40話目・弟子三号誕生!
「ウゥーー……。ヌルヌルベトベトにされたヨ……」
モコウは最初に2、3発殴ったものの、ほぼノーダメージのアイススライムに冷たい消化液をかけられて動けなく(状態異常・凍結だ)なり、大きくのしかかられてその場に転倒。
全身に纏わりつかれてバタバタともがくも、表面からじわじわ溶かされ始めて落ちそうになり、大声で助けを求めてきたので雷矢を核に撃ち込んで救出した。
助けたものの服がボロボロになって色々と際どい姿になってしまっていたので、モコウにこそこそマントをかけてやる。
幻想体だしガキンチョ体型ではあるものの、さすがにヌルヌルで半裸のままにしておくのは可哀想だからな。
「……ター師父」
モコウは、マントに包まれたままどんよりした表情を浮かべてアイススライムがいたところを見つめている。
俺は、なぜモコウが負けたのか説明することにした。
「ダンジョンエネミーの中には、特定の攻撃種別や属性ダメージを軽減したり無効化したりする奴がいる」
今回のアイススライムなら、氷属性が無効で雷属性が弱点。火と毒が等倍。
殴打がダメージ減で斬撃がダメージ激減、射撃は等倍、刺突がダメージ微増扱いだ。
「つまり、今現在のモコウの装備品では最初から勝負にならないというわけだ」
属性付きの装備品は装備しておらず、殴打と斬撃の装備品しか装備してない(一応自在刃を細く伸ばせば刺突もできるが、判定がシビアだ)からな。
動きは遅くても耐久力の高いアイススライム相手だとチマチマ削るにも限界があり、近寄って攻撃してるといずれは取り込まれる。
「さて。こうして天敵のようなエネミー相手にボロ負けしたお前が、次に考えるべきことはなんだと思う?」
するとモコウは、手を振り回して怒った。
「……ウウゥー! 悔しいアル! 悔しいアル!! もっともっと強くなて、このヌルヌルの借りを返してやるヨ!」
まぁ、そう思うよな。
だが、それは違う。
「なぜアルカ! 今は倒せなくても、もっと強くなればいずれ倒せるはずヨ!」
そうだな。
お前がこれからもソロで探索者を続けるなら、その考えも正しい。
自身の練度を高め、幻想体のレベルを上げ、装備品を更新する。
どれもセオリーだし、そうすることは必須だ。
「だが、今のお前が真に考えるべきは、あの2人と一緒にここに来たらどういう連携を組むか、ということだ」
言ってる意味が分かるか?
「……それはつまり、ツバサとユミィを頼れということカ?」
「そうだ。お前は生身でもクンフーで戦えるし、クンフーを使えば幻想体でも十分戦える。だから今後どこかで勘違いするだろうなと思って早めに教えてやったわけだが……」
探索者は、基本的にソロでやる職業じゃない。
仲のいい奴か、仮に仲が悪くてもお互いの戦法をカバーし合って助け合える奴らと組んで潜るものだ。
「何もかも自分一人で戦って勝とうとするのは傲慢だし、効率が悪い。お前がアイススライムを一人で倒そうとすれば向こう2か月は特訓する必要があるだろうが、3人で挑めば明日にも楽勝で倒せる」
少なくとも、ツバサとお前で交互に挑発しながら足止めし、ユミィが遠くから射撃を当て続けるだけでアイススライムは倒せる。
所詮はE級ダンジョンの5層のフロアボスだからな。
人数を揃えて相性を整えれば、あんな目に遭わずに楽に勝てるわけだ。
「……けど、それってズルくないアルカ? 困難には自分の力で打ち勝ってこそだって、パッパもよく言てたヨ」
まったくズルくないな。
むしろ正道だろ。
「パーティー登録という機能そのものが、ダンジョンからもたらされているものなんだぞ。つまりそれは、パーティーを組んで探索することを前提にダンジョンが用意されているということだ」
ここが遊歩道で俺たちの目的がピクニックなら、自分の気が済むまで単独で探索してもいいだろうけども。
「ここはダンジョンで、俺たちは命懸けの探索をしにきてるんだ。命懸けの場に手抜きの状態で来るほうが失礼だろ。常に最善を尽くすべきだ」
それに、だ。
「いいか、モコウ。誤解のないようにまず言っておくが、俺はお前のことを非常に優秀なやつだと思っている。そのうえで言うが、お前は別に俺の弟子にならなくてもいいタイプだ」
俺から教えを受ける必要もないぐらい、練度が高いからな。
たとえ幻想体の性能が低くても、お前なら普通に戦える。
「お前なら、ちょっと自分で何回か潜ったらどんどん上の級のダンジョンに潜れるようになって、そのうち上位の連中から勧誘が来たりするようになるさ」
そうなれば、一回の探索で得られる利益はこんな低級ダンジョンの比じゃないぞ。
「今よりもっと広い宿に泊まって、今よりもっと高級な飯を毎日食えるようになる。他の探索者たちからは羨望の眼差しを浴びるようになり、不注意の事故にさえ気をつければ、この街で手に入れられるものの大半は手にすることができるだろうよ」
それぐらい、お前はすごい。
「そんなお前に改めて言うが、俺は今、ツバサを一人前の探索者にするために色々と動いている」
そしていずれは、この街に来る新人たち全員が無理なく安全に一人前になれる育成プランとして売り出したいと思っている。
「俺の弟子になるなら、そのために必要な検証等には付き合ってもらうし、それはつまりツバサやユミィと組んで探索してもらわなくては困るということだ」
お前、俺のことを師父と呼んでいるけど、俺は探索者としての師匠であってクンフーの師匠ではないからな。
「モコウが探索者として活動したい理由が、自分のクンフーを磨きたいからだとかなんとか。そういうものだというなら、悪いことは言わんからもっと他のやつに師事したほうがいい」
俺にはお前のクンフーを鍛えてやる術も理由もない。
「だがもしもお前に。ツバサやユミィとともに俺のやり方を学んで一人前の探索者になる、という意思があるなら。俺は、お前のことを正式に弟子にしてやろうと思う」
さぁ、どうする?
