16話目・新人相手に無双する大人げない先輩
「なんだこの煙は!? ちっ、かまうか、やれぇ!!」
大量の白煙で視界を遮ると同時に俺は地面にべたりと伏せた。
一瞬前まで俺の体があったところを、伏兵たちの撃った矢弾が通り過ぎていく。
危ない、あぶない。
今の俺のステータス値、特にほぼ初期値のままの体力では、まともに喰らえばあっという間にお陀仏だ。
というかコイツら、煙幕も使ったことがないのか?
煙幕や爆弾は使い捨てだが非常に使い勝手の良い装備品だから、装備品枠に空きがあるなら一つずつくらいは持っておくべきものなんだがな。
俺は素早くデコイマフラーを使用状態にしてその場に置き、こそこそマントを被って音を立てないように地面を這い、広範囲に広がる煙の中を奴らに撃たれないよう移動する。
レーダーによる探知を欺き白煙で視界を遮る。
その間に何をするかといえば、
ステータスのKeyを操作し、幻想体を切り替えるのだ。
瞬間的に俺の幻想体が、Key3のものからKey2のものに切り替わる。
それとともに、幻想体のステータスが大きく変化する。
・━・━・━・━・
【名前 セリウス・タキオン】
【性別 男】
【年齢 20歳】
★★★★★★★
Key3
↓
↓
【消耗度】
HP・100.00/100%
PP・93.21/100%
【ステータス値】
LV・15(stock=0)
知力・F-(8+4)
心力・F-(9+3)
速力・D+(36+24)
技力・F+(7+17)
筋力・F-(6+6)
体力・F(19)
【装備品枠・30/70(+50)】
『マップ(1)』
『レーダーB(2)』
『通信装置(1)』
『ミドルブレード(2)』
『ショートニードル(1)』
『ミドルボウ(2)』
『ファイヤアロー(1)』
『サンダーアロー(1)』
『コールドナックル(1)』
『フェンスシールド(3)』
『こそこそマント(1)』
『デコイマフラー(2)』
『フックロープ(1)』
『グリップブーツ(1)』
『ホバーブーツ(2)』
『暗視ゴーグル(1)』
『水中マスクC(1)』
『バウンドボード(1)』
『緊急脱出装置C(4)』
『爆弾(1)』
【所持品枠・11/20】
『煙幕(1)』×3
『爆弾(1)』×3
『下級修復剤(1)』×4
『中級修復剤(1)』×1
・━・━・━・━・
これが、
・━・━・━・━・
Key2
↓
↓
【消耗度】
HP・100.00/100%
PP・100.00/100%
【ステータス値】
LV・60(stock=0)
知力・C(8+64)
心力・C+(9+69)
速力・S(36+114)
技力・A+(7+107)
筋力・B-(6+78)
体力・B(19+71)
【装備品枠・50/70(+50)】
『マップ(1)』
『レーダーB(2)』
『通信装置(1)』
『フレキシブルブレード(3)』
『フレキシブルブレード(3)』
『フレキシブルシールド(3)』
『フレキシブルシールド(3)』
『フェンスシールド(3)』
『ショートボウ(1)』
『ファイヤアロー(1)』
『コールドアロー(1)』
『サンダーナックル(1)』
『こそこそマント(1)』
『デコイマフラー(2)』
『フックロープ(1)』
『ホバーブーツ(2)』
『バウンドボード(1)』
『バウンドボード(1)』
『暗視ゴーグル(1)』
『水中マスクC(1)』
『緊急脱出装置C(4)』
『所持品枠追加20(3)』
『煙幕(1)』
『煙幕(1)』
『煙幕(1)』
『煙幕(1)』
『煙幕(1)』
『爆弾(1)』
『爆弾(1)』
『爆弾(1)』
『爆弾(1)』
『爆弾(1)』
【所持品枠・40/40(+20)】
『煙幕(1)』×5
『爆弾(1)』×30
『下級修復剤(1)』×3
『中級修復剤(1)』×1
『暴れ兎の肉』×1
・━・━・━・━・
こうなるわけだ(ちなみに、俺はこの幻想体ならソロで灰ダンをクリアできる)。
「まずは伏兵からだな」
俺は新たに装備品枠から2つ煙幕を取り出して放り投げ、さらに多量の白煙をたく。
そして、所持品枠の爆弾を装備品枠に付け替えて具現化し、
「そことそことそこと、あとはそこか」
この近くで潜んでいられそうな場所に向けて、起動させた爆弾をぽいぽいぽいっと放り投げていく。
そして素早く「塀盾」を俺の四方に発生させ、俺自身は地面に伏せて「自在盾」で頭部と胸部をガードする。
直後。
そこら中で立て続けに大爆発が起こり、煙幕の白煙をかき消して黒い爆煙が噴き上がった。
「ぎゃああああああああっ!?」
「ぐわぁぁああああああっ!?」
「ほんぎゃああああああっ!?」
うむ、相変わらずすごい爆発だ。
爆発に巻き込まれた奴らが次々に緊急脱出していく。
これで伏兵は全滅したか?
