25話目・砂塵の空を駆ける
◇◇◇
茶ダンとは、C級ダンジョン「茶の砂漠ブラウンデザート」のことだ。
階層数は30。
どの階層も砂漠や砂丘がモチーフになっており、他のダンジョンよりも一つの階層が広くなっている。
そして折り返しとなる15階層目では、フロアボスである「蜃気楼階段」たちを全て倒す(広大なボス部屋の中に2体から12体までの間でランダムポップする)ことで本物の階段が出現する仕組みになっていて。
全フロアボスの中でも屈指のウザさと鬱陶しさを誇っている。
「……これで7体目、か」
俺は今、その15階層目に来ている。
弱点属性の氷矢で近寄られる前に滅多撃ちにし、ドロップアイテムの「妖怪ハマグリ」だけ拾って次の蜃気楼階段を探す。
かれこれ11体倒したところで本物の階段が現れ、16階層目に入れた。
ここからは、一度呑まれると出てこれない蟻地獄のような流砂の他に、音もなく砂中を泳ぐ砂鮫や爆裂して大量の毒トゲを飛ばしてくるサボテンなどが出てきて難易度が上がる。
そして21階層からは、砂漠の中にデカデカとそびえ立つ巨大ピラミッドの中を進んでいくわけだが、今回はそこまで潜る必要はないだろう。
「……俺があいつらのパーティー構成なら、砂鮫はそれほど怖くない。だから普通なら少し遠回りだが流砂とサボテンが少ないルートを通って階段を目指すところだが……」
ボクがいるから大丈夫だよ!
一番最短ルートで行こうぜ!
たぶんアイツは、こう言う。
「……ってことは」
俺は進路を決め、こそこそマントを翻して砂漠の中を駆け出す。
ホバーブーツも常に使用している(PPも多めに消費して普段より高いところを駆けている)から、砂鮫たちに砂を踏む振動で感知されたりすることもない。
常にレーダー表示を気にかけつつ、定期的にPPを多めに使う広範囲サーチをかける。
そして19階層目に入ったところで。
「……あった」
足跡が残っていた。
風で消えていないということは、もうそれほど遠くには行っていないだろう。
それと。
「この距離でもレーダーに反応がない、ということは……」
俺は足跡を辿って駆ける。
「なんか最近、こんなことばっかりだな」
どいつもこいつも安全管理が足りてない。
熱意があるのは良いことだが、前のめりになりすぎるのは良くない。
常に一歩引いたところにも視点を置いておいて、自分のことを客観的に観るクセをつけておかないと。
いざというときに、困るのは自分だ。
「そうだろう、ユミィ」
俺は、照りつける陽射しから逃れるように岩場の影に入っていたユミィを見つけて、言った。
「助けに来たぞ。まだ生きてるか?」
岩にもたれて座り込んでいたユミィは、俺の姿を見てひどく驚いているようだった。
「……は? え、なんで……? まさかこれも蜃気楼?」
おいおい、失礼なやつだな。
「それともまさか、今際の際に思い浮かぶのがボンクラ兄さんの顔ってこと? 嘘だろ? そこはせめてツバサのほうにしてくれよ?」
バカ言うな。
ツバサがこんなとこまで潜って来れるか。
とりあえず帰るぞ。
ほら、立てるか?
俺がユミィの手を引いて立たせると、「実体? ほんもの? え、ほんとになんで??」と余計に混乱した。
「これでも飲んで落ち着け」
なので俺は、所持品枠に入れておいた水筒を取り出して冷たい果実水を飲ませてやった。
「冷たっ!? ……えっ、美味しい!」
ユミィは一口飲んだあと、そのままゴクゴクと一気に飲んでいく。
「綺麗な湧水」に「踊り蜂の蜜」と塩とオレンジの絞り汁を入れて、「アイスゼリー」につけ込んで冷やしたものだ。
この砂漠の陽射しの中を生身で歩いたあとなら、そんなリアクションも当然だろうな。
「まだたくさんあるから落ち着いて飲め」
「ゴクゴク、ゴクゴクゴクゴク……! ぷはっ! おかわり!」
「ほらよ」
「やった! ゴクゴクゴク……!」
「ほれ、これもやるよ」
俺は、具現化した耐熱コート(本来は火属性攻撃への耐性を得るためのものだが、暑さにも効果がある)をユミィに渡してやった。
「PPは残ってるか?」
「……いや、PP切れで破損したから……」
そうか。
つまり、エネミーに落とされたんじゃなくて、最後まで抵抗し続けたんだな。
俺は、ユミィが着た耐熱コートにPPを注入してやって、生身のコイツが暑くないようにしてやる。
さて。
「おぶってやるよ。ほら」
「はっ!? いやいや待てよ! 急にどうした!?」
どうしたもこうしたも、PPが残っていればホバーブーツを貸してやったんだが、PPが残ってないんだろ?
