第二部35話目・進捗はこまめに確認する
「えェい! こんなポンコツの相手なんてしてられるか! 私は部屋に戻るぞ!」
と涙目の姉貴が叫ぶが、紅茶を頭から被ってビチョ濡れになっていたのでラナともども浴室に連れて行かれた(モルモさんとリンスが連れてった)。
そしてムミョウもお風呂に入ってしっかり身を清めたいということで、姉貴たちの後を追って浴室に。
「せ、セリウス殿。のぞきに来たら、斬るでござるからな!」
などと意味の分からないことをヌカすムミョウに憐れみの視線を向けつつ、俺は自分の部屋に向かう。
つーかムミョウのやつ、いつの間にか俺の呼び方が「セリウス殿」になってるよな。
コロコロ呼び方を変えられると戦闘中の反応が一瞬遅れたりするから、あんまり推奨されないんだが……。
「……まぁ、良いか」
俺は訳の分からん呼び方をされるのにも慣れてる(つーか、どいつもこいつも俺のことを好き勝手に呼びやがる)し。
他の奴への呼び方が安定していれば、それほど困らねーか。
そんなことを考えながら自室に戻っていると、カマーンさんの部屋の扉が開いていた。
そっと室内をのぞいてみると、先日お土産で渡したレース糸を使ってカマーンさんが趣味のレース編みをしていたし、
「カマちゃーん、ここってどうやるのー?」
「むほほ。そこはね、こうしてこうしてこうよん」
「わっ、すごーい!」
「カマーン様。ここから先が、よく分かりません」
「ああ、それはね。こっちとこっちから、こうやって取るの」
「おお、なるほど……!」
アスカさんとカリナさんも、なぜか一緒になって編み物に興じていた。
ふむ。
声を掛けようかと思ったが、邪魔するのも悪いか。
「あ、セラくーん♡」
む、しまった。
そっと離れようとしたところでアスカさんに見つかってしまったぞ。
「今、毛糸でセーター編んでるんだー! 出来たらセラ君にあげるね!」
「私も、マフラーを。完成した暁には、セラ様に差し上げます」
ということで、2人からセーターとマフラーをもらうことになったのだが……、
今は初夏だから、まだしばらくは着る時期じゃないんだよな。
まぁ、もらったら一回着るけどさ。
さて、自室に戻った。
俺は通信装置を使ってハンズの奴に連絡をする。
「よぉ、ハンズ。どうだ」
「タキ衛門か。まだ手がかりは無しだ」
そうか。
いや、ハンズのやつにはムサシさんの足取りを追ってもらってるんだが。
やはりあの人ほどの武芸者が本気で身を隠したら、追跡は難しいか。
しかし、それでも。
「引き続き頼むぞ」
「まぁ、カネが出るうちはきちんと探すが……、ハッキリ言うと、割には合わねぇな」
分かってるよ、そんなことは。
「だが、俺が知る中ではお前が一番適任だ」
「はいはい。まぁ、あんま期待せずに待ってな」
そう言い残して通信が切れた。
俺は夕飯までの時間、自室で筋トレをして時間を潰しつつ、明日からのことを考える。
考えているのは、次に行くダンジョンのことだ。
選択肢は2つ。
もう少し黒ダンで練度上げにいそしむか、さっさと赤ダンに行ってスペアキー3を取るか。
黒ダンに行くなら、今回の連泊探索と同じようにひたすらレベル1の幻想体で戦い続けて、本人の練度を上げることができる。
赤ダンに行くなら、フルマピしてスペアキー3を取ることで、茶ダンでのミイラ蟲爆殺戦法に行くタイミングを早めることができる(幻想体のレベルを飛躍的に上げられるようになるってことだな)。
ただ、赤ダンに行ってスペアキー3
を取ったとして、隠し機能が使えるまでストックが成長していないと意味がないんだが……。
「それでも、赤ダンか?」
スペアキー3を取っておけば、ストックの隠し機能が使えるようになった時点で幻想体の爆速レベル上げができるようになるからな。
それに、日程的に余裕がなくなってなりふり構えなくなってきたら、いずれにせよ茶ダンで強制レベル上げをして茶ダンクリアでお茶を濁さなきゃならねー(茶ダンだけにな)可能性もあるし。
やっぱ明日からは赤ダンか。
そんで、そこでのフルマピが終われば……、
「一度、青ダンに行ってみてもいいな」
茶ダンのピラミッドに挑める状態、もっといえば、蜃気楼階段とスフィンクス相手にある程度戦えるようにするために、D級ダンジョンでも仮弟子どもにそれなりの経験は積ませておきたい。
青ダンの魚人ども相手なら、仮弟子どもにとっても良い経験になるだろ。
