47話目・思春期娘たちを見守ることにする
すっかり夜になってしまった。
俺は宿に帰って生身に戻り、俺の部屋の前でスクワットしていた(幻想体でやっても効果ないだろうに……)チャランチーノに一声かけてから部屋に入った。
「モコウ。コン=ペイトってオッサンと話をしてきたぞ。お前がしばらくは探索者として頑張りたいと話してることを伝えて、納得して帰ってもらった」
俺が、先ほどの話し合いの結論を伝えると、モコウはひどく驚いた顔をした。
「コン師範が来てたアルカ!? ウゥー……、ワタシ、あの人に一番シゴかれてたから、ちょと苦手アル……」
そうなのか。
まぁ、確かに厳しそうなオッサンだったな。
「え、けど、ホントに納得して帰たアルカ? ホントニ?? ワタシ、会の掟を破てるから、捕またら半殺しにされる思てたのニ」
それは大丈夫だよ。
もしどうしてもお前に用事があるなら、先に俺に話を通せって言ってある。
奴らだって、仁義とか面子とかってものはある程度重んじるだろ。
周りから不義理な連中だって認識されるのはそれなりにリスクがあるからな。
ただまぁ。
「帰って門主様とやらに報告はするって言ってたからな。またいずれ何かしらの接触はあるだろうよ」
「アァー……、ウゥ、それはまぁ、仕方ないアルカ……」
すっげえ嫌そうな顔するじゃん。
しなびたキャベツみてーになってるぞ。
「そんなにママに話伝わるの嫌か?」
「…………なんのことアルカ?」
「いや、コン師範がお前の母親のことを門主様って言ってたからな」
うぐうっ、とモコウはクソ苦青汁でも飲まされたみたいな顔になった。
さっきから面白れー顔すんじゃん、コイツ。
今度の飯の時コイツらに、バカニガ薬膳料理を騙して食わせてみたら、もっと面白いかもしれんな。
「…………そのあたりのことは、まだちょっとちゃんと話す勇気ないネ……。後生よ、ター師父」
そうか。それならとりあえず今はイイけどよ。
お前、マジで切羽詰まる前には腹括れよ?
情報量格差が原因で負けるのは、俺も嫌だからな?
「分かたアル……」
「というわけで、モコウの問題も一旦終了だ」
次に昇竜会の連中がやってきた時はどうなることやら分からんが、今言えることは。
「モコウも、ユミィもそうだが。お前ら家族に黙って出てきてる以上は、今後も連れ戻されるリスクが残ってるわけだな」
だから、先に言っておくぞ。
「さっさと一流の探索者になるぞ。そうすれば、もう少しやりようがある」
今までは一人前の探索者になるところまでは面倒を見てやろうと思っていたが。
これからはその上を目指す。
すると、バカのツバサがいつものように首を傾げた。
「一流と一人前って、……違うの?」
「全然違う」
月とスッポンぐらい違う。
一人前っていうのは、定期的にダンジョンアイテムを回収してきて街に恩恵をもたらすことができるようになった人材のことだ。
具体的には、D級ダンジョンを1つ以上クリアして入場資格を得たうえで、C級ダンジョンのどれか1つで15階層をクリアできた奴。
もしくは、D級ダンジョンを3つともクリアしたことのある奴が一人前扱いだ。
「D級から、この街の生活必需品や他所との貿易に回せるアイテムを入手できるようになるからな。D級ダンジョンから継続的にアイテムを拾ってこれるようになれば一人前だ」
一人前になれば、ダンジョン探索の収入だけで人並み以上の生活ができるようになる。
そこまで育ってくれれば、日々の収入から何パーセントって感じでカネを徴収することで、今までお前たちの育成にかけたカネを回収できる見込みなんだ。
「だが、一人前止まりでお前たちが実家に連れ帰られてしまうと、カネの回収が不可能になるだろ?」
だから一流の探索者を目指すんだ。
一流の探索者になれば、この街に必要な人間として、探索者協会がもう少し強く守ってくれるからな。
お貴族様とかが何か言ってきても、ある程度突っぱねるだけの権力を発揮してくれる。
「そうすれば、お前たちの育成で赤字にならなくて済む」
新人相手に商売するのは、お前らをそこまで育ててからにするよ。
まぁ、そんなに後の話じゃないだろうしな。
「お前ら3人なら、遅くとも半年以内には一流になれるはずだ」
具体的には、C級ダンジョンを三つともクリアするか、C級ダンジョンを一つ以上クリアして入場資格を得たうえで銅ダンの10階層をクリアできれば一流として認められる。
