17話目・バカとアホで和解すると、後始末に困る
俺は思わず「コイツマジか……」と言ってしまった。
いや、マジかコイツ。
「お前、緊急脱出装置は?」
「ほ、他の人雇ったりでカネが足りなぐて、お、俺は付けでなかっだんだよぉ〜」
……馬鹿じゃねぇの。
馬っ鹿じゃねぇの、コイツ……!?
「お前、そんなもん一番最初に用意しとくもんだろ……!」
「だ、だって、あの人数で負げるなんて、思わなかっだんだ……」
「ホントにアホだなお前は! 万が一に備えて最低限の準備はしたうえで計画を組めよ!」
「だって、だってぇ〜〜……」
ぐすぐすと泣き出したカトスに、俺は頭を抱えそうになった。
ああもう、コイツ……!
俺がせっかく、怖い奴のふりをして脅しをかけたってのに。
本当に死にそうになってどうすんだよ!!
「どうすんだよお前。このままここにいたらホントに死ぬぞ!」
「死にたぐねぇよぉ〜……! 助けでくれよぉぉ……!」
コイツ、今さっき俺に「殺すぞ」って言われたことをもう忘れてやがるな……!
「なんで俺がお前を助けるんだよ。俺はお前らを殺しに行くって言ってるんだぞ。そのまま見殺しにするのが普通だろうが」
「……へっ? ……あっ、そうだった……!?」
コイツ、本当にアホだな!?
死の恐怖にブルって都合の悪いこと全部忘れてやがる!
「……このあたりは、ボス部屋の近くだからあまり他のエネミーは出ないが、それでも絶対じゃない。かといって、生身で暴れ兎に挑むのは自殺行為だ」
あれ、兎ってなってるけど、ほぼ熊だからな。
生身だったら爪の一撃でバラバラに引きちぎられる。
「ここで死にたくなかったら、なんとか引き返して4層に通じる階段を上がって、階段横のサークルを踏め」
「そ、そんなの無理だよぉ、生身でダンジョン内を歩くなんて……!」
「だったら餓死するまでここで待つのか! 体力が尽きる前に走って行かなきゃ本当に無理になるぞ!」
というか、そもそも。
「ツバサだって、同じように生身でダンジョン内に放り出されて、死にそうな目に遭ってるんだぞ」
「……!」
「お前、それがどれだけ恐ろしいことか、今ならよく分かるんじゃないのか」
このダンジョン内に生身でいると、独特のピリついた感じがある。
常に命を狙われている感覚というか、すぐそばにいつも死が寄り添っていて、服の裾をくいくいっと引っ張ってきている感覚というか。
とにかく、全てが幻想力で構成されたダンジョンの中では、生身の肉体というのはとんでもない異物なのだ。
だから、とんでもない威圧感を常に感じることになる。
「お前、ダンジョン内で死にそうになって九死に一生を得たツバサに、良い勉強になったなとか言ってたけどさぁ、……それがどれだけ酷い言葉だったか、よーく考えたほうがいいぞ」
「あ、あぁ……!? お、俺、そんなつもりじゃ……!?」
「それに、そもそもお前はパーティーのリーダーなんだろ? パーティーメンバーの装備品のチェックは確実にしてやるべきだし、パーティー全員が無事に生きて帰れることを第一優先に考えてやらないと、本当にいつか誰か死ぬぞ」
今回のツバサは、たまたま俺がいたから死ななかったが。
そういうのは、単なる偶然の幸運だ。
「こんなこと死にかけてる奴に言うのも何だけどよ……。他人の命まで預かって潜るんなら、もっと真剣にやらないとダメだろ……」
死んでからでは遅いからな?
「お、俺……、俺…………」
がっくりとうなだれたカトス。
俺は、はあっ……、とため息をついた。
「で、どうすんだよ、カトス」
カトスはしばらくうなだれていたが、やがてゆっくりと顔を上げると、
「……俺、ツバサに謝ります。本当に謝りたいです。だから、お願いします。外まで連れて行ってください」
と、額を地面に擦り付けて、そう言ったのだった。
……しょーがねぇなー!