◇◇◇
「タッキーただいま! ……って、そのほっぺたどうしたの?」
夕方になり、ツバサたちも黄ダンから帰ってきた。
わざわざ玄関先まで出迎えてやったところ、ツバサが俺の左頬についた真っ赤な手形を指差してくる。
「気にするな。躾のなってない犬に噛まれたみてーなもんだからよ」
「犬??」
「ああ。ちゃんとトイレでションベンできないバカ犬だ」
まったく。
ちょっと「風呂場がションベンくせーぞ。また漏らしたな?」って確認しただけでひっ叩いてくるとは。
ションベン臭かったのは事実だぞ。
絶対アイツが漏らしたからに決まってるだろうに。
よし、決めた。
あのおかっぱチビ、今日の晩飯のあとで激苦薬膳餅を食わせてやる。
アイススライムに負けたペナルティも与えなきゃならんから、ちょうど良いだろ。
「どーせタキ兄ぃがバカなこと言って怒らせたんだろ。そんなことよりほら、護符だよ」
そう言いながらユミィが、識別票の所持品枠を見せてくる。
所持品枠の中には護符が3枚あり、この1週間ほどの黄ダン連泊探索のアガリがこの3枚だということなわけだな。
「よくやったなお前ら。……しかし、これが多いのか少ないのかは分からんな」
単純に考えれば、1週間かけてたった3枚ってのはめちゃくちゃ少ないと思うんだが。
これが灰ダンのミスリルインゴット並みのレアドロップだとすれば、多いとも思える。
「うーん……。めちゃくちゃ渋いのは確かだと思うぜ。ボクたちがひたすら陰陽影法師を探して、たぶん100体以上は倒しても、ドロップしたのはこれだけなんだからな」
陰陽影法師。
フランさんたちから教えてもらった黄ダン深層のモブエネミーだ。
濃淡のある影が人の形になったような見た目のエネミー(ヨイチさんとかムミョウとかが着ているタイプの服を着てる男の姿)で、
錬金術で作成する以外では、コイツからのドロップでのみ護符をゲットすることができるそうだ。
「しかも、結構強かたヨ。シキガミもドンドン呼び出してくるし、本体も火の玉をボンボン撃てくるネ。それに思たより硬いし自分で回復したりもするカラ、下手するとシキガミとばかり戦わされてズルズル長期戦にされるヨ」
ふむ。そうか。
戦っていて危険はないか?
「ヤー。3体以上でまとめて出てきたり他のエネミーと一緒に出てくると、ちょとヒヤリするヨ」
「ま、ボクの弾をまとめてブチ込めば落とすのはできるんだけどな」
「ユミィちゃんには、大量のハトのシキガミを相手にしてもらわなきゃだからねー」
さらに話を聞いてみるが、メイベルや俺抜きでの3人組で挑もうと思ったら、負けはしなくても少々苦戦しそうだとのこと。
シキガミ、という召喚エネミー(経験値にもならないし何もドロップしないカスのことだ)を何種類か同時に使ってくるようで、その相手をするのに単純に手が足りなくなってくるようだ。
たぶん6人ぐらいで挑む前提のエネミーなんだろうな。
それにフロアボスと違って倒すのが必須じゃないから、少し適正レベルが高めに設定されてそうだ。
「まぁ、メイベルさんがいてくれてるから、なんとかなってはいるけど……」
「またあそこに狩りに行くのは、面倒臭いよな……」
「ウー。これなら銀ダンのほうがマシヨ……」
まぁ、お前たちで問題なく戦えるなら、引き続き頑張ってくれ。
「俺のほうも、アイツらの育成は順調だ。明日からは赤ダンのフルマピに行くが、それが終わればしばらく青ダンで経験値稼ぎと練度上げをしてくる」
それからストックの隠し機能が使用可能になり次第、茶ダンの予定だ。
「マジ? もう赤ダンに行くの?」
「ああ。なんだかんだで才能はあるし、やる気もある。早め早めでステップを踏ませてやれば、相応のスピードで伸びていくだろうよ」
「……ふーん。そっか」
するとユミィが不服そうな声を漏らし、ツバサとモコウもちょっと不満げな表情だ。
なんだ、どうした?
「べっつにぃー? タキ兄ぃは若い子の相手で忙しいんだなー、って思っただけだよ」
……ははーん?
さてはコイツら、俺が仮弟子たちを褒めたから嫉妬してやがるな?
こういうところはまだまだガキなんだよな、コイツら。
しょーがねーなー。
俺は不満げな顔の馬鹿弟子どもの頭を順番に撫でてやり「明日からも頼むぞ」と激励した。
コイツら、これでやる気になってくれるんだから、安いもんである。




