第二部39話目・幻想を破壊する程度の技術
やってみな、と言われてすぐにできるなら苦労はないんだがな!!
しかしまぁ、せっかくの機会ではあるので、とりあえず俺は言われたとおりに生身になり、絞りとやらに挑んでみることにした。
ダンジョンからのプレッシャーに背筋をぞくぞくさせながら、ジョーさんの説明に耳を傾ける。
「つまり、イメージとしては心臓の鼓動だな。あれは自分の意思とは関係なく動き続けているもんだが、ある程度鼓動の速さは調整できるだろ?」
練氣というのは要するに、体を動かして強制的に心拍数を高めるようなもので、逆に絞りとは、安静にして心拍を落ち着かせるようなもの、らしい。
その例えでいえば、体温にも近いかもしれない。
体を動かして体温を上げる、あるいは安静にして体温を下げる。
そんな感じのイメージで、肉体を安静させるように精神を穏やかに保ち、氣の揺らぎを抑える。
体全体、あるいは手や足などの一部分を覆う氣をできるだけ薄く、それでいて均一な厚さにしていく。
そうやって、ジョーさん曰く、普段の厚みの千分の1以下の薄さにまで氣を絞れれば銅ダンまでなら実用できるようになるし、
一万分の1以下まで絞れれば銀ダン、十万分の1以下まで絞れれば金ダン、百万分の1以下まで絞れれば、虹ダンの構造物やエネミー相手でも一方的な破壊が可能になるらしい。
「それかもしくは、うっすーーく引き伸ばしたゴムみたいなもんか。決して破れないゴムシートの端を引っ張り続けて、どんどん薄くしていくイメージだ」
普段体を覆っている氣は、外氣との釣り合いが取れる一番安定した厚みになっているらしく、それはつまり周囲との融和を行っているとともに、緩衝材の役割も果たしているらしい。
つまり、氣を絞れば絞るほど、周囲に揺蕩う幻想力へのクッション効果がなくなり、
肉体という現実の存在の強固さが、幻想の存在を拒絶し、引き裂いて、破壊してしまうようになる、ということのようだ。
なるほど。
ジョーさんの説明、思ったより分かりやすいぞ。
「本来なら、ダンジョン内では幻想力でできたもの同士をぶつけ合うわけだから、練氣で幻想力の厚みを増やせばそれだけ頑丈になり、攻撃力も防御力も上がるだろ?」
そうだな、幻想力で作った幻想体や装備品を使って、同じく幻想力で作られたエネミーたちと戦うわけだからな。
より多く幻想力の籠ったもののほうが、威力も強度も上がる。
「それに対して絞りは、幻想力の安全カバーを外すことで肉体を剥き出しの刃のようにする、ということですね」
「まぁ、そういうこった! そこまで理解できれば、あとは実践あるのみよ」
だがしかし。
例えば安静にして心臓の鼓動をある程度抑えることはできても、自分の意思で心臓を止めることができないのと同じで、
必要以上に氣を薄くするというのは、めちゃくちゃ難しいらしい。
あのヨイチさんたちですら、百分の1程度まで絞るのがやっとで、それより薄くするのはできなかったらしいからな。
薄く、それでいて均一に安定させるっていうのがネックになるようだ。
「厚みにムラがあると、ムラの中で一番薄い点だけでしか破壊を起こせねーんだ。それじゃあ意味がない。同じ薄さの面で捉えるから、さっきみてーに強力な破壊が起こせる」
なるほどな。
薄く、均一に……。
……というか、ちょっと待て。
なんなら俺は氣の存在すら生身では感じ取れないのだが。
真っ暗闇で、どこに絵筆やキャンバスがあるのかも分からない状態では絵が描けないのと一緒だ。
絞るとか絞らないとか以前に、少なくとも、自分が扱おうとしているものの存在ぐらいは感じ取れるようにならないと。
「ジョーさん。練氣が使えなくても氣を感じ取れるようになる方法はありませんか?」
「んー。無くはねぇけどなぁ。肌の薄皮を全部剥いで触覚を敏感にするとか、そういう感じの方法になるぞ」
「……それはちょっと遠慮しておきます」
「あとは、練氣を纏った拳で全力で殴ってもらうのでも、衝撃で練氣に目覚めたりするぞ」
「…………それは、生身で殴られるってことですよね?」
練氣を覚える前に死ぬだろ。
ということで、方法を色々考えてみたのだが。
最終的には、レーダーを使えば良いのでは、という結論に達した。
氣と幻想力が同一のものであることは既に承知のとおりだが、であれば、氣の多寡もレーダー反応の大小となって現れるはずだ。
もちろん、自分では自分の幻想力の多さは見えないし、そもそも絞りをするときは生身でないといけないので、別の誰かにレーダーで見てもらいながら、ということになるが、
少なくとも、痛みを伴ったり命懸けになったりするよりは、よほどマシだと思う。
ムミョウやモコウあたりに手伝ってもらって、練氣で実際に氣を練るときの感覚なんかを教えてもらったりして、色々試してみるか。
「ははは。まぁ、ぼちぼち俺は行くけどよ。頑張って覚えてくれ」
「はい、ありがとうございました」
「待ってるからな。……じゃーな」
そんなこんなで俺は、魚人たちをひたすら倒し続ける仮弟子たちとともに、新しい技術の修得に挑んだ。
◇◇◇
そして3日後。
ストックの隠し機能が使えるようになった仮弟子たち(ちなみに、俺はまだ絞りを修得できていない)を連れて青ダンを出たところ、
「た、た、た、たいへんだよタッキー!!!」
とんでもない話が耳に入ってきた。
「シオンさんが、……殴られて、ケガしちゃった!!!」
……。
…………。
………………。
…………なんだと!!?