61話目・顔合わせ
俺は弟子を連れて屋台屋通りでいつものおっちゃんから朝飯を買って食い、バクちゃんさんの店に寄って爆弾を買い足してから闘技場に赴いた。
すると闘技場の周りはいつになく賑わっていて、普段ならここらには出ていない屋台まで出ている。
そして道行く他の探索者たちからは「おい、頑張れよ」だの「お前が負けるほうに賭けたからな」だの好き放題言われた。
さらに闘技場内に入ってみると、中も大盛況だ。
観客席には今回の決闘の噂を聞きつけたらしき暇人ども大量に詰めかけていて、決闘が始まるのを今か今かと待っている。
お前ら、探索はどうした探索は。
バカばっかりだな、と思いながら観客席を見ていたが、チラホラと一流たちも来ているのを見て気を引き締める。
上の連中まで来ているのであれば、おそらくこれはシュナ爺の仕込みの可能性がある。
俺がシュナ爺に「探索者全体を強くする方法を教える(先日渡したメモの件だ)」と伝え、その後にこの決闘の話を組んだわけだから、当然決闘に備えて弟子たちを強くしてくるはずと、見る目のいい奴らを集めたのだろう。
で、俺みたいな中堅探索者とその弟子の決闘なんて普通は上の連中が見にくるはずない(こういうのを娯楽扱いしているのは下のほうの連中だけだ。上の連中は自分たちの探索で忙しい)からな。
面白おかしく決闘の噂を流し、上の連中が見にきてもおかしくない程度に人を集めたのか。
しかも見に来ている連中の中には、一流相当を遥かに超えた強さの超一流の連中ですら裸足で逃げ出すヤバさの人外級の人たちですら軽々薙ぎ払う伝説級の人たち(現役で虹ダンに挑んでる人たちだ)まで来ている。
はっきり言って、クソヤバい。
あんな連中に今回の決闘を見られるとなると、もう色々と誤魔化しはきかないだろう。
さすがの俺も少しばかりブルってきてしまう。
本当に、本当に俺はここで手の内を晒すのか?
今ならまだ、もう少しだけ手の内を隠しておくこともできるんじゃないか?
あとでもっといい機会が、やってくるんじゃないか?
「……いや、やるしかねぇ」
俺は自分の頬を両手でばちんと挟み打った。
弱気になるな。
いずれバレるなら、今日この時が一番の好機だ。
俺は今日、この5年間の集大成をコイツらに見せつけてやるんだ。
そして勝つ。
決闘に勝って、俺は手にする。
誰にも邪魔されない、穏やかで安定した毎日を、な。
◇◇◇
闘技場地下の決闘人控え室に弟子たちを連れて行き、俺はパーティーの代表として運営室にやってきた。
部屋の中には、シュナ爺やエリーゼさん、審判役のおっさんといった協会側の人間や、ゴテゴテとした服を着たフレスピーク、苛立った様子のジャロメ、それから決闘相手のパーティーの代表たちが来ていた。
「ほう、逃げずに来たか。その度胸だけは褒めてやる」
俺を見るなり、フレスピークのやつが俺に突っかかってきた。
俺は鼻で笑い、煽り返す。
「お前こそ、お前の雇い主にちゃんと相談したのか? 僕が決闘に負けたら、ちゃんとお尻を拭いてください、ってな」
「貴様……!!」
とたんに怒気をにじませるが、掴みかかってきたりはしなかった。
「あらあら」
フレスピークの後ろにいた陰気な女が、手にした扇子でフレスピークの肩をポンと叩いたからだ。
「フレスピーク様、落ち着いてくださいな。そこな男は貴方様の目を怒りによってくらまし、少しでも己の勝率を高めようと涙ぐましい努力をしているだけですわ」
「むっ、ぐ、そうか」
「ええ、そうですとも。私共は貴方様と違い非才の身なれど、そこな凡骨などよりよほど強く、優雅です。貴方様はこの数日の目覚ましい成長をそのままお見せになるだけで構いません。必ずや貴方様の手には、勝利が握られていることでしょう」
そう言ってニヤリと嗤うこの女は、一流探索者パーティー暗い呼び声のリーダー。
マイナーリード・ノットギャクカプ。
人呼んで、貴腐人のマインさんだ。
さらに。
「おうおうおぅ、俺を無視してメンチの切り合いとは良い度胸だな。俺も混ぜろや、おぉっ?」
真っ赤な二丁拳銃に気合いの入ったリーゼントの男が、眉を跳ね上げ、肩をイカらせながら俺に寄ってくる。
やめろやめろ、お前が来ると面倒臭いんだよ。
「今日こそはオメーをヤッてやんよ。ああんっ? 俺らの早撃ちをとくと味わえや、コラッ」
一流探索者パーティー銃身咆哮のリーダー。
ビリー・ザ=ヘッド。
人呼んで、怒髪天ビリー。
さらにさらに。
「おやおやおやァ? 揃いも揃ってやる気じゃあないか」