砂の上を普通に歩いたら砂鮫が寄ってくるからな。お前を歩かせるわけにはいかんだろ。
「だからって……! ボクは生身だぞ!?」
「そうだよ。だからおぶってやるって言ってんだろ」
「へ、変なとこ触る気じゃないだろうな!? それに、触ろうとしなくても色々と……! その、当たるだろ!」
……お前は何を言ってるんだ?
「ユミィお前、自分の身体をよく見てからモノを言え。お前のどの部分が当たるっていうんだ。そういうセリフは、せめてツバサの半分でも胸が育ってから言え」
「このクソボンクラ! お前マジでブッ殺すぞ!?」
ギャーギャー騒ぐユミィ。
やめろやめろ。
その声に釣られて砂鮫が寄ってきたら面倒臭いだろ。
「そもそも、なんでボンクラ兄さんがここにいるのさ! ここはC級ダンジョンだぞ! レベル15前後のキミが来て良い場所じゃ……!」
……ほら、来ちまったじゃねぇか。
ユミィの声に釣られて寄ってきた一匹のサメが、レーダー範囲内に入った。
俺が弓と氷矢を起動して構えると、数秒後にはサメが砂から飛び出してくる。
「へっ!? ちょっ……!!」
俺は、飛び出してきた瞬間の砂鮫の口の中に氷矢を五連速射してやった。
全てクリティカルになり、俺たちに噛み付く間もなく光の泡になって消えていく。
「……えっ?」
お、砂鮫の魚卵が落ちたぞ。
これはレアドロップだから高く売れるんだ。やったぜ。
「はっ……? いやいやいや、なに今の連射!?」
なんだようるせぇな。
そもそもお前が騒ぐからサメが来たんだろうが。
「いいから早く背中に乗れよ。こんな暑苦しいところさっさと出るぞ」
「え、あ、分かった。乗るよ……」
俺は、背中に背負ったユミィを移動中落とさないようにサラシ布で縛って固定し、ホバーブーツを起動させる。
「いいか。このまま20層に向かうが極力無駄な戦闘は避けたい。しっかり俺にしがみついて、黙ってろよ」
「……20層? それ、本気で、」
喋ってると舌を噛むぞ。
俺は前に倒れ込む形で体勢を変え、超極端な前傾姿勢からの全力ダッシュを始める。
一歩、二歩、三歩で加速を終え、あとはひたすら前に倒れるまえに足を前に前に出す方法で走り続ける。
Key 2なら速力・Sだから、こういうこともできるわけだ。
「っ……!?」
背中のユミィが息を呑んだのが分かった。
俺は、とにかく他のエネミーに遭遇しないようにだけ気をつけて砂漠の空中を駆けた。
◇◇◇
さて、20階層のボス部屋だ。
フロアボスは「スフィンクス」という名前の、石造りの巨大な獅子だ。
コイツを倒すとピラミッドに入る資格を得られるのだが、硬いし重いし意外と素早いし短時間なら空も飛べるということで、かなり面倒臭いやつだ。
「ほれっ、ほれっ、ほれっ」
なので、ここは大正義爆弾様に頼り切る。
咆哮系の行動をしようとするたびに予備動作で口を開けるので、口の中に起動した爆弾を投げ込んでやると大ダメージを与えられる。
「ギャオオオオオオオッ!?」
そして爆発ダメージを受けると仕切り直すために空中に逃げるので、弱点属性の毒矢を高速斉射して削りとヘイト稼ぎを行う。
そしてある程度ダメージを与えるとまた降りてきて咆哮系から繋ごうとするので、また文字通り爆弾を喰らわせてやる。
これのループをするだけで、スフィンクスは倒せる。
な、簡単だろ?
俺は光の泡になって消えていくスフィンクスを見送ってから、背中に背負ったユミィを下ろした。
「こ、こんな簡単にスフィンクスを倒した……? 嘘だろ? ボクは夢でも見ているのか?」
ドロップは……、ちっ、「神造大理石」×3か。安いほうだ。
「黄金スカラベ」か、せめて「太陽の赤石」が良かった。
俺がドロップ品の渋さを嘆いていると、呆然としていたユミィが立ち直ったようだった。
「……なぁ、ボンクラ兄さん」
「なんだよ、弾バカ」
「ちょっと、もっかいステータス見せてみろよ」
良いけど。
先にここを出るぞ。
俺は帰還用のサークルを手で示し、ものすごく疑いの眼差しを向けてくるユミィを地上に帰還させたのであった。
面白いと思った方、続きが気になる方は、ブクマや評価をよろしくお願いします!!