50話目・勝手に理解するし無理やり理解させる
◇◇◇
「お疲れ様ですエリーゼさん。シュナウザーさんに会いに来ました」
俺は昨日の今日で探索者協会に赴くと、エリーゼさんのいる窓口に歩み寄ってシュナ爺の名前を出した。
エリーゼさんは困ったような表情を浮かべて「現在来客中だから、しばらくは待ってもらう必要があるわ」と言う。
俺は、社交辞令モードの笑みを浮かべたままエリーゼさんにお願いをした。
「大丈夫です。その来客の方にもおそらく関係する用事ですから。部屋まで通していただけませんか?」
「……セリウス君、それはさすがに無理よ」
まぁ、普通はそう言うよな。
「じゃあ、これをシュナウザーさんに渡していただけませんか? これを読んだら、たぶんシュナウザーさんも俺の用件が分かると思いますので」
俺は、小さく折り畳んだメモをエリーゼさんに渡した。
エリーゼさんはだいぶ渋ったが、最後は俺の後ろに立つカマーンさんの威圧感に負けてメモを持っていってくれた。
数分後、困惑した様子のエリーゼさんが戻ってきた。
「えっと、連れてきて構わないと言うから、部屋まで案内するわね……??」
「ありがとうございます、エリーゼさん」
俺は、弟子3人をカマーンさんたち(待っている間にハンズとチャランチーノにも来てもらった)に任せて、エリーゼさんについていく。
そして案内された部屋には、3人の男がいた。
「……初めましての方もいらっしゃいますね。私はセリウス・タキオンと申します。この度はご無理なお願いを聞き届けていただき、誠に恐縮にございます」
「……ふむ。まぁ、座りなさい」
一人は協会幹部のシュナ爺。
「……ケッ」
一人はアンコウ会の支部長らしきハゲ頭の男。
それから、
「なるほど、君が……」
最後の一人は身なりの良い、いかにも貴族然とした男。
「はい。私がユーマリオン嬢の師匠、ということになりますね」
「……お嬢様は今どちらに?」
「ご安心ください。この建物に一緒に来ていますよ。……もっとも、」
俺は、そこで社交辞令モードを辞めた。
「アンタの対応次第では、さらにどこか遠くの、全く知らない場所まで出奔していくかもしれないけどな?」
「……良いだろう。話を聞こうじゃないか」
俺は、ガーランドック辺境伯領から、わざわざこんな遠くまで家出娘を探しにやってきた捜索隊の男と、話し合いをすることにした。
◇◇◇
まぁ、よくよく考えれば最初からちょっとおかしかったんだよな。
俺の弟子3人の問題のうちで、ユミィの問題以外は、協会が口を挟む必要がなかったからな。
なにせ、出稼ぎに来た田舎娘が借金をおっかぶせられた話と、武門から脱走した田舎娘を兄弟子たちが探している話だ。
どちらも本来なら本人やその家族たちの内々でケリがつくような話だったし、正直言ってその手の話は、探索者たちの間ではありふれている。
俺への親切心から教えてくれることも無いことはないだろうが、それでも別室に呼ばれてコッソリする話ではなかった。
つまり、昨日呼び出されて聞かされた話の中で、重要なのはユミィが貴族の家から捜索されてるって話だけだった。
「昨日の呼び出しの本当の目的は、俺が連れてる弟子が、お前らんとこのお嬢様か確認したかったってことか」
おおかた、昨日の部屋のどっかにノゾキ穴でも開いていて、アンタがこっそりユミィの顔を確認してたんだろ?
で、ユミィのことだけで呼びつけて俺に勘付かれると困るから、弟子3人の話をまとめてしたわけだ。
「本当は、手配書だけじゃなくすでに捜索隊も来てたと。てことは、手配書の掲示を差し止めたのも、俺がユミィを連れてることが確認できたから、手配書を掲示する必要がなくなったからだったのか」
まったく、そんなことにも気づかないなんて、俺もまだまだ甘ちゃんだな。
「しかも、ツバサの借金云々の話も、アンコウ会からしたらそこまで重要じゃなかったな?」
金額もたいしたことなかったしな。
たまたま使えそうだから借金の話を持ち出したのと、首尾良くツバサをさらえたら、ユミィとの交換条件にでも使うつもりだったか?
ツバサを無事に返してほしければ、ユミィが捜索隊のこの男と会わなくちゃならないとかなんとか、そんな感じで。
「つまりアンコウ会も、はなから辺境伯家の依頼を受けてユミィを探していたってことか?」
アンコウ会の組織力は国中に広がっているからな。
目撃情報から足取りを追えば、しばらく前にこの街に来ていることは、容易に探り当てられただろう。
「ゴンザやガーコンたちの件は……、関係なさそうか? それなら、アンコウ会が調べ始めたのはその後。つまり、俺に弟子入りしたあたりか?」
じゃあ、俺がここの窓口でパーティー登録したときの履歴情報を、協会側が流したな?
