57話目・リーゼントガンマンのビリー
しばらくして、姉貴が何事もなかったかのような顔で席に戻ってきた。
「ゴホン。まぁ、決闘の件は了解したとも。というか、提示してきたのが決闘の勝利報酬ではなく参加報酬なわけだから、たぶんシュナ爺さんはセリーが私と通じることも見越して参加要請を出してるんじゃないかねェ」
だよな。
どうにもあの爺さん、双方に良い顔しといて勝ったほうに恩を売ろうとしてる感じするよな。
「協会幹部としては当然のことなんだろうけども。逆に言うと、お貴族様からの使者と天秤にかけられるなんて、セリーはいったい何をしたんだい?」
まぁ、ちょっと色々とな。
「ははは、こいつゥー。……いやほんと、決闘後に辺境伯家と全面戦争になるとか、そういうのはやめておくれよ?? お姉ちゃん、悲しむからな??」
善処するよ。
そんなこんなで、俺たちは姉貴と別れて宿に戻った。
◇◇◇
翌日。
人形騎兵の協力が得られそう(人形騎兵は姉貴と姉貴のサポート役の女性の二人組だ)になったので、俺は次に銃身咆哮の連中と話をしてみようと考えた。
で、カトスたちのところのジミィ(二丁拳銃使いの男だ)を介して面会を申し入れたのだが、
「悪りぃが、オレたちにゃテメーと話すことはねぇ」
と、銃身咆哮が使用しているホームハウス(パーティーやクラン単位で使用する大きめの家のことだ)に行ってみても、けんもほろろに対応され、帰れ帰れ、と取り付く島もなく追い返されてしまった。
一緒についてきてくれたジミィが、申し訳なさそうに言う。
「すいませんタニキさん。リーダーのビリーさんは曲がったことが大嫌いなので、決闘前の根回しとかは受け入れてくれないんですよ……」
そうか。
まぁ、こっちはそれほど期待していなかったし、仕方ないか。
「ありがとうな、ジミィ。またカトスたちにもよろしく言っておいてくれ」
「はい、伝えておきます」
ということで、銃身咆哮への協力要請は無理のようだ。
フレスピークのいる暗い呼び声はそもそも完全に向こう側なので、話をしに行く気にもならないし。
俺が次の一手をどうするか考えながら宿に戻ると、なにやら宿の前が騒がしかった。
「あれは……、ツバサ? それと、誰だあの男」
弟子一号ことツバサが、宿の前で知らん男と言い争っていた。
「あいつ、何やってるんだ?」
そのまま近づいてみると、声の内容が聞こえてきた。
「ちょっ、離して! この、クソアニキ! 離せ!!」
「待て、ツバサ! 話せば分かる! 俺だって突然のことで困ってるんだ!」
「だからって何よ! いきなりやってきて借金半分頼むわだなんて、ふざけたこと言わないでよ!!」
おいおい、ほんとにどうした?
「あ、おかえりタッキー!」
「おお、貴方がツバサのお師匠様ですか! 自分はツバサの兄のトサカと申します!」
「……兄?」
俺がツバサを見ると、一応ツバサは頷いた。
「そのツバサの兄貴が、どうしてこんな天下の往来で騒いでいるんだ? しかもなにやら、カネの話でもめているようだったが」
「聞いてよタッキー! このクソアニキったら、自分の借金半分私に押し付けようとしてきたの!」
「ち、違いますよ! 自分も急に借金返せって怖い人がやってきて困ってるんです! しかもなんか、よくよく聞けば親父たちが借りたカネだって話ですし!」
「……ツバサの父親たちの借金だと?」
それは、どこから借りてるカネの話だ?
「そんなもの、アンコウ会に決まっていますよー! なんでも、村に新しい井戸を掘るとかでカネを借りてるらしいんですけど、カネも何もない村の人間よりはこっちで働いてる若い人間のほうがカネ持ってると思ったんでしょう! 一昨日急に借用書を持って取り立てにやってきたんですよ!」
……そうか。
「けど、天は自分を見放していませんでした! こうして家族思いな妹とそのお師匠様にお会いできたので! なにとぞ! なにとぞ借金返済のお手伝いをしていだきたく!!」
と、いい歳した男(たぶん俺より歳上だと思う)が恥も外聞もなく俺とツバサに土下座した。
俺とツバサは顔を見合わせ、揃ってため息をついたのであった。
◇◇◇
俺は昼下がりの道を幻想体になって一人で歩き、建物の陰でインビジブルバンダナを使用して透明化し、それからアンコウ会アカシア支部の建物に入った。
そして支部長室内に人の気配がするのを確認してから支部長室に乗り込んだ。
おらっ、こんにちは!
