34話目・低レベル戦闘に指導する
◇◇◇
気を取り直してさらに白ダン内を進み、第5階層に降りてすぐの平地でエネミーとの戦闘訓練をしているのだが。
これがなかなかヒドい。
「喰らえっ! ……ああっ!? ツバサごめん!」
「任せて! えいっ! ……あんぎゃあ!?」
弟子2人とも、こちらはまともに攻撃が当たらないし、エネミーからはガンガン攻撃されるしで、悲鳴を上げながら戦っている。
ははは、これは笑える。
ほら、頑張れがんばれ。
「えいっ! えいっ! ……ぎゃあっ!?」
「このクソ猿ー! ……わああっ!? こっち来るなー!?」
今コイツらが戦っているのは「跳ねざる」という、跳ねるのか跳ねないのかどっちなんだよというエネミーだ。
両脚がバネ状になっていてピョンピョン跳ねながら移動し、近寄ると爪で引っかいてくる猿なのだが、常にピョンピョンしているので攻撃を当てにくいのだ。
この猿がまだ1体目なのだが、弟子2人はすっかり翻弄されてキズだらけになってしまっている。
「おいおい。いくらPPが多くても、そんなにお漏らししたらもったいないぞ」
「うるさいぞクソボンクラ! キミだけマント着てるからって調子に乗るなよ!?」
確かに俺だけ「こそこそマント」を着て木の上から(跳ねざるは木を登れないのだ。猿なのに)高みの見物をしているが、それでも猿を倒せないのはお前たちがヘボいからだろ。
「助けてください頼れるお師匠様、って言うなら手助けしてやるぞ」
「誰が言うかそんなこと!?」
「助けてください頼れるお師匠様!」
「ツバサ!?」
「タッキー! へるぷみー!!」
ふむ。こういう時に躊躇しないのはツバサの数少ない長所だな。
余計なプライドがないからすぐに他人を頼れる。
「あっ!? なんかヒビ割れてきた!」
お、ツバサの幻想体がヒビ割れ始めたぞ。
幻想体は受けたダメージ量によって過崩壊する性質があるからな。
レベル1の体力ではそれがより顕著だ。
つまり今、ツバサは落ちかけになっている。
もう少しで緊急脱出装置が作動する段階だな。
だが俺はまだ手を出さない。
慌てた様子のユミィが叫ぶ。
「おいボンクラ! ツバサが落ちるぞ早く助けろ!」
お前は何を言ってるんだ。
「ツバサからは助けてと言われたが、ユミィからは言われていない。2人で戦ってるんだから、2人が言ってくるまでは助けないぞ」
「はあっ!? そんなこと言ってる場合か!? ツバサはもう落ちかけなんだぞ!」
「だから落ちてもいいように、緊急脱出装置を持たせてあるんだろうが。もっとも、それを使ったら今日のお前たちの夕食は抜きだがな」
緊急脱出装置はそれなりに高価だ。
無駄に使ってしまったら、相応のペナルティーが必要だろう。
「ぐっ……! このクソ猿め!」
ユミィは、なんとか跳ねざるを倒そうと躍起になるが、焦って狙うから全然弾が当たっていない。
そして慌てて連射するからすぐに息切れになった。
「た、弾が出ない!?」
心力が低いときに無闇に連射すると連射ゲージ(これも便宜上の表現だ)がすぐに枯渇して、回復するまで射撃できなくなる。
だからしっかり狙って無駄弾を減らす必要があるのだ。
そして跳ねざるは、落ちかけのツバサから、息切れで無防備なユミィに狙いを変えた。
ピョンピョン跳ねてユミィに迫る。
「うっ、わあっ!?」
飛びかかっての切り裂きをユミィはなんとかかわすが、ピョンピョンと周りと飛び跳ねられて右往左往している。
あ、蹴られた。
蹴り倒されたユミィが地面に倒れる。
「ゆ、ユミィちゃーん!?」
ツバサが駆け寄って助けようとするが、ちょっと間に合いそうにないな。
しかたなく俺は、木の上から毒矢を二連射して両目を射抜き、跳ねざるを倒した。
そして木から降りて、満身創痍のバカ弟子2人に修復剤(幻想体のHPを回復させる使い捨てアイテムだ)を使ってやった。
それから第5階層を進み、ボス部屋手前の水場で最低限のレベル上げをしてから暴れ兎を倒し、白ダンを出たのであった。
◇◇◇
行きつけの食堂で少し遅めの昼食(3人ともフライ盛り定食だ)を食べながら、俺はバカ弟子2人に指導を行う。
「まず、ツバサ。お前は今日から生身で素振りをしろ」
メイス両手振りを100回、片手でそれぞれ100回、ハンマーも片手でそれぞれ100回ずつだ。
「技力が下がった途端にあんなブレブレスイングをしているようじゃ話にならん」
殴打系だからまだなんとかなっているが、斬撃系装備品の剣や斧、刺突系装備品の槍や針だとまともなダメージが出ないぞ。
俺は指導料としてツバサの皿からエビフライを一つもらった。
「あー!? ひどいよタッキー楽しみにしてたのに!!」
「そしてユミィ。お前はもっとしっかり狙え。あと、無駄に意地を張るな」
あのときは俺もあえて意地の悪い言い方をしたが、そもそも本当に助けが必要な状況だったら、助けを呼ぶのを躊躇するな。
その躊躇のせいで、助けられたはずの仲間がやられるかもしれないんだぞ。
「いいか。後衛をやるなら戦況全体を見渡して火力を分配する必要があるということは当然分かっているだろう。だが、それに加えて不利な状況での戦型変更や撤退の判断も、場合によっては必要になる」
今回で言えば、ツバサもお前もまともに跳ねざると戦えず一方的にやられていたわけだが。
バカの一つ覚えみたいに同じ戦い方を続けても勝てる見込みは低いだろ。
「ツバサからヘルプが出て、お前に今すぐ状況を打破するアイデアがないのなら、被害が大きくなる前に俺に助けを乞えばよかったわけだ。だが、お前はそこで躊躇った」
なぜだと思う?
「お前のプライドの高さが、俺の手を借りることの邪魔をしたわけだ。……いいか、プライドが高いことは別に悪いことじゃない。だが、探索中は色々なことが起きるし色々な場面がやってくる」
矜持を胸に意地を張らないといけない時と、誇りを捨ててでも利を取らないといけない時と、そのどちらもがあるんだ。
「その時その時で何を優先すべきか、これからはもっと頭を使って考えろよ」
俺は指導料としてユミィの皿から唐揚げを二つもらった。
「二個も持ってくのはダメだろ! というか弟子で年下で女の子の皿からオカズを奪うとか、正気か!?」
やかましいわ!
修復剤使った分の損失も含めてこれでチャラにしてやるって言ってんだからありがたく思えよ!
「悔しかったら白ダンレベル1攻略で安定クリアできるようになるんだな。そうすれば、ご褒美に美味い飯屋に連れてってやるよ!」
「ほんと!」
「言ったな!」
うおおおお、と気合いを入れた弟子2人に、俺は「さて、どうなるかな」と茶をすすったのであった。