22話目・思っていた以上に厄ネタの香りがする奴
「あれ、タッキー。ユミィちゃんは?」
「なんか、もう少しエネミーを撃ってから出てくるってさ」
と、ツバサにはテキトーに誤魔化して、俺は素早く黒ダン門前を離れようとする。
ユミィが出てくる前にここを離れないとな。
また絡まれたら面倒だ。
と、思っていたが、やはりそう上手くはいかないようだ。
「ちょちょちょ、待って待って待って!? なにそそくさと帰ろうとしてるのさ!?」
慌てて出てきたユミィに見つかってしまった。
ちっ、思ったより立ち直りが早かったな。
「このボンクラ! なんでボクを置いて帰ろうとしてるんだ! それにさっきの言葉……、どういうことかちゃんと説明してもらうぞ!」
俺は、心底鬱陶しいなと思いながら、ツバサとユミィを連れて近くの喫茶店に入る。
そしてコーヒーを飲みながら、あらためて告げた。
「もう一度言うが、俺たちのパーティーはユミィとこれ以上パーティーを組まない」
「えっ!? なにそれあたし聞いてない!」
「なんでさ! 詳しい説明を求める!」
並んでオレンジジュースを飲んでいたツバサとユミィが、揃って抗議の声を上げる。
くそっ。こうなるのが目に見えていたから、しれっと帰ってもう二度と顔を合わさないようにしたかったのに。
仕方がないので、少し長くなるが俺は真面目に説明することにした。
「まず、俺はユミィのことが苦手だとか嫌いだとかコイツ童心麻疹にかかってて恥ずかしい奴だなとかは思っていない」
まぁ、少々バカっぽいとは思っているが、ツバサよりははるかにマシだ。
「恥ずかしい奴ってなんだよ!」
「だから、思ってないって」
「それにボクの二つ名はカッコ良いだろ!」
そういうとこだぞ、と俺は内心のみで言う。
「それに実力的には非常に素晴らしいから、今後も上の級のダンジョンでしっかり探索してもらいたいと感じた」
お前は掛け値なしに天才だよ。
それは間違いない。
「じゃあなんでさ!」
「実力がありすぎるのも問題なんだよ。お前、今日俺たちと一緒に潜ってみて、率直に言って俺たちの実力についてどう思う」
「そりゃあ……、はっきり言うと、カスみたいだと思ったよ。特にボンクラ兄さんなんか5年も探索者やってるくせに、なんで新人のツバサとほぼ同レベルなのって不思議だったし」
まぁ、そうだろうな。
「お前みたいに実力がある奴が、俺たちみたいに下のほうでウロチョロしてる奴らと組むとな、色々問題がでるんだよ」
例えば、そうだな。
「俺は今、クソバカド素人のツバサにダンジョン探索のイロハを教えている。その中には、他の探索者との連携攻撃とか、移動時の分担警戒だとか、そういうことも含まれるわけだが」
ユミィがいると、そのあたりがなぁなぁになるんだよ。
「なぜなら、お前は強いから連携しなくてもエネミーを倒せるし、聡いから分担しなくてもいち早くエネミーの接近に気づける。だがそれは、ツバサの育成においてはむしろ障害になる」
自分がなんとかしなくてもユミィがいれば大丈夫、みたいな意識が芽生えるからな。
「ツバサには、安全に配意しつつ時にはギリギリを攻めるダンジョン探索をしばらく続けてもらうつもりだ。そのためには、ユミィの存在は必ずしもプラスにならない」
「あ、あたしはそんなこと思わないと思うけど!」
いや、思うよ。
お前じゃなくても、よほど意識の高い奴じゃなければ思う。
それだけ人間は、易きに流れるんだ。
「それに、数字上の見逃せない問題もある。ユミィお前、たった1年ほどでレベルが50を超えているな」
「そうだけど、それがどうしたのさ」
「お前が先日までパーティーを組んでいたゴンザたちは、お前が合流した時にレベルいくつだった?」
「……確か、25前後だったと思うけど」
じゃあ、お前がパーティーを追い出された時は、ゴンザたちのレベルはいくつまで上がっていた?
お前と同じ50ぐらいか?
違うだろ?