◇◇◇
「ツバサ、ごめん!!」
生身のカトスを連れてボス部屋に入って暴れ兎を瞬殺し、先にサークルを踏ませてカトスを帰還させてから幻想体をkey3に戻して肉を回収し、サークルを踏んで帰還したところカトスがツバサの前で土下座をしていた。
「酷いことをしたし酷いことを言った! 本当にごめん!!」
「えっ……、はっ……? なになに、どうしたの、アンタ?」
「俺もさっき、ダンジョン内で生身になった! 本当に怖かった! ツバサはもっと怖い目にあったんだと思う! 俺は自分が本当に酷いことをしたんだと、気づいたんだ。だから謝る、ごめん!!」
そうして土下座したまま動かないカトスに、ツバサは困惑の表情を浮かべている。
いや、ツバサだけじゃなく、カトスの仲間とか雇われた奴らとかもなんだが。
おっちゃん兵士だけは、愉快な見せ物でも見ているかのように酒を飲んで(勤務中に飲むなよ……)いる。
「おっちゃん。肉を持ってきました」
俺が、所持品欄から「暴れ兎の肉」(さっき回収した、ちゃんと合法のやつな)を取り出してみせると、おっちゃん兵士は頷いた。
「うむ、確かに。今回の勝負、セリウス・タキオンの勝利!」
高らかに宣言したあと、おっちゃんは酒臭いゲップをする。
締まらねぇなぁ……。
「ねぇタッキー。コイツどうしたの?」
困惑顔のまま、ツバサが俺に近寄ってくる。
「んー、ちょっと脅しすぎたというか……」
まぁ、少なくとも、謝罪したいという気持ちは真剣だと思うが。
「……ほんとに悪かったと思ってるの?」
「ああ! 全て俺が悪かった! ツバサを置き去りにしたこともそうだし、そのあとで無神経なことを言ったこともそうだ! 許してくれとは言わないが、せめて謝罪だけはさせてほしい……!」
「良いよ。じゃあ、許してあげる」
ツバサがそう言うと、カトスは呆気に取られたようになった。
おいおい、そんな簡単でいいのか?
「ほ、ほんとに良いのか……?」
「うん。あたしと同じ目に遭ったって言うんなら、もうおあいこでいいよ。けど、もうアンタたちと組むのはごめんだからね!」
「あ、ああ、それで構わない! すまなかった!」
あらためて、カトスは額を地面に擦り付けた。
他の仲間たちも、バツが悪そうにツバサに頭を下げる。
雇われてた奴らは、「なんだこの茶番」みたいな顔をしてそれぞれどこかに行ってしまった。
なお、D級攻略済みの3人組(レド、ブル、イエロという名前らしい)だけは、俺のほうに小さく頭を下げて、口を縫う仕草(隠してること黙ってるから追い討ちしないでよ、のサインだ)をしてからそそくさと離れていく。
俺は、3人組に向けて目を縫う仕草(今回だけは見逃してやる、のサインだ)をしてから手を振った。
「それにしてもタッキーって、ほんとに強いよね。この人数相手に普通に勝っちゃったんでしょ?」
「そ、そうなんだよ! タキオンのアニキ、めちゃくちゃ動きが速いんだよ! それに爆弾とかめちゃくちゃ投げるしさ! ヤバいよな!」
「あー、タッキー足速いよね。いつもスタスタ歩くしさ。待ってって言っても置いてくし。それに爆弾も、軽く使ってるけどあれめっちゃ危なくない?」
「いやほんとにな! あれ、投げたあとハネ返ってきて自爆するとヤバいから、初心者は使うなって言われてるもんな!」
「あ、そうなの? それで皆使ってないんだ。えー、じゃああたしもしばらくは使わないほうがいいかな?」
「いや、うん。ツバサってほら、……あんまり器用じゃないからさ。タキオンのアニキみたいにぽいぽい使うのは危ないんじゃないか?」
「あ、むかつく。けど、自爆するのは怖いから使わないでいよっと。それよりそのさ、タキオンのアニキってなによ?」
「いや、タキオンのアニキはほら、至らない俺に色々大事なことを教えてくれたからさ……」
「ふーん……。けど、長くて言いにくくない? タッキーって呼んだら?」
「畏れ多いだろ……! けど、確かにちょっと長いんだよな……」
「でしょでしょー。そうだなぁ……」
と、少し目を離している間にツバサとカトスが何か馬鹿なことを言い合っている気がするぞ。
お前ら、なんの話をしている?
「あっ! じゃあタニキでどう!? タキオンのアニキなんだから、タニキ!」
「おお、良いなそれ! タニキか……。うん、言いやすい!」
待て待て待て。
ほんとになんの話だ?
俺の名前がどうしたって??
「あ、タニキ! 俺たち、また一から出直して頑張ります! だからまたダンジョン内でお会いしたときは、よろしくお願いしやっす!!」
「タッキー、カトスたちも弟子にする!? そしたらあたしが一番弟子で、コイツらあたしの後輩弟子になるでしょ!!」
いつの間にまた仲良くなったのか、同じようにキラキラした目で、ツバサとカトスが馬鹿げたことを言ってくる。
とりあえずだな。
「俺を、変な名前で、呼ぶな!!」
「ほう。そりゃあワシもター坊呼びはいかんのかの?」
「えっ、……あ、いえ、おっちゃんのター坊呼びは愛があると言いますか」
「あたしのタッキー呼びも親愛に満ちあふれてるよ!」
「俺のタニキ呼びも敬愛に満ちあふれてますぜ!」
ぐっ……!
くそっ……、この場は不利だ……!
仕方ない、いずれまた訂正してやろう……!
覚えてやがれ!!
と、こうしてなんやかんやあって、ツバサ置き去り事件の一応の決着はついたのであった……。
……はぁ、疲れた。
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