まぁ、残っていてもまともに動けやしないだろう。
「次は、」
俺はレーダー上でマーキングしていた、奴らの中で一番手練れのD級ダンジョンクリア経験者の3人を確認する。
うむ、やはりコイツらはこの爆発じゃ落ちてないな。
しっかりガードしたようだ。
そしてきちんと固まっている。
おそらく3人で分担して周囲の警戒をしてるんだろう。
「それならもう一発」
俺は、D級連中の足元に向けて煙幕を投げ、さらに白煙をたく。
直ちにフェンスシールドを解除し、こそこそマントを着ると、姿勢低くD級連中に向けて駆ける。
「っ! 来るぞぉ!」
D級連中の1人が叫ぶ。
やはりレーダーを見ていたな。
そしてレーダーから消えたのを見て、俺が攻撃態勢に移ったのを察したようだ。
先ほど俺がいたところに向けて雷矢が何本も飛んでいく。
狙いはいい。
だが、俺はもうそこにいない。
俺は左回りの弧を描く軌道でD級連中に迫っている。
D級連中の1人(ブレードを手にした男だ)が、白煙の向こうで俺のほうを見たのが見えた。
「なっ、もう……!?」
俺が予想以上に近くにいたことで男は驚いている。
まぁ、Key3の幻想体の速力では絶対に不可能な速さだ(D+しかないし、そもそも不可能だと思わせるためにここまではKey3の幻想体を使っていたわけだ)からな。
速力・Sは、まさしく神速の域に達するのだ。
そして見つかった以上こそこそする必要はなくなった。
こそこそマントを解除(ヒラヒラするから着たままだと戦いにくいんだ)しながら両手に「自在刃」を具現化する。
そして駆け寄りざまに斬りつけた。
「ぐっ!? ……がっ!?」
男が左手での一太刀目をかわし、右手での二太刀目を受けたところに、形状変化させた左手の自在刃(自在刃は刃の形をぐねぐね自由に変えられる)で首をかき切る。
ぶしゅーーーーっ!
と、首筋から大量のPPが噴き出し、幻想体にヒビが入り始める。
これでコイツは数秒後には緊急脱出するだろう。
「レド!」
1人落とされたことを残りの2人も気づいたが、俺はこのレドと呼ばれた男を突き飛ばし、コイツの名を呼んだ男(ランスを持っている)にぶつける。
そして落ちかけのレドとともに、二人目をまとめて自在刃で両断した。
「くっそ……!?」
戦闘用の装備品で受けられなければ、今の俺の筋力なら自在刃で幻想体を一刀両断することは容易いのだ。
次の瞬間には、二人まとめて緊急脱出していった。
「レド! ブル……!?」
そして残った弓使いの男が撃ってきた雷矢を自在盾で受け止めながら素早く距離を詰め、弓使いの両腕と首を落とした。
これでD級連中は全滅だ。
残りはまさしく烏合の衆と呼ぶに相応しい練度の奴らしかいない。
俺は、煙幕と爆弾を適宜使いながら、残りの連中を順番に仕留めていった。
そして。
「あとはお前だけだな」
俺は、両腕両足を切り落とされたリーダー格の少年を見下ろし、呟く。
「な、なんでだよ……! なんでお前、そんな……!!」
両腕両足を切り飛ばしたのでだいぶPPが漏れているが、まぁ、あとしばらくはもつだろう。
「悪いが、これでも俺は5年間毎日ダンジョンに潜ってるからな。新人のお前たちとは、そもそもの地力が違うんだ」
そもそも幻想体の性能も違うし、仮に全く同じステータスの幻想体を使ったとしても、俺はお前と百戦して百勝できる。
それぐらいには、練度が違う。
「くそっ、ず、ずるいぞ! 俺たちを騙したんだな! 何年もこの街にいるのに、いっつもこの白ダンに潜ってばかりのヘナチョコだって聞いたのに!」
あぁ、白ダンに潜ってばかりなのは事実だ。
上を目指す気がないという意味ではまぁ、ヘナチョコという評価も間違ってはいないだろう。