「うおおっ!? な、なんだ……? ドアが勝手に……」
俺はバンダナを解除しながら火矢を具現化し、至近距離で支部長のジャロメの額に狙いを定めてからあいさつをした。
「よぉ、邪魔するぜ。5秒だけ待ってやるから遺言を残せ」
「お、お前は……!?」
「ごお、よん、さん、にい、」
「待て待て待て! せめて何か要求しろ!?」
じゃあ、なんで決闘が四つ巴ルールになってて、しかもお前まで当事者みたいな顔して一流パーティーを送り込んできてるか、言え。
「あれは、捜索分隊長殿から、お前らに確実に勝つためにできる手を打てと言われたからだ。我々としては手を引きたかったが、前金をもらっている関係上、断るわけにもいかんかったのだ」
なるほどな。
「それで、シュナ爺と一緒にフレスピークの奴に媚びたわけか?」
「ふん、カネをもらった分きっちり働いているだけだ。決闘ルールの変更を承認したのは協会のほうだし、我々が選定したパーティーも、たまたま金銭的な援助を欲していたから交換条件で使っているだけだ」
つまり、正当な報酬により依頼したと?
「その通りだとも。だからこのように決闘前に奇襲されるいわれはないぞ」
「そうか。だが、残念なことに襲撃する理由はあるんだ。お前ら、ツバサの故郷の村に貸し付けてたカネをツバサの兄貴から回収しようとしたな? その兄貴が今日、俺たちのところにカネの無心に来たぞ」
これってつまり、間接的とはいえお前らが継続してツバサからカネを取り立てようとしたということだよな??
「あれだけ言ったが理解と伝達が足りなかったようだな。残念だがこの支部の人間は皆殺しにする」
「な、なにを……!?」
「最初から言ってるだろ、遺言があるなら聞いてやると」
俺がギリギリと火矢を引き絞り、指を離そうとした瞬間、
「っ!」
俺はとっさにしゃがんだ。
俺の頭があった位置を、多数の光弾が通り抜けていく。
コイツは……!
「おいおいおい、誰が避けて良いっつったよ、あぁーん?」
支部長室の隣の部屋から扉越しに弾丸を撃ち込んできたリーゼント頭の男が、俺に狙いを定めたまま扉を蹴り開けた。
ご丁寧にこそこそマントを着て待機してやがったか。
「弓矢を捨てろや。今なら脅しで済ませてやんよ。だがそれ以上やる気なら、決闘とは別件の護衛依頼の延長ってことでテメーを蜂の巣にすっぞコラ」
仕方なく俺は、弓矢の具現化を解除する。
そしてゆっくり立ち上がって、撃ってきたリーゼント男を見る。
「その真っ赤な二丁拳銃。アンタが銃身咆哮のビリーか?」
「テメーこそ、白アリ小僧のタキオンだな?」
おい、そのあだ名はやめろ。
それは2年前の俺のあだ名だ。
「へっ、昔も今も変わんねーよ。色んなとこでコソコソガサガサやってんだからよ」
「た、助かったぞ、ビリー」
「ジャロメさんよぉ、アンタもアンタだ。何年この街にいるか知らねぇが、あんまコイツのことをナメねぇほうがいいぞ?」
ふん、お前こそ、俺の眉間と心臓に両手それぞれの銃口がビタリと照準されて微動だにしないじゃないか。
さすがに一流だな。
隙は、なさそうだ。
「おい、ジャロメ支部長。ツバサの村の借用書を出せ。俺が七掛けで買い取ってこの場は手打ちにしてやる」
「おいおいおい! この状況で七掛けとか舐めてんのか? 倍額でも足りねーぐらいだろうが!」
ビリーが凄むが、俺は鼻で笑ってやった。
「不良債権化しやすい極貧農村相手の共同債務証書なんて、普通は五掛けがいいところだろ。それを七掛けで早期一括回収できるなら、お前らに得な取引のはずだ」
悩むんならこの話はなしだ。
手打ちにしないなら、今度は下っ端どもから順番に殺していってやるよ。
支部長とビリーたち以外なら、さすがに決闘前の慣例には縛られないからな。
じわじわ末端から削ぎ落としてやる。
「ま、待て待て。……分かった、七掛けで手を打とうじゃないか」
ということで俺は、ツバサの村の債権を購入してアンコウ会の建物から離れた。
帰り際にビリーのやつに「決闘ん時は、俺たち全員で蜂の巣にしてやっよ!」との捨て台詞をいただいたので「お前らこそ全員なますに刻んでやるよ」と言い返してから宿に帰った。
はぁ、くそ。
とんだ出費だ。
しょうがない、アレをやるか。
俺は、決闘までのカネ稼ぎと弟子たちのレベル上げのために、なりふり構わずやることにしたのだった。