55話目・決闘相手が判明した、が
赤ダンのダンジョンボスは「上級怪鳥」という巨大な鳥型のエネミーなのだが、言ってしまえば大きさと耐久力が上がっただけのザコだ。
蜃気楼階段のような嫌らしさもなければ、スフィンクスほどの強さもなく、所詮はD級ダンジョン相当のボスである。
なので、戦闘開始早々に俺がデコイマフラーで引きつける間もなく、ユミィの全力射撃がしこたま命中して、一瞬で光の泡になって消えていった。
うーむ。久しぶりにユミィに全力の一斉射撃をさせたが、相変わらずのバカ威力だな。
というか、以前よりはるかに狙いが良くなっている。
外れ弾が目に見えて減っているし、命中した弾も頭部や胸部といった急所判定になりやすいところに多く集中していた。
ここ最近の低レベル戦闘の成果がよく分かる射撃だったな。
俺は師匠として、ユミィの成長を素直に喜んだ。
「ワーオ……、ユミィの弾、本気だとあんなすごいのネ……」
初めてちゃんとしたユミィの射撃を見たモコウは、呆気に取られた様子だ。
「あー! ボール投げる前に終わっちゃった!? ちょっと、そんな簡単に死なないでよ!!」
今まさに第一球目を振りかぶろうとしていたツバサは開始数秒で消滅したボスに向けて怒っている。
「まぁ、今回のはユミィが凄かった。2人とも、拍手してやれ」
と、俺が言うと、前衛2人は照れるユミィに向けてパチパチパチと拍手をした。
「上級怪鳥の羽」×4と「上級怪鳥の肉」×3と「緊急脱出装置D」がドロップしたので回収し、ボス部屋内も抜かりなく歩き回る。
そして、マップに抜けがないことを2回確認してから帰還用サークルを踏んだ。
「あ、またいつもの声が聞こえてきた!」
ツバサの反応を見るに、赤ダンのフルマッピングクリアも成功したようだ。
俺は、弟子たちにステータスを確認するように言う。
「あ、Key3が出てるよタキ兄ぃ!」
「ほんとだ! タッキーと一緒だ!」
よしよし、ちゃんと出たようだな。
赤ダンをクリアすると、俺はKey3を入手できた。
それはツバサとユミィも同様のようだ。
そして、問題は。
「モコウ、お前のステータスではどうなっている?」
モコウは自分のステータスを見て、首を傾げた。
「Key2、というのが増えてるアルヨ」
ふむ、なるほど。
「Key3じゃなくて、Key2だな?」
「そのとおりヨー」
それなら、つまり。
「白ダンと赤ダンのボーナスは、厳密にはそれぞれスペアキーの数を一つ増やす、ということになるわけか」
これが俺の確かめたかったことだ。
白ダンより先に赤ダンをフルマッピングクリアした場合、スペアキーの扱いははたしてどうなるのかを確かめておきたかった。
もし、白ダンをクリアしていなくても赤ダンをクリアさえすればスペアキー3まで使えるようになるのなら、白ダンをフルマッピングクリアしなくてもよくなるかもしれないと思ったんだがな。
どうやらそういうのはできないようだ。
てことはやっぱり、先に白ダンと黒ダンをフルマッピングクリアしてスペアキーとストックを取得させたうえで、白ダン黒ダンで低レベル戦闘をさせて練度を上げさせる、という流れがいいわけか。
モコウの協力によって、また一つ俺の仮説が証明されたぞ。
「よし、お前たち。とりあえず、風呂だ!」
「おおー!」
俺たちは、ダッシュで公衆浴場に向かい、時間ギリギリで番台にカネを渡して風呂に入った。
そしてしっかり体を洗って湯に浸かってから公衆浴場を出た。
なお、番台のおばちゃんが俺たちのせいで帰るのが遅くなったと文句を言ってきたので。
おばちゃんに言われるままコーヒー牛乳を人数分買った。
公衆浴場の前で、4人でコーヒー牛乳を一気飲みする。
「はぁーっ! 美味しいね、タッキー!」
まぁ、風呂上がりの火照った身体に冷たいコーヒー牛乳は効くよな。
「もう一本、ダメ?」
それはダメだ。
晩飯が食えなくなるからな。
「はーい。あ、今日の晩ご飯、焼き鳥がいい!」
と、ツバサが言ったので、この日の晩飯は串焼き屋で焼き鳥を食べたのであった。
◇◇◇
翌日、モコウのスペアキー3のために白ダンをフルマッピングクリアして地上に戻ると、協会のエリーゼさんから呼び出しがかかった。
弟子たちをつれて協会に赴くと、どうやら今度の決闘の相手が決まったようで、その連絡だと言われた。
「はい、これ」
エリーゼさんから決闘報告書を受け取る。
どれどれ、相手は……。
「……は? マジか」
なんと、俺たちの決闘の相手は、一流探索者パーティーのひとつ、「暗い呼び声」だった。
しかも。
「フレスピークも一緒に出てくる、だと?」
暗い呼び声に、ユミィ捜索隊のお貴族男フレスピークも合流して、一緒に決闘に出てくるらしい。
アイツ、決闘のためにわざわざ探索者登録したのか?