「ちなみに、ユミィは黄ダンをクリアして銅ダンに挑んでいたことがあったな。最大何階層まで行っていたんだ?」
「……13、だね」
「なら、ユミィ単独なら一流扱いできなくもないな」
すると、ユミィは首を振った。
「いや、それはボク一人で行ったわけじゃないし。ちゃんとこのパーティーで一流扱いしてもらえるように、頑張るよ」
そうか。
まぁ、そう言えるのは偉いよ。
「そういえば、ツバサはちゃんと親の了承を得てからここに来てるんだろうな?」
3人揃って家出娘とか、さすがに面倒臭すぎるぞ。
「あ、うん。なんなら、これ以上養えないから食い扶持ぐらい自分で稼げって言われた」
……それもそれで、ひどい話だな。
「お前も意外と苦労してるんだな」
「そう? けど、あの村ならそんなもんじゃない? 畑やるか近くの森で食べれるもの探す以外、何もすることがないところだったし。あたし以外の兄弟もいっぱいいたけど、もう何人も村を出て行ってそれっきりだよ」
たははー、と笑うツバサに、俺は少しだけ同情した。
「そうか。お前のバカは生まれつきと環境の二重苦だったわけか」
「あれ、今のってそんな話だった??」
「ああ。細かく説明すると各方面から怒られるから言わないが、そういう話だ」
「……??」
全然分かってなさそうなツバサを無視して、俺はハンズと通信をする。
『ひとまず、今日のところは終了だ。夜は俺とチャランチーノで警戒するから、お前は先に休んでてくれ』
『了解だ。明日はどうする?』
『日中はカマーンさんが来てくれるから護衛は夕方以降で良いが、一応朝イチで一度ここに来てくれ。それと、昼間の内にアンコウ会の動向を探ってくれると助かる』
『いいだろう。動きがあれば即時連絡する』
ということで、ハンズを帰らせて部屋の前のチャランチーノに声をかける。
「明日の朝までは、俺が室内、お前がそこで警戒だ。何かあったら大声で呼べ」
「んっんー♫ 分かったぜタッちゃん。だが、それよりも俺ちゃんが室内のほうが良いんじゃないか? そうすれば、俺ちゃんもウキウキでもっと頑張れるんだけどな♫」
俺はチャランチーノの言葉を無視してドアを閉めてカギを締めた。
「よし、今日は俺が起きて見張っておくから、お前らは寝ろ」
俺は、俺のベッドの横に「すやすやベッド(ダンジョン内で結界張って生身で寝る時にこれを使うとPP回復が少し早くなるのだ)」を出して置いた。
ベッド2つ並べたら、コイツら3人なら並んで寝れんことはないだろ。
「え、タッキーのベッド使っていいの?」
まぁ、事情が事情だからな。
「……タキ兄ぃの枕も使っていいの?」
ん?
まぁ、使いたければ使えよ。
「じゃあ、ワタシはター師父のベッドのシーツにくるまって寝るネ!」
「あ、それはズルでしょ! 仲良く皆で使おうよ! というか枕も! ジャンケンするよ!!」
と、なぜかツバサが強引に決め、真剣な面持ちで3弟子たちがジャンケンをする。
お前ら、何をしてるんだ??
「やったー! 勝ったー!」
と、枕の取り合いに勝ったツバサが両手をあげた。
コイツら、3人とも枕がないと寝れないタイプか?
で、しっかり寝てもらわないとこっちも困るので、ユミィとモコウにはタオルとかシャツを丸めて作った枕を渡してやった。
というかお前ら、俺が言うのもいまさらなんだけどよ。
「お前らが寝る時に俺が同じ部屋にいるって話なんだが、そこについては文句ないのか?」
絶対またはちゃめちゃに何か言われると思って、身構えてたんだけどな。
「あー、それは、うん。仕方ないし、ほら」
「まぁ、タキ兄ぃなら大丈夫かなって」
「信頼してるアルヨ」
と、3人が3人とも目を逸らしながら言うので俺は何か腑に落ちない感じがしたが、面倒臭いのでそれ以上は何も言わないことにした。
「ほら、ベッドに入れ。灯り消すぞ」
3人がベッドに入ってから部屋の灯りを落とし、肉体をKey2の幻想体に切り替えて「暗視ゴーグル」を使用する。
で、しばらく見守っていると。
「……すぅ、すぅ、」
「むにゃむにゃ……」
「…………ぐぅ、」
と、それぞれ寝息を立て始めた。
まぁ、今日は黒ダン上がりで色々あって疲れてるだろうからな。
しっかり寝て回復してもらおう。
夜が明けたら、またバタバタするかもしれんしな。
俺は、部屋の隅に置いた椅子に腰掛けたまま、朝が来るのを待った。




