26話目・天才型美少女を弟子に勧誘する
茶ダンから出て、ユミィを連れて近くの喫茶店に入る。
店の奥のほうの外からは見えない位置の席に座り、コーヒーとオレンジジュースを注文した。
そして急かすユミィに、俺はKey2のままの識別票を手渡した。
そこに表示されたステータスを見て、ユミィが驚きのあまり目ん玉をひん剥いてのけぞった。
「レベル60!? それになんだこのステータス!?」
俺のステータスを見たユミィが、バカみたいな大声で叫ぶ。
おい、見ていいとは言ったがそんな大声で言いふらしていいとは言ってないぞ。
「あ、ごめん……! だ、だけど、何をどうしたらこんなステータスになるんだよ!? このたった数日でレベルが4倍になってるじゃないか……!」
まぁ、普通はそう思うよな。
「それに関してはちょっとした秘密がある。そして、その秘密は俺の探索スタイルにも関わってくる話だ」
話してやってもいいが、条件がある。
「……なんだよ、条件って」
ふむ。すぐさま疑いの目を向けてくるのは警戒心があって良いことだが。
別にそんなに難しい話じゃないさ。
「俺は今、ツバサを一人前の探索者にするために色々教えているわけだが。これは実は、俺の探索ノウハウが他の新人たちの育成にも役立つのかを試すためのものでな」
ツバサみたいなタイプとはまた違ったタイプの奴を、サンプルとして育成してみたい。
「だからお前が、俺の弟子二号になるなら、色々教えてやる。それは嫌だっていうなら、まぁ元々たいした縁があるわけでもなし、あとは自分で好きなようにやってくれ」
ここまで伝えると、ユミィはキョトンとした表情を浮かべた。
「……は? それだけでいいの?」
「ん? ああ、そうだが」
ユミィは、そっと自分の身体を抱きしめて言う。
「……なんか、一晩ベッドの上で俺に付き合えよとか、そういうのかと思って身構えてたのに」
「悪いがお前みたいなチンチクリン体型に興味ねぇよ!? ……いやマジで。せめてあと20センチ身長伸ばしてから言ってくれ」
背丈も胸も尻も貧弱なんだから、せめて身長ぐらい伸ばしてくれ。
あ、追加でミルク頼んでやろうか?
「言わせておけばこのヒョロボンクラ。お前マジで……、この、ハゲさせてやる!」
俺は、怒って俺の髪を掴もうとしてくるユミィの手を遮り、もう一度問う。
「で、どうすんだよ」
なんとか大人しくなったユミィは、少しだけ考えたあと。
「……こっちも、条件がある。それを呑んでくれるなら、キミの弟子になってやってもいい」
と言い出した。
ほう。まぁ、聞こうか。
「ボクを茶ダンに捨てていきやがったあのクソ野郎どもに、復讐したい。手伝ってくれよ」
「なんだ、そんなことか」
良いぜ。手伝ってやるよ。
◇◇◇
ユミィの話をまとめると、こうだ。
どうもユミィは、あのパーティーの連中(リーダーの名前はガーコンというらしい)と探索行動方針の違いで揉めていたみたいだ。案の定といえば案の定なんだが、そこから先がさらにひどい。
なんとあの男たち、口八丁でユミィの緊急脱出装置を外させていたうえ、探索後半の消耗した段階で、突然ユミィに攻撃してきたらしい。
ご丁寧にパーティー登録もこっそり解除(登録の変更はリーダー登録されているガーコンが行える)されていたらしく、他のメンバーから奇襲を受けて落とされかけたのだとか。
「しかもアイツら、ボクを生身にして裸にひん剥いてやるって言ってたんだぜ。ふざけんなってんだよ」
なるほどな。
だからこの弾バカは、自分に女としての価値があると自惚れていたわけか。
勘違いするにしても、もっと自分のことを見つめ直してからのほうがいいぞ。
それにしてもアイツら、こんなクソ生意気なチビ女に欲情するとか、男として終わってんな。
色街通りに行けばもっとマシな女なんていくらでもカネで買えるだろうに。
それに、ダンジョン内でのあらゆる行為は地上の法では裁けないが、だからこそ探索者として越えちゃならない一線というものはある。
仲間のフリして騙し討ちとか、仲間の女を生身にして襲うとか。
