56話目・弟に頼られて嬉しくない姉はいない
クリステラ・タキオン。
俺の3つ歳上の姉貴だ。
寝坊癖があって物臭で、身だしなみに頓着せずいつもだらしない格好で外を出歩こうとするので、幼い頃の俺はいつも親父に言いつけたり、親父にかわって服をきちんと着せたりしていた。
賢くて頭の回転は早いし、身内の贔屓目抜きにしても目元のキリッとした美女だとは思うが、知識欲が他の三大欲求を上回るような変人なので、俺が実家にいる間は浮ついた話は一切聞いたことがなかった。
で、俺がこの街に出てきて探索者になってしばらく経ったある日。
「いやァ〜、父さんに無理やり婚約の話を進められそうになったもんで、家を出てきちゃったよ。ところで私も探索者ってやつになろうと思うんだが、一人暮らしできるようになるまで、一緒に宿に住まわせてくれないかい?」
と、ヌカしながら、俺を頼ってこの街にやってきた。
当然俺は、実家に手紙を書いて連れ戻しにきてもらおうとしたが。
「頼むよォ、お姉ちゃんの一生のお願いだ! 父さんには内緒にしておくれよォ……!」
と、何度目になるか分からない一生のお願いを泣きながら使われたので、仕方なく俺は、姉貴が探索者として自立できるぐらいまで身の回りのあれこれを整えて、各種手続きをしてやった。
幸いというか、姉貴には探索者としての才能があってすぐに一人前になれたので、それ以来姉貴はこの街で探索者として活動している。
で、そんな姉貴と喫茶店で待ち合わせをしたわけだが。
「いやァ〜、ごめんごめん。出たあとで識別票を持ってないことに気づいてねェ」
取りに帰ってたら遅くなっちゃったよ、と悪びれもせずに言う。
「おい、30分も遅刻しておいて、それだけで済ますつもりか?」
「分かってるって。ここの会計はこっちでもつから、好きに食べていいとも」
「よし、言質取った。お前ら、もっかい好きなもん注文して良いぞ」
と、先ほどまで俺の指示により腹いっぱい飯を食っていた弟子3人が、今度はデザートを注文し始めた。
俺がここまでの伝票を姉貴に見せてやると、姉貴は「うわァっ……」と眉をしかめた。
「よくもまぁこんなに……」
「すいませーん! このウルトラジャンボデラックスパフェを3つと、ハイパーデリシャスメロンクリームソーダを3つお願いしまーす!」
「げえっ!? それってここで一番高いデザートセットだろう!? というか君たち、これだけ食べてまだ食べるのかい!?」
「まぁ、育ち盛りだし、今日もヘトヘトになるまでダンジョン探索してきたところだからな」
白ダンをフルマッピングクリアしてきたわけだからな。
昼飯も食ってないし腹は空かせてた。
「はぁ……、まぁ、仕方がないねェ。それよりセリー、今回の決闘騒ぎはいったいどういう話なんだい?」
「シュナ爺から詳しく聞いてないのか?」
「シュナ爺さんからは、日程と報酬と簡単な対戦相手の説明だけしか聞いてない。しかもセリー相手だなんて。聞いてたら受けなかった、……とは言わないが、受ける前に君に確認ぐらいしたとも」
「てことは、よほど魅力的な報酬を提示されたってことか。……実はだな」
俺は、今回の騒動について掻い摘んで説明した。
姉貴は「ふゥむ」と頷く。
「そんなことがあったのか。それで、その短い白髪の子がガーランドック家の?」
「ああ。ユミィだ。ついでに、そっちの栗色髪を二つ括りにしたのがツバサで、赤髪を三つ編みにしてる細目がモコウだ」
「よろしくね、タッキーのお姉さん!」
「よろしくヨー、アネゴ」
口の周りが生クリームでベタベタのバカ2人に、姉貴は目線もやらず手をヒラヒラさせた。
俺はバカ2人の口周りを拭いてやりながら、姉貴に確認する。
「それで、今度の決闘はどうするつもりだ? まさかとは思うが、本気の俺とやり合うか?」
「ははは。そんなまさか。私は決闘の参加報酬が欲しいだけで、セリーを怒らせたいわけじゃないからねェ。……それに、そんなに気張って言わなくても、私にお願いしたいならそれ相応の言い方をするだけで良いんだぞ?」
「っ……」
俺は、誰が言うかバカ、という言葉をグッと飲み込む。
……これは必要なこと。
これは必要なこと……!
そして自分に言い聞かせてから、姉貴にお願いする。
「……お、お願いだ、姉ちゃん。今度の決闘で俺たちに協力してくれよ」
とたんに姉貴は、ニンマリと笑う。
「ははははは! 良いとも! 可愛い弟のお願いだ、協力してあげようじゃないか!」
そしてめちゃくちゃ楽しそうに言いやがる。
くっ、屈辱的だ……!
こんなポンコツ姉貴に媚びて協力を要請しなくちゃならないなんて……!
「タキ兄ぃ、めちゃくちゃ苦虫噛み潰したみたいな顔してるじゃん。タキ姉ぇのことそんなに嫌いなの?」
「嫌いではない……、が! 俺にも弟としてのプライドというものはあるからな……!!」
「……変なの」
そんなこんなで、人形騎兵の協力を得られることになった……、が。
……まさかとは思うが、これシュナ爺からの嫌がらせじゃないだろうな?
俺が姉貴に協力を依頼せざるを得ない形にして、俺に精神的なダメージを負わせようという策では……?
「ははは。……ところで、姉として聞く権利があるから聞いておくけど、その3人の中で誰が本命なんだい?」
……は?
「やめてくれよ姉貴。俺はこんなチンチクリンどもカケラも興味ねぇ。この3人から選ぶぐらいならまだ姉貴のほうがマシなぐらいだ」
姉貴は、背丈の低さと生活態度のひどさ以外に悪いところないからな。
確かに変人ではあるけど意思疎通に問題はないし、実の姉であるという点を無視するなら、わりとストライクゾーン低めの良いところをついている。
それになにより、俺にはシオンさんがいるからな。
こんなバカ弟子どもから選ぶ必要もない。
とか考えていると、なにやら姉貴がポカンとしていた。
ん、どうした?
「……いやいやいや、なんでもないよ。ちょ、ちょっとだけ失礼するね」
と、急に席を立ってどこかに行ってしまった。
お手洗いか?
まったく、あれほど出かける前に済ませておけと言っているのに、相変わらず物臭なやつだな。
「……タッキー」
ツバサに、服の裾をくいくいと引かれた。
「なんだよ」
「もし、私の身長があと10センチ伸びたら、タッキーは嬉しい?」
は?
どういう意味だよ。
けどまぁ、そうだな。
「10センチじゃ足りないだろ。最低でもあと20センチは伸びないとな」
「そっか。じゃあ、すいませーん! ミルクくださーい!」
と、なぜか急にミルクを追加で注文した。
しかもそれに続いてユミィとモコウもミルクを注文し、しかもそれを二杯三杯と立て続けに飲んでいく。
「……なんだコイツら」
俺は、突然ガブガブとミルクを飲み始めた弟子たちの奇行に、首を傾げるばかりであった。