ヨレヨレダボダボのニットセーターに寝癖頭というだらしない格好をしているのは、不肖の俺の姉だ。
「いったいどんな報酬に釣られたのやら。まっ、私なんかはここに来た時点ですでに報酬をもらっちゃったからねェ。あとはもう、決闘が始まったら適当に流して、終わり次第帰らせてもらおうかな」
一流相当探索者パーティー人形騎兵のリーダー。
クリステラ・タキオン。
人呼んで、怠慢指揮官ステラ。
これが、今回の決闘の、俺たちの相手だ。
「貧弱な弟くんの決闘に首を突っ込むなんて、随分と過保護なのね」
「君こそ相変わらずナマモノばかり偏食してるようじゃないか。食当たりしないように気をつけなよ」
女同士の間で、バチバチと火花が散っている。
フレスピークとビリーも、俺に向けてゴチャゴチャとヌカしてきてうるさい。
「……はぁ。どいつもこいつも、好き放題言いやがるな」
俺は、言われっぱなしも癪なので、コイツら全員に向かって少しだけ言い返すことにした。
「まぁ、仕方ないか。決闘が終わったあとはもう、こんなふうに楽しくお喋りできないもんな」
「はて?」
「あぁん?」
「……おいおい」
姉貴の心配そうな表情は、無視だ。
「だってそうだろう? お前らは、俺たちの踏み台になるためにわざわざ集まってもらってるんだからな」
「……ふふふ」
「おぅ、スッぞコラ」
「セ、セリー……!」
まさしく、一触即発といった空気になった。
「ほっほほ。皆、元気があってよろしい」
そこにシュナ爺が割り込んでくる。
姉貴は露骨にホッとした様子を見せた。
「それではさっそく、最後のルール確認じゃ。お前たち、こちらを向けぃ」
エリーゼさんが壁に広げた大きな紙には、今回の決闘に使われる対戦フィールドの地図が記載されているほか、設定された条件についても説明が載っている。
「フィールドは岩場の5番。天候は曇り。時間帯は日中。各パーティー単位でランダムな位置に出現後、四つ巴ルールにて戦っていただきます。時間無制限で、最後までフィールドに残っていた者が所属するパーティーが決闘に勝利する、完全勝ち残り戦です」
エリーゼさんが今回の決闘ルールをおさらいしてくれる。
「ただし、PP切れ狙いの隠れ合いを防止するため、5分ごとにランダムに設定した区域を立ち入り禁止ゾーンとします。これは、5分のインターバルののち、1分間のゾーン指示時間、1分間の継続ダメージ時間を経て、再び5分のインターバルになるという意味です」
なお、この立ち入り禁止ゾーンは時間経過とともに範囲と威力が増大します、とエリーゼさんは続けた。
「最後に、各パーティーのメンバーは、決闘開始直前の段階で装備品及び所持品の検査をします。今回のルールではレーダーの装備と所持品の持ち込みが禁止されています。違反発覚は即強制退場となりますのでご注意ください」
事前通達にあったとおりの内容だな。
少なくとも、四つ巴ルールに変更された以上の後乗せはなさそうだ。
「それでは皆さん、これより30分後の正午から決闘を開始します。決闘開始10分前までには、各パーティーごとの指定された控え室に集合してください」
それで皆様、御武運を。
という締めの言葉があり、俺たちはそれぞれの控え室に向かうことに。
一番最初にビリーのやつが部屋を出ていって、出際に俺に向けて「楽しみにしてろよ。俺のリボルバーをぶち込んでやっからな」と言い、
次にフレスピークに連れられて出ていくマインさんが、小さな声で「セリフレ、いえ、……ビリセリね」と言い、
それから姉貴が、
「な、なァんであんな思いっきり煽ったんだ!? 舐めてくれてるなら、そのまま油断させとけば良いじゃあないか!?」
と、俺の肩を掴みながら慌てていた。
「大丈夫だよ姉貴。それより、約束通り頼むぞ」
「いや、それはちゃんと動くけどさァ……」
「それなら良い。それじゃあ、また後でな」
ということで、俺は弟子たちの待つ控え室に向かったのだった。
そして、時間は過ぎ。
『それではまもなく、定刻となります!』
俺は弟子たちとの最後の打ち合わせのあと、装備品及び所持品の検査を受けて控え室内でその時を待った。
『各パーティーの皆様は、幻想体となってご準備ください!』
通信装置を介して、頭の中にエリーゼさんの声が響く。
『これより、決闘を開始します!』
行くぞ、お前たち。
「勝つぞ。……必ずな」
俺の言葉に、弟子たち3人が無言で頷いた。
『転送、…………開始!』
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