「……ター師父は、ワタシのクンフーすごい思うアルカ?」
ん、ああ。まぁな。
「でもワタシ、門下生の中では落ちこぼれだたヨ。ママみたいに強くないし、パッパみたいに体大きくならなかたヨ」
そうかのか?
けどまぁ、お前らのとこの他の奴らがどうかは知らんが、この街の探索者たちの中では間違いなく強いよ。
生身の戦闘力ならかなりの上位に入ると思う。
それは間違いない。
「そのうえで言うが。俺は別にお前のクンフーの腕前がすごいから弟子に誘うわけじゃないぞ」
「……そうなのカ?」
「初対面の俺相手にどんな手を使ってでも飯を奢らせようとした、あの調子の良さといい根性してるところに、将来性を感じたんだ」
ハングリー精神のあるやつは、多少のことではヘコたれないからな。
ビシバシ教えるにはちょうどいい。
「ツバサとかユミィなんか、沼蛇の沼に潜るって言ったら揃って悲鳴を上げて俺のことを詰りやがったからな」
バカだのクソボンクラだの、好き放題な言われようだったぞ。
「それに比べればお前は、文句も言わずに潜ってついてきた。それだけでも十分上等だよ」
すると、モコウがニヘッと笑った。
「……ワタシも言わなかただけで、沼潜る言われてほんとはビックリしたシ、平気な顔で潜ってくの見てちょと引いたネ」
なに、そうなのか?
「さっきのヌルヌルも、こんなのと戦わせるなんてこの人見かけ通りの鬼畜だと思たネ」
誰の顔が鬼畜顔だって??
おい、お前もなかなか言うじゃないか。
「大きくて細くて、目つき怖いし口も悪いアル。けど、ワタシがこの街で見た中で、一番頭使てそうに見えたヨ」
まぁ、俺ぐらい毎日いろんなこと考えてるやつもそうはいないだろうな。
バカ弟子たちの世話を焼くのはたいへんだからな。
「それだけ頭使てる人が、ワタシのこと将来性十分と言てくれたネ。それならワタシも、師父のこと信じて頑張てみるヨ」
そうか。
それならまぁ。
「これからよろしくな、弟子三号」
「アイヤー。よろしくヨ、ター師父」
俺とモコウはガッチリ握手し、それからサークルを踏んで黒ダンを出た。
なお。
「お前らほんとにバカだな……! 誰がレベル1のままで暴れ兎と戦えって言ったよ!!」
レベル1のままだと俺でも手こずるっての!
しかもそれで2人とも落とされて緊急脱出装置使いやがって!!
「だって〜、タッキーにすごいとこ見せて驚かせたかったんだもん〜……!」
「もうちょっと! もうちょっとだったんだよ! あと2発ボクの弾がクリティカルしてたら倒せたんだ! だからもうこれはほとんど倒せてたようなもんだろ!!」
落とされてたら意味ないだろーが!!
お前らちゃんと言うこと聞けよ!!
「バカ2人とも、今日は晩飯抜きだ!!」
「ええー!?」
「おい、ふざけるなよ! ボクたちだって頑張って腹ペコなんだぞ!!」
やかましいわ!
いらんことして余計な出費増やした奴が文句を言えると思うなよ!!
ということで、俺はマジでツバサとユミィを晩飯抜きの刑にした。
4人で飯を食いにいって、2人にはオレンジジュース一杯だけの注文だ。
「ううぅ〜〜……、お腹空いたよぉー!」
「このクソボンクラ、これみよがしにステーキなんか頼みやがって……!!」
なんとでも言え。
本当なら弟子三号の弟子入り祝いで美味いもん食わせてやろうと思ってたのに、調子に乗ったお前らが悪い。
そんなこんなで言い合っていると、弟子三号ことモコウが、切り分けた自分の肉とパンを小皿に乗せて、そっとバカ2人の前に差し出した。
おい、なにしてる。
「ワタシ、ター師父の弟子になたから、つまりこの2人はワタシの姉弟子いうことになるヨ。姉弟子を差し置いて、ワタシだけご飯食べるわけにはいかないネ」
それを聞いたツバサとユミィが、揃って感激した。
「モコたん……! ありがとー! そしてごめんよー! 私たちがポカしたのが悪いのにー!!」
「悪いのはこのクソボンクラだよ。見ろよボンクラ、キミより年下でもこうやって慈愛の精神を待ってるんだぞ。もう少し見習ったらどうだ」
俺は、わりと強めにユミィの鼻を引っ張った。
ふんぎゃあ!
とユミィは猫みたいな悲鳴をあげながら暴れてのけぞった。
「……はぁ。まぁ、いい。良かったなお前ら。頼りになる妹弟子ができて」
「アイヤー。みんな、これからもよろしくヨ」
こうして俺に、3人目の弟子ができたのであった。
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