60話目・準備完了
ストック内のステ値を移せるといっても、もちろん制約はある。
移せるのは同じ人間のスペアキー同士でないと不可能だ(別人の幻想体には移せない)し、変換レートも50パーセント(つまり、別のキーに移す際に半減する)だ。
それと、これが一番面倒な仕組みなのだが。
移した先のステ値が増えるごとに、移した先の幻想体のレベルが自動的に上がる。
具体的には、ステ値が12上がるたびにレベルが1上がる。
つまり、レベル上限の100に到達してしまうと、それ以上その幻想体のストックにはステ値を移せなくなるし、そもそもそれ以上レベルが上がらないから、そこで幻想体の成長が止まる。
そうなると、あとはいかに自分自身の練度を高めるかの話になってくるわけだな。
「いやいやいや、タキ兄ぃ。自分が何言ってるか分かってる? タキ兄ぃの言ってることがマジなら、探索者のレベル上げの概念すら変わってくるぞ!?」
「分かってるよ。だから俺は今まで、このことを他の探索者には言ってこなかった」
場合によっては上の連中に殺される可能性があった(上の連中ほど無礼者を嫌う)からな。
だから俺はそうならないように日頃からいろんな連中と仲良くしてるんだ。
「だが、お前らを弟子にした以上、遅かれ早かれこのことも教えなくてはならなかったわけだ」
そこにちょうどこの決闘騒ぎが被ってきやがったから、こうして今お前らに教えてるんだ。
予定通りといえば、予定通りなわけだ。
「でも、だからって……」
「まぁ、聞け。いずれにせよ俺は、このことをいつかは公表しなくてはならないと考えてた」
なにせ、探索者たちのレベル上げの概念が変わる話だからな。
このことが探索者全体に浸透すれば、上のダンジョン探索がもっと盛んになるし、下の連中ももっと上で探索できるようになる。
「この街と探索者全体のさらなる発展につながる話だし、……こういう話はいずれどこかで漏れるもんだ」
そのときに、誰かに話を抜かれたんなら穴をふさぐ必要があって面倒だが、こちらから流すんならある程度コントロールが可能だ。
そして俺は、そのコントロール権を協会に委託してもいいと思っている。
「まさか、初心者講習でこの話をさせる気か? 正気?」
「正気だよ。もっとも、その手前には、多くカネを払ったパーティーから順で先に教えていくけどな」
上の連中の顔を立ててやる必要はあるからな。
カネで優先的に情報を得られれば、それだけ早く自分たちの幻想体の強化ができて、他のパーティーに先んじることができる。
本当に上の上、金ダン銀ダンや虹ダンを探索してる連中なら、必ずカネを出す情報だ。
「そしてお前らを強くするのは、分かりやすく俺の情報の有用性を知らしめることにも繋がるからな」
ペーペーの素人だったツバサやモコウが短期間で強くなっていれば、俺の話の信憑性も増すだろ?
「だからまぁ、なんだ。心配する必要はない。お前らはここで、自分でもドン引くぐらい強くなれ。そんで、決闘に勝つぞ」
決闘に勝ったあとの話は、俺がうまいことまとめてやる。
お前らはとにかく、レベルを上げて強くなり、決闘で勝つことだけを考えろ。
「タキ兄ぃ……」
「はーい、タッキー、質問!」
「おう、なんだ」
「結局、今の話でどうしてレベル上げのがいねん? が変わるの?」
「…………」
そ、そうか。
お前はやっぱり分かってなかったか。
「アイヤー。要するに、低レベルなスペアキーの幻想体でストックを貯めて、育てたい幻想体にステ値をブチ込むいう話ネ?」
「そゆことだね。で、ここなら爆弾を使うことで低レベル幻想体でも安全にいっぺんにレベル上げできるって話」
そういうことだ。
良かったな、ツバサ。
お友達が分かりやすくまとめてくれたぞ。
「…………???」
「え、嘘だろツバサ。今のでも分かんないのかよ!?」
「オォー、どう言ったら良いのネ」
マジかコイツ。
仕方ねーなー。
「ツバサ。めちゃくちゃ簡単に言うとだな」
「うん」
「Key3で爆弾をたくさん投げて、レベルが20になったら幻想体を破棄して再作成するのをひたすら繰り返せ。で、破棄するときにストックの表示を長押ししたら別のKeyに移しますかって表示が出るはずだから、Key2に移すを選べ」
分かったか?
「はーい!」
よし、良い返事だ!
それなら、やるぞ!!
俺はこれ以上の説明は時間の無駄だと判断し、弟子たちのレベル上げタイムをスタートしたのだった。
◇◇◇
そしてすぐに3日がたった。
翌日に決闘を控えた俺たちは地上に戻り、それから決闘場に行って人を呼んだ。
呼んだのは、ハンズとカマーンさんとチャランチーノだ。3人には弟子たちと模擬戦をしてもらった。
ルールは色々。
一対一を相手を変えながら何度もやったり、パーティーを組んで三対三でやったりを繰り返す。
ただし、弟子たち同士で一対一をすることもあるし、ツバサとユミィがカマーンさんと組んだりみたいにパーティーを変更して戦ったりもした。
付け焼き刃にはなるが、色々な相手とやったり、色々な人と組んで動いたりするのは、戦闘時の思考速度を上げるのには役に立つ。
それに、レベルが上がった幻想体の動きに意識を慣らす必要もあるしな。
色んな動きをしなくちゃならない状況に追い込んで、幻想体の動きと意識の差を少しでも埋めないといけない。
そう。
弟子たちの幻想体は飛躍的にレベルが上がった。
いつぞやの、レベル1幻想体になって動きがギクシャクしたのの逆で、高レベル幻想体の優れた動きに意識を慣らさないとならないわけだ。
こうした、幻想体ごとのステ差に素早く適応できるようにならないと、スペアキーの真価は発揮できないからな。
そのあたりも、少しずつ馴染んでもらわないとダメだ。
「で、タキ衛門はやらないのか?」
とかなんとか考えていると、ハンズが俺を煽ってきた。
ははは、こいつ。
分かってて言ってやがるな?
「お前、俺の幻想体が今どうなってるか、なんとなく分かってるんだろう?」
「まぁな。だから、興味がある。どうせそのうち教えてくれるんなら、少しだけ今、見せてみろよ」
周りを見ると3弟子たちのみならず、チャランチーノやカマーンさんもこちらのやりとりを気にして見ていた。
「……上等だ」
俺はハンズと向き合い、コインを指で弾き上げた。
「…………」
「…………」
コインが地面に落ちた瞬間、
「……なん、だと?」
俺は、ハンズの首を刎ねていた。
ハンズがいつになく驚いた顔をしているし、カマーンさんとチャランチーノも驚いている。
「ざっと、こんなもんだよ」
俺の本気の本気用、Key1の幻想体は強えーぞ。
そうして俺たちは、強くなった幻想体の慣らしを、日没まで行ったのだった。
◇◇◇
そして翌日。
決闘の当日になった。
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