たかった。

 思わず身震いしてしまうぐらいに、冷酷だった。


「……さぁ、残りの話にケリをつけましょうか」


 次の瞬間には、もういつもの優しい目に戻っていた。


 私は、テキパキと書類を出し始めたセリーくんに、ただただ圧倒されたのだった。




 ◇◇◇


 結局。


「残念ながら、アイツを確保した時点で、カネはほとんど残っていませんでした」


 私が貯めていた開店準備金は、返ってこなかった。


 何に使ったのかは分からないけど、セリー君でも無いものは取り戻せなかったようだ。


「なので、ひとまずシオンさんの資金の借り先であるキアンコローンから、シオンさんへの債権を買い取ってきました」


「え」


「これが債権証書です。あ、ちなみにご存知ないかもしれませんけど、キアンコローンってアンコウ会のダミー会社の一つなんですよね。それで俺、知り合いのアンコウ会の人からちゃんと合法的な手続きで適正に買い取っていますので、そこはご心配なく」


「ええっ……?」


 私は、私に対する債権証書を見る。

 新たな債権回収権保持者は、完全踏破隊(フルマッパーズ)名義になっていた。


 これって、つまり。


「……今後は私、セリー君たちに借金を返していくことになるの?」


「いえ、まぁ、名目上だけですよ。それより実は、このパーティーハウスっていくつか部屋が余っているのと、一階の端のところに、工房用の錬金術室があるんですよね」


 シオンさん、ここの専属錬金術師として住み込みで働きません?


 と、セリー君は言う。


「もちろん、ちゃんと毎月のお給金は支払いますし、その内の何割かを債務の返済に充てる形にします。利子は、別にこの債権で儲けたいわけじゃないですので無しでいいですし、ここなら少なくとも、食、住の保障はしますよ」


 そしてセリー君が取り出した雇用契約書には、私のような新米相手だと明らかに高額過ぎる月給額が記載されていた。

 他にも、各種保険や研究活動費、必要経費等々のコミコミセットだ。


「……これって、私にデメリットが無いんじゃない?」


 というか、そっちが一方的に損をしない?


「だって、無いように考えてますし」


 当たり前のように言うが、どこの世界に一人前になったばかりのヒヨッコ錬金術師を、そこまでの高待遇で雇おうとする者がいるというのか。


「少なくとも俺と、……ここで住んでる者全員は、シオンさんの雇用条件に納得していますよ」


「……!」


「だってシオンさんですし。俺も含めて皆、シオンさんのことが好きですから」


「……!?」


 す、好き……!?

 今セリー君、私のことを好きって言った……!?


 私の内心の動揺とは裏腹に、セリー君は普通の様子で問うてくる。


「それで、どうします?」


「え、ええ……?」


 な、なんか、普通に流されたけど、セリー君絶対好きって言ったよね……!?


 え、なんでこんな、私だけ動揺してるんだろう……!?


 いや、とりあえず……、


「……もう少し、待遇を一般常識の範囲内に近づけてくれるなら、受けてもいいけど……」


「じゃあそうします。それなら詳細はまた後日詰めることにして、」


 セリー君が、右手を差し出してきた。


「これからよろしくお願いしますね、シオンさん」


「うん……。これからもよろしくね、セリー君」




 ◇◇◇


 こうして私は、完全踏破隊(フルマッパーズ)の専属錬金術師となった。


 なお、後日そのことをバク叔母さんに報告したところ。


「ほほう。……そうですか。ついに」


 と、いつになく静かな声で頷いたのだった。


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