第二部40話目・錬金術師たちの受難
「大丈夫ですかシオンさん!!?」
俺は慌ててシオンさんの部屋に飛び込んだ。
部屋の中では、頬に湿布を貼って頭に包帯を巻いたシオンさんが、メガネをかけ直そうとしているところだった。
な、なんて痛々しい姿に……!?
「あ、セリー君、これは、その……」
慌てた様子のシオンさん。
救急箱を片付けていたモルモさんが、無言で後ろに下がる。
俺は、ハラワタが煮えくり返りそうになりながら、ベッドに腰掛けたシオンさんの前に行く。
そしてひざまずいてシオンさんの手を取りながら、真っ直ぐにシオンさんの目を見つめて問うた。
「誰にやられたんですか。教えてください」
「……それを聞いて、……セリー君は、どうするつもりなの?」
「決まっています。ケジメをつけさせてやります」
どこの誰だか知らないが、シオンさんをこんな目に遭わせたんだ。タダじゃあおかねぇ。
報いはキッチリ受けさせてやる……!
「まァ待ちたまえよ、セリー。そんなにカッカするものじゃない」
「……姉貴」
「今回の話は、シオン君は巻き込まれた側だ。相手がどこの誰かなんて、シオン君に聞いても分からないだろうとも」
姉貴が、一枚の紙を手の中でヒラヒラと揺らした。反対の手には、開封された封筒。
……手紙、か?
「まずはこれを読んで、それから詳しい話を聞きに行くといい。……扉の向こうから心配そうにしている、弟子っ娘たちを連れて、ね」
俺は、姉貴から受け取った手紙を読み、
「…………マジか」
それから大きくため息を吐いた。
「めんどくせぇ話になってるじゃねえか……。おい、お前たち!」
俺は、姉弟子3人と仮弟子娘の3人に向かって振り返る。
「今すぐ最低限の荷物をまとめて、俺についてこい。研究室に向かうぞ」
「ラボ……って、シオンさんが時々遊びに行ってるところ?」
「ああ、そうだ」
「なんで、そこに?」
俺は、手元の手紙をピシャンと叩きながら言う。
「研究室が襲撃された。そして、レミリオンさんと他数人の腕利き錬金術師たちが、襲撃者たちに連れていかれたらしい」
◇◇◇
研究室のパーティーハウス前に来た。
現場は騒然としていた。
「瓦礫はまとめてそちらに! 薬瓶などは危ないので勝手に触らないで!」
「誰かこっち手伝ってくれ! 本棚を起こすんだ!」
「おいおいおい! せっかくの試料がオジャンじゃないか! まったく、なんてこった!」
ハウスの窓ガラスは全て吹き飛び、レンガ造りの建物のあちこちに穴が空いている。
実験失敗の爆発とは比べものにならない規模の破壊が、ハウス全体に起きていた。
「こいつはヒデーな……」
明らかに、C級クリア済みの連中によるものだ。
この規模の破壊を起こすのは、幻想体でなければ通常は不可能(さもなくば、爆弾を使うか)だ。
そして殴打痕や斬撃痕なんかの種類を見るに、少なくとも1パーティー規模、5人以上の一流相当探索者がここを襲撃している。
「セリウス様! 皆さんお片付けがたいへんそうですわ! 私もいっちょお手伝いするべきかと思いますが!!」
と、ポンコツ怪力娘が言う。
ふむ、そうだな。
「よし。ラナ、手伝ってやれ。ムミョウはラナの補助。ツバサとモコウも幻想体になって、一緒に片付けをするんだ」
「わっかりましたーー!!」
「あっ、ちょっ、ラナどのー!?」
ドビュンと飛び出していくポンコツと、慌てて後を追うござるチビ。
幻想体に換装した姉弟子2人も、そのあとに続いて片付けを始めた。
「ユミィとリンスは俺についてこい。ここの奴らから詳しい話を聞きたい」
ということで俺が探したのは、ここの受付なども対応している事務員の男だ。
フランベルさんに会うためには、まずは彼に話を通さなくては。
……いた。
「お忙しいところ申し訳ありません。完全踏破隊のタキオンです」
「おお……、これはこれは。このような散らかした姿をお見せしてしまい、まことに恥ずかしい限りです」
「いえ。それより、フランベルさんはどちらに。手紙を受け取りましたが、どうやらかなりの大怪我をされたようですね」
俺が、フランベルさんからの手紙が入っていた封筒を見せると、事務員の男がコクリと頷いた。
「はい。現在は、中庭の錬金小屋の中で休まれています。案内しますので、どうぞこちらに」
事務員の男に続いて、ボロボロになっているハウスの中を通る。