「てことはやっぱり、協会も少なからずアンコウ会との接点があったわけだが」
だが、支部長の部屋の隠し金庫には、探索者協会や、探索者相手の借金契約書が一枚もなかった。
あれは、絶対におかしかった。
探索者やってる奴らに、アンコウ会の世話になってる奴が一人もいないはずがないからな。
「……本来は、アンコウ会が依頼を受けたのが先だったか? だが、やむを得ず協会へ協力を依頼しなくちゃならなくなったから、協会や探索者に不利益のある証書類を、協力の対価として協会に渡したってことか?」
そうすれば、協会にとっても利はあるもんな。
今後アンコウ会からの依頼には、今まで以上に対等な立場で臨めるようになるし、探索者たちの債権を手にしたということは、何かの時にはその探索者たちに言うことを聞かせやすくなったってことだ。
「俺の弟子、……新人数人の今後のことよりは、すでにある程度活躍してる奴に首輪をつけたり、お貴族様に媚を売っといたほうが利があるってことか。なるほどな」
まぁ、それは事実だしな。
だが、しかしだ。
「下手すりゃ俺もまとめて切り捨てられてたわけか……」
まったく、これだからこの街は油断ならないな。
どいつもこいつも自分たちの利に聡い。
これはやっぱり、早急に弟子たちを一流の探索者にしてやらないと、今後もこういうことが起こり得るな。
育成プランをできるだけ前倒ししてやるしかないか……?
「……おい、君」
しかし、あまりにも急ぎすぎて安全を確保できなくては意味がないしな。
そのあたりのバランスは弟子たちの成長を逐一観察して、適宜調整してやる必要があるわけか……。
「おい、……聞こえてないのか!」
「……ん? なんだよ、大きな声を出して」
思索から意識を戻すと、捜索隊の男が呆れ顔を浮かべていた。
「君が座るなり考え込んでしまうからだろ? こちらの自己紹介もまだだというのに……」
ああ、そうか。
立場が分かったから納得しちまってたけど、そういえば名前を聞いていなかったな。
「一応確認するけど、アンタはユミィの捜索隊の一人なんだな。そしてそっちのアンタはアンコウ会アカシア支部の支部長なんだろ?」
で、シュナ爺と一緒に3人でコソコソ密談してたら俺が来たから、やむなくこの部屋に入れてくれたと。
「シュナ爺。あのメモに書いてたこと、俺は本気だからな」
「……分かっておるよ。だからこうしてここに呼んだのだ」
分かってくれてるなら良いか。
「あ、支部長さん。アンタはもうあんまり用事ないから別に名乗らなくても良いけど、ツバサの件だけはちゃんと下っ端どもに言っといてくれよ? もうこれ以上俺たちに手を出すな、ってさ」
なにせアンタらの仕事は、この男の目の前にユミィを連れてくることだったわけだからな。
だが、俺がここに来て直接話をつけることになった以上、もうアンタらの仕事は終わったようなもんだし、それならもうツバサを追う意味がないだろ?
「…………」
黙ってたって分かるよ。
これ以上はアンタらに旨みがない話だ。
損得がちゃんと分かる奴ならここで手を引くはずだし、アンコウ会の支部長クラスの人間が、そんなことも分からないボンクラなはずないもんな?
だから俺も、もう終わった話だろ、って言ってるんだ。
そんで、終わった話なんだから、アンタは下っ端を束ねる人間として、情報指令の伝達と後始末をちゃんとしてくれよ、って話だ。
そのへんちゃんとしてくれないと、もしバカの下っ端どもが間違って俺らに手ぇ出してきたら、
「お前ら、一人残らず皆殺しにするからな??」
マジで。
俺ならそれができるってことを理解しておいたほうがいいぞ?
「……ジャロメ殿。ター坊の言葉は事実じゃ。街中で幻想体になれる探索者は、間違いなく人智を超えた戦闘力を有しておる。少なくとも、同格以上の探索者でなければ手も足も出ずに殺されるわい」
そうだよ。
お前らアンコウ会にも一流の探索者がいるなら話は別だけどよ。
「生身の人間が、このアカシア内で幻想体の探索者に勝てるわけがないからな?」
そこだけは、ちゃんと理解しておいてくれよ?
「…………分かった」
「ん、助かるよ。……ちなみに今の俺は、幻想体だからな?」
俺は素早く自在刃を使用状態にして立ち上がり、支部長の背後に回って首元に刃を押し当てた。
たぶん、この場の3人には、俺の動きは目にも写らぬ速さだったんじゃないかな。
「……は? ……な、なにを!?」
ようやく、俺に殺されかけていることに気づいて慌てる支部長の耳元で「ちゃんとしないとマジで皆殺しにするし、言い訳は聞かないからな?」と告げる。
支部長がしっかりと頷いたのを確認してから俺は再び席に着き、
「で、捜索隊のアンタ、名は?」
と、尋ねたのであった。
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