そういうのは、マジで許されざる行いだ。
ガーコンたちには相応の報いを与えてやって、他の探索者にまで被害が広がらないようにしないとな。
「だけどそこはさすがのボクさ。初撃で片腕飛ばされたけどすぐさま反撃して、なんとか距離を取って向こうの銃士たちと撃ち合ってたんだ」
ふむ、なるほど。
で、そこから、こう着状態になったところで大量の砂鮫がやってきて乱戦になり、向こうの2人を撃ち落としてから戦線を離脱。
追撃してくる鮫を返り討ちにしながらどんどん奥に進んでいたら、PP切れになってしまった、と。
色々言いたいことはあるが。
とりあえず、だ。
「お前、パーメンと揉めるの早すぎだろ。いずれまた別の奴らと揉めるだろうなって思ってたら、ほんの1週間ぐらいでそうなりやがって」
お前は学習能力がないのか。学習能力が。
「先日も少し言ったが、ユミィはもっと他人と協調することを覚えたほうがいいぞ。仲間と仲良くするとか余計な敵を作らないとかっていうのは人としてできて当然のことだろ。俺の弟子になるっていうなら、そのへんもちゃんと叩き込んでやるからな」
弾ブッ放すことしか考えてないその空っぽの脳ミソもちゃんと使ってやらないと可哀想だぞ。
「よくぞまぁそんなセリフがほざけるよね。仲間と仲良くとかどの口が言うんだよ」
「別に、聞こえの良いことを言うだけが仲良くすることじゃないだろ。本人が認識してない欠点があるなら、指摘してやることも必要だぞ」
「それなら認識してないようだから言っておくけど、ボンクラ兄さんナチュラルに他人を見下してるよね」
「他人、だと括りがデカいな。バカのことをバカだなぁって思ってるだけだ。それに、良いところは良いとちゃんと思ってるぞ」
「じゃあ、ボクの良いところってどこだよ」
「杖士としての才能は俺が見た中で間違いなく一番高いし、現時点の実力は5本の指に入る。あと、単純に顔が良い。ユミィはかなりの美少女だな」
「お、お、おぅ……、そ、そうだろ……」
おい、そこで照れるなよ!
なんか俺が口説いてるみたいになるだろうが!!
「とにかく。俺の教えを受けるからには、お前のそのコミュニケーション能力の低さも叩き直してやるからな」
「……そのためにはまず、ちゃんとあのクソたちへの復讐を手伝ってくれよ?」
「任せとけ。ついでに迷惑料もたっぷりふんだくってやるよ」
「デカいこと言うけど、実際どうやるつもりなの?」
そのへんは、ちょっとした策がある。
「お前、結界カンテラを使ったことはあるだろ?」
「それって、ダンジョン内で生身になって休憩する時に使うアレのこと? もちろんあるよ」
そうだよな。黄ダンや茶ダンに挑んで稼ぐなら泊まり込みは必須だから、当然あるよな。
「てことは、ガーコンたちも使うってわけだ。実は、あのカンテラな……、」
俺が、一般にはあまり知られていない結界カンテラの仕様について教えてやると、ユミィは感心したような呆れたような表情を浮かべた。
「ははぁん……。なるほど。いや、よくぞまぁ、そんなズルいこと知ってるよね」
別にズルくはねぇよ。
これもダンジョンアイテムの仕様のひとつだ。
こういう細かいことを知っていると、いざという時に困らずにすむんだよ。
「で、これをやるなら、お前が無事だということがガーコンたちにバレてないほうが都合がいい。ユミィお前、宿はどこを使ってる?」
「麗らかな木漏れ日亭だけど……」
自分の部屋の鍵は今持ってるか?
「いや、出てくる時にフロントに預けるから、持ってない」
だとすると……。
「……とりあえず、今からお前をツバサが泊まってる宿に連れていく。そのあと俺がお前の部屋を確認してくるから、お前はツバサの部屋で待ってろ」
俺は、喫茶店のマスターからテーブルクロスを借り、ユミィの髪と顔を隠すように被せてやってから店を出た。
なお、まだツバサは部屋に帰ってきてなかったので、仕方なくその隣の俺の部屋にユミィを突っ込んで(ゴチャゴチャ言われるとうるさいので、そこがツバサの部屋ってことにして伝えた)から、俺は木漏れ日亭に赴いたのであった。