36話目・またうるさい奴と出会ってしまった
「タッキー、そろそろ晩ご飯の時間だよ! 今日はどこに食べに、きゃああああああっ!?」
ノックもなしに俺の部屋のドアを開けたツバサが、失礼にも俺の姿を見て悲鳴をあげた。
「どうしたツバサ大丈夫か!? ……は? ……うわあっ!?」
そしてワンテンポ遅れてやってきたユミィも、俺の姿を上から下まで見つめてから絶叫する。
「お前ら、揃いも揃って失礼だな」
俺は、仕方なく逆立ち腕立て伏せをやめた。
まだ目標の半分もしてない(148回目だった)が、逆立ちしたままコイツらの相手をするのも面倒だ。
「ツバサ、前にも言ったがノックなしでドアを開けるな。親しき仲にも礼儀あり、だ」
そして俺は、ついいつものクセで顔を流れる汗を半袖シャツの裾をまくり上げて拭いた。
「ふ、ふっきん……!?」
「え、タキ兄ぃ、体すごっ」
気づけば弟子2人が、俺のことをマジマジと見てきていた。
「ん? ……ああ、すまん。はしたなかったな」
勝手に入ってきたのはコイツらとはいえ、異性に腹を見せたのは良くなかったな。
とか思っていたら、何を思ったのかツバサが部屋に入ってきて、俺の二の腕をペタペタ触り始めた。
おい、何をしている。
「ふわあぁ……、細いのにパツパツだ! タッキー、パッと見はヒョロいのに実は鍛えてるんだね!」
誰がヒョロヒョロだ。
あと、探索者やってるのに鍛えてないわけないだろ。
生身でどれだけ動けるかで、幻想体での動きも変わってくるんだぞ。
「……ねぇ、タキ兄ぃ。ちょっと上脱いでみせてよ」
は?
やだよ。
「見せろよ! 減るもんじゃないだろ!」
お前、俺が逆の立場でお前に服脱げって言ったら、脱ぐか?
脱ぐわけないだろ?
そういうことだよ。
「……ズルいぞ。なんでそんな引き締まった体してるんだ! タキ兄ぃのイメージを損なうんだが!?」
「そうだよタッキー! タッキーはもっとこう、頭でっかちでヒョロっとしてないと!」
と、好き勝手にギャアギャアわめくバカ弟子2人をぽいっと部屋の外に追い出し、俺は汗を拭いて着替えた。
今日は焼き魚の気分だな。
魚料理が美味い店に行くか。
そして部屋の外で待っていた弟子2人を連れて宿を出た。
魚を食べに行くと伝えると、2人の反応は正反対だった。
「お魚! やったあ!」
「お魚かー……」
なんだユミィ、魚嫌いなのか?
「うーん……。だって、小骨いっぱいあるし……」
コイツ、こういうところはマジでガキンチョだな。
とてもじゃないがツバサより歳上とは思えん。
「大丈夫だよユミィちゃん! よく噛んだら小骨も美味しいから!」
そしてコッチは相変わらずのバカだ。
アジの開きでも頭からそのままボリボリかじって食べそうだ。
仕方ない、今日はこの2人に上手な魚の食べ方を教えてやるか。
とか思いながら道を歩き、屋台屋通りに入ったところで、よく朝飯を買う行きつけの屋台の前に人だかりができていた。
なんだ、あれ?
近寄って見てみると、屋台の前で赤い細い奴が何かわめいていた。
「お願いヨー! 出世バラいするから、売っテちょだいヨー!」
ほんとに赤い奴だ。
髪も赤いし着ている服も全体的に紅い。
そいつがキャンキャンした声を出して屋台にすがりついている。
声と見た感じは若い女だ。
イントネーションが変なのと、時折聞き取れない単語が出ているが、遠い異国の人間だろうか?
屋台のおっちゃん店主が困った顔をしているので、仕方なく俺は社交辞令モードで話しかけてみた。
「お疲れ様です。……どうしたんですか?」
「おお、ター坊か。すまんな、騒がせて」
「いえ。それより、こちらは……?」
俺が赤い奴をちらっと見ると、赤い奴も俺を見た。
すると糸みたいに細い目を見開き、金色の目を輝かせて、今度は俺に擦り寄ってきた。
「アンちゃん! ワタシよ! 久しブリネ!」
いや、誰だよお前。
「こんなトコで会うのも何かのエンヨ! 出世バラいで返すから、おカネ貸してほしいアル!」
調子良いこと言うなよ。
舐めてんのか。
さらにわちゃわちゃ言ってくるが、要するにカネがなくて飯が買えないようだ。
「ずっとこんな感じで、あちこちの屋台を回ってるらしい」
なるほどな……。
「お願いヨォ〜、もうお腹ペコペコなんヨォ〜!」
「嫌だよ。お前、カネせびるならもうちょっと相手見て言え。なんで俺がお前にカネ貸さなきゃならないんだ」
「だってアンちゃん、ワタシと似たよな歳の娘連れてるネ。ママ言ってたよ、そういうのロリコンて言うデショ? それならワタシのことも助けてくれるハズヨ!」
「…………」
誰が、童女趣味だ!!
俺のストライクゾーンは歳上のお姉様だ!!
「コイツらは、探索者としての、俺の弟子たちだ。断じて、異性として可愛がるために、連れ歩いてるわけじゃ、ない」
「そうアルカ?」
このクソ失礼なバカ女が弟子たちを見ると、弟子2人が無言で頷いた。
「とにかく、俺がお前にカネを貸す義理も、飯を奢ってやる義理もない。それは、この屋台のおっちゃんもそうだ」
飯を食いたいなら、カネを持ってこい。
カネがないなら、働いて稼げ。
「探索者として働くんなら、探索者協会までの道ぐらいは教えてやる。俺たちはこのあと別のとこに行くから、あとは勝手に……、」
「分かタ! ワタシ、アンちゃんの弟子なるヨ!」
……はあっ?
「弟子になたら、師父はご飯オゴってくれるモンヤロ? それにワタシ、探索者なりたくてこの街来たヨ! ちょうど良かタネ!」
ニコニコ笑顔になる赤娘。
俺は、一瞬言葉に詰まる。
「ワタシ、オーノンノ族のイ=モコウ言うヨ! 師父、これからよろしくアルネ!」
そうして差し出された手を見て、俺はたっぷり20秒ほど考えてから、
「…………一考の余地はある。仕方ない、ついてこい」
と、告げたのであった。