「たぶんだが、一番高いやつでも30後半ぐらいで止まってたんじゃないか?」
「……当たってる」
だろうな。
お前の戦い方だと、ほとんどのダメージボーナスとキルボーナスをお前が取ることになるだろうからな。
「タッキー。その、なんとかボーナスって、なに?」
「エネミーを倒した時の経験値の分配に関するボーナスのことだ。最多量のダメージを与えた者と、トドメをさした者にそれぞれボーナスが入るんだ」
「……?」
その顔は分かってない顔だな。
例えば、ツバサが毒トカゲ一体を単独で倒したとする。
毒トカゲの経験値が300として、ツバサは300の経験値をそのまま受け取れる。
次に、俺とツバサのパーティーで協力して毒トカゲを倒したとする。俺が火矢で大ダメージを与えてから、ツバサがメイスでトドメだ。
この場合、まず300の経験値の1割である30が俺に入り、2割である60がツバサに入る。
この1割とか2割の、先に分配される経験値のことを、ダメージボーナスやキルボーナスと言うんだ。
それから、残りの210を半分に割った105がそれぞれに入るので、俺は135、ツバサは165の経験値を得ることになるわけだ。
そこで、俺とツバサとユミィの3人でパーティーを組んだ場合。
ユミィが一人で毒トカゲを撃ち倒したら、ダメージボーナスの30とキルボーナスの60をユミィが取ったうえで、残りの210を3人で割ることになる。
そうすると、俺とツバサは70ずつ、ユミィは一人で160の経験値を得ることになり、一人だけ二倍以上の量の経験値を得るわけだ。
これが、問題になるわけだ。
もしこれが仮に6人パーティーだったとしたら、ユミィだけは125の経験値をもらえて、残りの奴らは35ずつしかもらえない。
その差はおよそ3倍だ。
圧倒的に成長速度に差がつく。
「実際は、さらにそこに適正レベル外補正がかかるから、ユミィの取り分はぐっと減るんだが、とにかく」
今の状況でユミィと組むと、俺やツバサの成長が遅くなるわけだ。
「つまり、今の俺たちに、ユミィと組むメリットがない」
厳しいことを言うかもしれないが、それが理由だ。
そして。
「これはどうせ、いずれは分かることだから今言うが。……このままだとユミィは、上級ダンジョンに潜っているパーティーにも、入れてもらうことができない」
ツバサが「えっ……!?」と驚きの声をあげた。
その辺りも、ちゃんも説明してやるよ。
「そもそも、ユミィの戦い方はパーティーで戦うのに不向きだ」
いや、戦い方というよりは、戦闘時の思考のクセというべきなんだろうけど。
「目に見えるエネミー全てを自分一人で倒そうとしているし、そのためにPP効率度外視で過剰に攻撃をする」
要するに、常にゴリゴリの力業で場を支配しようとするわけだ。
「ソロで戦うならともかく、パーティーメンバーがいるのに仲間と分担できないのは、ちょっとまずい」
なにせ、場合によってはそれは、経験値泥棒と忌まれることにもなりかねないからな。
「経験値泥棒って……、なんか悪そうな名前だね」
「まぁ、実際に物を盗むわけじゃないけど、本来なら他の仲間に分配されるべき分の経験値までかっさらうわけだから、泥棒と呼ばれる」
経験値ボーナスの横取り行為が発端で、パーティーメンバー同士で刃傷沙汰になることもあるぐらいだからな。
気にする奴は死ぬほど気にする。
「で、それを踏まえてユミィの今後を考えた時、たぶん今のやり方のままだとどこのパーティーに入っても他のメンバーと衝突する。特に、上でやってる連中はどいつもこいつもレベルが高くなっているから、経験値効率に敏感だ」
効率良く経験値を貯めないと、なかなかレベルが上がらないからな。
そしていつまでもレベルが上がらないと、探索を進めるのが困難になってくる。
さらなる上を目指す連中にとっては死活問題だ。
「誤解のないように言っておくが、これはユミィがどうこうということだけじゃなく、ダンジョンのシステムの問題でもある。だが、バカにはできないし無視もできない問題だ」
ダンジョンは難易度が上がるほど適正レベルが高くなるし、危険度もハネ上がる。
そしてレベルが高くなるほど必要経験値が多くなり、次のレベルに上がりにくくなる。
「危険度が増す中級以上のダンジョンで適正レベルまでのレベル上げが困難になれば、それだけ探索に支障が出てくる」
それはつまり、ユミィが入ったパーティーは、先に進めば進むほどユミィ以外のパーティーメンバーが活躍しづらくなり、結果としてまたユミィ一人で戦うことになるということだ。
そうなると、また経験値の多くをユミィが独占することになり……、となっていくわけで。
これは特定のメンバーだけに負担がかかる悪循環なので、非常に良くない。
「ユミィの幻想体の成長度合は、シューターとしては破格の性能だ。ある意味でひとつの完成形といっても差し支えない。だが、シューターとしての完成形が必ずしもパーティーで潜る探索者の最高形とは限らない。現状のあらゆる情勢を勘案すると、お前は特に慎重に新しいパーティーを探す必要が……、」
と、俺はそこまで言って。
ユミィが泣きそうになっていることに気づいた。
おいおい、どうした。
「……どうしたもこうしたもあるか。それなら何だ、ボクはどこに行ってもお邪魔虫だって言うのか?」
「……まぁ、平たく言えばそうだな」
このままだと、遠からずそうなるだろうな。
「っ〜〜! ふざけんなよ! ボクは稀代の天才シューターだぞ! 歓迎されこそすれ、なんで他の奴らに邪魔者扱いされなきゃならないんだ!」
俺は思わず「はあっ……」とため息を漏らした。
まぁ、そう思うよなー……。