48話目・筋肉型後衛という概念
夜中の間はわりとたいへんだった。
というのも、ツバサの寝相がものすごく悪く、朝になるまでに何度もユミィの脇腹を蹴ったりモコウの頬を叩いたりベッドから転げ落ちそうになったりしたのだ。
さらにはシーツを蹴飛ばしたり急に服を脱ごうとしたりするので、そのたびに俺は服の裾を直してシーツをかけ直してやった。
ツバサのやつ、胸だけは立派に育っているので、目の前で服を脱いでチチ丸出しになられると、さすがに目のやり場に困る。
こんなチンチクリンどもの肌に欲情していると思われてもシャクだしな。
と思いながら服の裾を直してやったり、ベッドから落ちないようにしてやったりしていたら、気が付けば朝になっていた。
アンコウ会の襲撃はなかったが、なんだか忙しい夜であった。
明けて朝。
バカ弟子たちをそれぞれ起こし、もらってきた桶湯で洗顔させた。
それから、宿にやってきたハンズと部屋前で待機していたチャランチーノに協力してもらい、弟子たちをそれぞれの部屋に一旦戻し、着替えと身だしなみを整え(トイレを含む。なお、この宿にはダンジョンの恩恵で各部屋にトイレと洗面台がある)させる。
俺たちはそれぞれの部屋の前で待機しながら、情報交換を行う。
「明け方にも一度アンコウ会の支部を探ったが目新しい動きはなかったぞ」
「俺ちゃんのソルフレたちも、この宿の近くではアンコウ会の奴らは見てないって言ってるよ〜ん」
そうか。
それなら、予定を早めて今日中に釣るか?
「長引かせるのも馬鹿らしいからな。今なら先手を打てるし、それで確実に仕留められれば手間はない」
「だが、具体的にどうするつもりだ?」
その前に確認だが。
俺はハンズをジロリと見つめる。
「ハンズ、どうせお前のことだから、向こうの調査依頼も正式に受けてるんだろ?」
「……さぁ、なんのことやら。……と、言いたいところだが、お前には隠しても無駄か。あぁ、お前の言うとおりだ。アンコウ会からツバサの居所を調べて教えろと言われてカネをもらっている」
やっぱりな。
カネにがめつい奴め。
「なになに〜? ハンちゃん実は敵だった的な? とっ捕まえたほうが良い系?」
「いや、大丈夫だチャランチーノ。前金だけもらった後で改めてこっち側についた感じだ。向こうに損だけ与えているわけだから、どちらかと言えば味方だよ」
「おけまる〜♫」
で、そんなハンズに朗報だ。
「ついでだ。前金だけじゃなくて、達成報酬も貰ってこいよ」
「なに? ……ああ、そういうことか。それなら、どういう風に伝えておいたらいい?」
俺は、アンコウ会に渡してもらいたい偽情報を作り、メモに書いてハンズに渡した。
「そうだ、ハンズ。達成報酬分はお前と俺で6:4な」
「抜かせ。良いとこ8:2だろ」
「じゃあ、間を取って7:3で良んじゃね?」
ということで、弟子たちが各々の部屋から出てきたところでハンズに偽情報を持っていかせた。
頼むぞハンズ。
俺に、お前の首を刈らせるなよ。
◇◇◇
それから少しして。
「あらあら〜ん♡ こんなに可愛い子たちだったなんて、どうしてもっと早く教えてくれなかったのよ〜♡」
と、相変わらずネットリした喋り方で、ゴツいオッサンが目を輝かせていた。
この人はカマーンさん。
漢の中の漢みたいな肉体に、乙女の心(戦乙女ではない)を搭載した人だ。
身長は2メートル超え、推定体重は150キログラムオーバーの筋肉ダルマだが、大量のフリルがついたドレスを着て、趣味はレース編みとお菓子作りという凄い人(……人か、これ?)だ。
ハンズと徹夜明けのチャランチーノにかわり(というか、チャランチーノは全力で逃げた)、ツバサたちの護衛をお願いしていたので、宿まで来てくれた。
今は、皆揃って屋台屋通りに朝飯を買いに向かっているところだ。
ハンズに持たせた偽情報が効果を発揮するまでもう少し時間がかかるだろうからな。
その間に腹ごしらえをする算段だ。
「貴女たちがセリーちゃんの弟子っ娘たちね♡ むふっ、やだわぁ、3人ともオジサンの若いころにソックリじゃないの〜!」
いや、そんなわけねーだろ。
と、俺は内心でのみツッコミを入れ、表面上はニコニコ笑顔のまま「へー、そうなんですねー」と答えた。
いや、俺が呼んだから来てくれているのは重々承知の上だが、心のどこかでは「急用でも入って来れなくなってくれないかな……」という思いもあった。
「カマーンさんが来てくれて助かりました。基本ソロでやってる一流の方って、なかなかいませんから」
一流相当じゃないと街中で幻想体になれない(C級ダンジョンをクリアすると街中で幻想体になれるようになる)からな。
こういう緊急の護衛を頼める人っていうのは、意外と少ない(大半の一流の人たちは、ダンジョンに潜りっぱなしで地上にいないことのほうが多い)のだ。
そんな強い人の手を、ほぼ無償で借りられるのはとてつもない僥倖だ。
本来なら、泣いて喜ぶべきことである。
「むほほ、良いのよ。オジサンとセリーちゃんの仲でしょ……♡」
と、肉食獣が舌なめずりしているみたいな雰囲気を出されているとしても。