「だが、それもこれも俺がどれぐらい強いかとは無関係な事実だ。俺はお前よりちゃんと強い」
それにそもそも、自分より探索者歴の長い奴を侮るのが間違いだ。
ここは探索者の街で、ダンジョン探索は危険な仕事だ。
どんなに燻ってる奴でも、長く続けられてる奴はそれだけ生き残るのが上手いってことだ。
俺は、俺より昔から探索者をやっている奴を絶対に侮らないし、もし戦わなければならなくなったら、どんな手を使ってでも倒す。
ダンジョン入り直後を狙うとか、数で囲んで一斉に爆弾を投げつけるとか、ダンジョンのギミックでハメるとか、そういうことはもちろんするが、
必要とあれば生身でいるところを奇襲することだって厭わないし、その後の後始末をカネで依頼したりもする。
まぁもちろん、そういう命のやり取りに発展しないように、俺は常日頃から目上の人に丁寧に接しているし、目下の奴にもそれなりに丁寧に接している。
売られたケンカは値段を見て買うが、自分からケンカを売ったりはしない。
人間同士で戦っても、カネにならないからな。
名誉を減らさないために、仕方なくやるぐらいだ。
「くそぉっ……! お、俺は、……俺のほうが、ツバサのことを……!」
「おっと、その先の言葉は慎重に選べよ、カトス」
「っ!? な、なんでおれの名前を……!?」
いや、一週間もあったんだから調べたに決まってるだろ。
「一緒にやってるのは、ノボリ、ルーカス、ギレン、ハリー、だったか? 5人ともハジコ村の出身で、1月ほど前にこの街に来ているな。今泊まっている宿は淡紅の鶉亭。よく飯を食いに行く店はチャンプ・カッツ。装備品を買った店はフラワー商店で、ドロップ品の換金に行くのはギンツ商会だ」
俺が、知人たちにカネを渡して得た情報を述べていくと、カトスの顔に冷や汗が浮かんでくる。
ようやく気づいたようだな。
「そうだよ。俺は、もしお前たちが約束の日までに逃げ出したり、街中で俺たちに襲いかかってきたりしてもいいように、お前たちのことを調べ上げてある」
「……!」
この街には、隠密行動の得意な探索者なんてゴロゴロいるからな。
そいつらにきちんとカネを払えば、街に来たばかりの新人のことなんてすぐに調べられる。
「で? お前のほうがツバサのことを、なんだって?」
「……つ、ツバサのことを……」
「強くしてやれる、か? それとも、……好きなんだ、か?」
悪いが、色恋沙汰が一番面倒だからな。
もしそうだとしたら、
「街中で付き纏われても鬱陶しい。……今日中に殺すか」
「っ……!?」
「一つ良いことを教えてやる。実は俺はな、街中でも幻想体になれるんだ」
「はっ……!? それって……!!」
そうだ。俺はC級ダンジョンをクリアしたことがある。
だから、アカシアの街中でも幻想体を使えるんだよ。
「今からお前を落として、すぐにボスを倒して外に出て、夜になったらお前たちを始末しに行く。それが不可能でないことぐらい、分かるだろ?」
宿も立ち寄り先も知られているし、なによりこの幻想体の強さはよく分かったはずだ。
調子に乗った新人5人を始末するなんてわけない。
沼蛇のほうがまだ手強いぐらいだろう。
「というわけで、ひと足先に出てろ。すぐにあとを追う」
「ま、待ってくれ、待っ……!」
俺はカトスの首をはねた。
カトスの幻想体が破損し、爆散する。
さて、さっさと兎を仕留めるか。
そう思ってボス部屋に向かう俺の背後から、
「……うっ、ひっぐ、ぐうぅ、」
と、情けない泣き声が聞こえ、まさかと思った俺は振り返る。
「ま、待っでぐれよぉ……! し、死にたくない……、だすけてくれよぉ……!!」
そこには、生身になって泣きじゃくるカトスがいたのであった。