しかも決闘に出てくるってことは、おそらく暗い呼び声に連れてもらって、牽引探索してくるんだろうな。
元々騎士としての鍛錬は積んでいるだろうから、そこから幻想体のレベルを上げれば、それなりに戦えるようにはなるだろうが……。
「あと、これも」
さらにさらに。
「……四つ巴ルールだと? シュナ爺からは「人形騎兵」が出てきて、ジャロメ……、アンコウ会の支部長からは「銃身咆哮」が出てくる、……って」
どちらも一流相当以上のパーティーじゃねぇか。
しかも知らん間に四つ巴ルールに変更されてるし。
「エリーゼさん?」
「私に聞かれても分からないわよ……。セリウス君、貴方、シュナウザーさんたちとどういう話をしたの? これほど警戒されてるって、おかしくない?」
まぁ、確かに死ぬほど脅したけど。
「……俺が帰ったあとで、あの3人で何かまた密約でもしたか?」
この調子なら、俺が署名した決闘誓約書もイジられてるだろうな。
支部長はともかく、シュナ爺はあの場では俺の味方ではなくとも中立ぎみにしていたから、誓約書の保管を協会に依頼したのに。
「やっぱり、もっとキッチリ詰めとかないとダメだったか?」
いや、あれ以上やると決闘前に決裂して全面戦争になっちまうだろうから、いずれにせよこうなったか?
しかし。
「ここまでなりふり構わず来るとはな」
俺は、チラリと後ろのユミィ(よく分かってない表情で首を傾げた)を見る。
俺が思っていた以上に辺境伯様とやらの意向が強いのか?
そこまでやってくるとは思わなかった。
「……上等じゃねぇか。そっちがその気なら、こっちにも考えがある」
決闘の正式な相手になった以上は、コイツら相手に決闘前の闇討ちは御法度になった(おそらく、俺からの闇討ちを警戒して期限より早く決闘相手を知らせてきた)わけだが。
相手が分かったということは、根回しをする余地があるということだ。
「……というより、シュナ爺のこの人選……」
俺はひとまず、人形騎兵のリーダーに向けて通信を飛ばした。
数回の応答待ちコールのあと、寝起きのような声が返ってくる。
『んー……? むにぁ……、あァ、セリーか。どうしたんだい急に?』
俺は通信相手の女に向けて、イヤミったらしく言ってやった。
『おい、姉貴。俺と決闘しようだなんて、アンタも偉くなったもんだな』
『……は?』
俺の通信相手は、たっぷり数秒考えこんだあと。
『……は!? ま、待ってくれ、まさかとは思うが、名称なしの中堅探索者主導のパーティーって……!?』
『そうだよ、俺のことだよ。……で? どうする?』
申し開きがあるなら、聞くが?
『……まァ待ちたまえよ。私とセリーの仲じゃないか。そういうケンカ腰はやめて、もっと平和的にだな……』
『親父を呼ばれるか、今すぐ話し合いの場を用意するか、……5秒以内に決めろ』
『一時間後に喫茶ミルキィに来てくれ。だから父さんには絶対言うんじゃないぞ!! じゃあ、またあとで!』
ブチッ、と慌ただしく通信が切れる。
……まったく。
そもそもこんな時間まで寝てるなんて、相変わらず昼夜の概念のない奴だ。
「とりあえず、話し合いの準備をするか」
俺はエリーゼさんにお礼を言ってから、弟子たちを連れて協会を出たのであった。