なんならそっと肩に手を乗せられて指先が俺の首筋をなぞっていったとしても。
喜ぶべきことなのである。
いや、マジで……。
「……ははは」
俺は、どうにかお食事デートぐらいで許してくれないかな、と思う。
それなら、その後に来たるシオンさんとのお食事デートで記憶を上書きできるのに。
とか考えていると。
「えっと、カマーンさん、で良いんだっけ?」
「そうよ。どうしたのかしら、ツバサちゃん?」
なんと、おそれ知らずにもツバサが、カマーンさんに話しかけた。
「そのお洋服、めちゃくちゃ可愛いね。どこで買ったの?」
「むほほ、これはオジサンがイチから縫ったのよ。じゃないとサイズが合わないからね♡」
「えー!! ここのふりふりしてるとこの模様とか超綺麗だけど、これも全部縫ったの!? すごーい!!」
「あら、お目が高いわね! そうよぅ、これは一針一針夜なべして縫い上げていったの! あと、ここの縫い目分かるかしら?」
「んんー? ……あ! これよく見たら真っ直ぐじゃなくてギザギザに縫ってる! え、なんでこんなことしてるの? 真っ直ぐじゃないと縫うのたいへんじゃない?」
「大変だけど、こうして縫っておくと縫い目の伸びが良くなって、力を込めたときに服が破けずに済むの♡」
「ほえー! すごいすごーい! え、じゃあお胸のとこのバラの花みたいな飾りはどうやって作ったの?」
「ふふふ、これはね……、」
と、なんとツバサが、予想以上にカマーンさんと仲良く会話をしている。
しかも、それにつられてモコウも。
「アイヤー、カマンさん、体大きいネ。パッパ以上よ。どうやたらそんな逞しくなれるアルカ?」
「簡単よぉ。強さと美しさを常に全力で欲しながら、鍛錬したり刺繍したりするの♡ そうすれば、自ずと肉体は想いに応えてくれるわよん♡」
んなわけねーだろ。
……と、一概には言い切れない。
「なりたい自分をきちんとイメージする、というのは確かに大事なことだな」
「そうなのカ、ター師父?」
「ああ。なりたい自分の姿や、どう動きたいかのイメージをしっかり持っているほうが、鍛錬の効率は良い」
幻想体の動きなんかは、まんまそうだろ。
頭で思い浮かべた通りに体が動く。
だから無駄のない精密な動きを思い浮かべられるなら、ソイツの幻想体は無駄なく精密に動ける。
普通は、その動きを生身でも鍛錬することで脳裏や肉体に刻み込み、幻想体にフィードバックするわけだ。
だから俺は、ツバサに生身でも素振りをさせている。
「そして、生身を鍛えるうえでもイメージは重要だ。漫然と鍛錬するんじゃなく、こうありたいという自分の姿を常に意識するほうが、練度は上がる」
「なるほどヨ……」
「あと、しっかり鍛えた後はしっかり食べてしっかり寝ることも大事だ。毎日の食事と習慣が、この先の自分の肉体を作るわけだからな」
すると、カマーンさんが優しく微笑んだ。
「むふふっ、セリーちゃんのそういうキッチリしたところ、オジサンは大好きよ♡」
「……ありがとうございます」
「そういえば、ユミィちゃんは杖士だっけ?」
と、突然話を振られたユミィがビクリと肩を震わせた。
「あ、え、は、はい。そですけど……」
ユミィは、完全にカマーンさんの見た目の威圧感に圧倒されているな。
まぁ、ある意味で正常な反応とも言えるが。
「奇遇ね♡ オジサンも杖士なのよ。ほら♡」
と、カマーンさんは装備品の「ロングスタッフ」を具現化(カマーンさんが持つと普通サイズに見えるな……)してみせた。
「え、ほんとに? ……え??」
ユミィが、ポカンとした表情になった。
いやまぁ、その反応も気持ちは分かる。
装備品見たら、なんでこのタッパと筋肉で後衛なのかって思うよな。
……違うんだよなぁ。
「ホォォーー……、アチャァァーー!!」
「……!!」
突如カマーンさんは、手にした長杖をびゅんびゅんと振り回して猛風を起こしてみせた。
凄まじい勢いで風を起こす長杖を、カマーンさんは己の手足の如く自在に操る。
「アチャチャチャチャチャアァーーッ!!」
突き、薙ぎ、払い、打ち。
上段、中段、下段。
唐竹、両袈裟、胴に逆胴。
腿、膝、脛、足払い。
あらゆる形でのあらゆる部位への打ち込みが、竜巻のような勢いと速さで繰り出されていく。
突然始まった激しい演舞に、道行く人々は呆気に取られて足を止める。
ユミィも、もう自分の目の前で何が起こってるのか分からなくなっているようだった。
「うわー! カッコ良いー!!」
「凄いクンフーアル! カマンさん、師範級ヨー!!」
前衛の2人は目の前で発生したすごいことに夢中になり。
「ホアチャチャチャチャチャーーッ!!」
それに気を良くしたカマーンさんはさらに熱を帯びた動きを繰り出していく。
結局、カマーンさんが演舞を終えたころには、俺たちの周りは足を止めた通行人たちでいっぱいになり。
美しい汗を流すカマーンさんに、皆が拍手喝采を向けたのだった。
見たかユミィ。
これが筋肉型後衛という概念を作った人、烈風好打のカマーンさんだ。
ユミィは、ぼそりと呟いた。
「……いや、これって杖使ってるけど杖士じゃないだろ」
おっと、ユミィ。
それは言わない約束だぞ。