そして中庭に出て小さな小屋に入ると、見た目よりもはるかに広い錬金小屋内をズンズンと歩く。
やがて、椅子に座っている老齢の女性と、女性の背後に立つ執事服を着た老齢の男性、そしてその横のベッドに横たわるフランベルさんが目に入った。
老齢の女性と、目が合う。
「はっ……!?」
俺は一瞬、心臓が止まりそうなほどビビった。
が、老齢の女性は俺たちの姿を見ると、するっと立ち上がってこちらに歩み寄ってきた。
そして事務員の男に「ご安心ください。峠は越えましたよ」とだけ告げ、俺に軽く会釈をしてからスタスタと立ち去っていってしまった。
「っ…………」
俺は、俺をじっと見つめながら俺の横を通っていった老齢の執事の姿が見えなくなったところで、ようやく一つ深呼吸をする。
びっっくりした……。
突然出くわすのは心臓に悪過ぎる……。
「セリウス様? 今の方は、お知り合いなのですか?」
「……いや、直接会うのは、初めてだ」
「タキ兄ぃすごい汗じゃん。ていうか今のってさ、もしかして……?」
俺は頷く。
老齢の女性が着ていた服には、かの有名な聖奉天教会の紋章が入っていた。
しかもその紋章には、五大流派のうちの一つ「慈雨派」を現す小紋章と、聖女の位階を示す縁飾りがついていたし、
なにより先ほどの老女の顔には、片側の耳から鼻梁を通って反対側の耳まで達する大きな横一文字の古傷があった。
間違いなくあの人は、堕天組の傷物聖女様だ。
「あの、こちらは、堕天組の方々とも繋がりがあるのですか?」
「ああ、いえ。我々がフランベルさんの治療にあたっていたところ、突然お見えになりまして。私どもも、まともにお話するのは今回が初めてです」
「……そうですか」
俺は、ティナの奴から聖奉天教会の秘術である「印」をコッソリ習ったからな。
万が一そのことがバレると、あの人たちの中で俺がどういう扱いになるか分からないんだよな……。
入信を迫られるぐらいならまだ良いが、最悪の場合背神者扱いになって命を狙われる可能性もあるし、現時点ではなるべく近寄りたくない存在だ。
それが、こんな予想だにしないところで突然出くわしたら、マジで震え上がってしまう。
だが、まぁいい。
とりあえず見逃してもらえたからな。
今のうちにフランベルさんから話を聞いておこう。
「フランベルさん。起きていますか?」
俺が、ベッドに横たわるフランベルさんに呼びかけると、フランベルさんの目がゆっくりと開く。
そしてキョロキョロと視線を動かし、それで察した事務員の男が、フランベルさんにメガネをかけさせた。
俺のことを認識すると、フランベルさんは困ったようにへにゃっと笑い、ポロポロと泣き出してしまった。
「セッちゃん……。ごめんね、ごめんね……。私たちの諍いに、シーちゃんを巻き込んじゃった……。シーちゃん、ケガは大丈夫だった……?」
「……今のフランベルさんと比べれば、大きなケガはしていませんよ」
俺は医者じゃないので詳しくは分からんが、添木を当ててある左腕と左脚は折れてるんだろうし、ツンと鼻につくこの臭いは、ヤケド用の軟膏薬の臭いのはずだ。
身体中の至るところに巻かれた包帯からは血がにじんでいるし、全身ボロボロといって差し支えない有様だ。
おそらく、幻想体を壊されたあとで、さらに追い打ちをされたのだろう。
……俺は、再び腹の底から怒りが沸いてくるのを感じた。
どうやら、返さなきゃならない借りが増えたようだ。
「それでも、シーちゃんには関係ないことだったのに……。シーちゃん、私たちのことを庇おうとしてくれて、それで……」
…………。
「リーさんも、私とシーちゃんを庇って……、他の皆も、私たちを守るためにアイツらについて行っちゃって……! 私、悔しいよ……、許せないよ……!」
「……アイツら、というのは、先日揉めていたあのガラの悪そうな連中ですか?」
俺は、シオンさんと一緒に初めてここを訪れた日のことを思い出す。
あの時のフランベルさんが、捨て台詞を吐いていた相手。
おそらくC級クリア済みの連中で、フランベルさんたちに恨みを持っていた連中。
「うん……、そうだよ。私たちは、灼熱火山の連中に襲われたんだ」
相手は一流探索者パーティー、灼熱火山か。
……やってくれるじゃねーか。
「分かりました。フランベルさん、少しだけ待っていてください」
今からシオンさんの仇討ちと、レミリオンさんたちの奪還に向かいますので。




