第二部34話目・同じ姉でも雲泥の差
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仮弟子3人の白黒フルマピ達成翌日からの黒ダン耐久連泊戦闘訓練(三泊四日コース)を無事に終えてハウスに帰ってくると、シオンさんが今からお出かけの様子だった。
「あ、おかえりなさいセリー君」
「ただいま戻りました。シオンさんは、今からお出かけですか?」
「うん。またフランさんのところに行ってくるね」
ふむ。
研究室に行ってくるんですね。
「分かりました。お気をつけて」
フランさんの卑劣な引き抜き工作には、断固抵抗してくださいね。
「ありがとうね。行ってきます!」
と、パタパタ走っていくシオンさんの後ろ姿を見送ってから、ハウスに戻る。
食堂に顔を出すと、姉貴が寝ぼけ眼で遅めの昼飯を食べていた。
「はい、ステラさん。あーん」
「んあー、んっ」
しかも、隣にモルモさんがついて食べさせてくれていた。
……この女には、恥の概念はないのだろうか?
「おい姉貴。真っ昼間から赤ちゃんプレイとは良いご身分だな」
「んおっ? おお、セリーじゃあないか。おかえり」
半寝ぼけのようなぽやぽやした声である。
口の端から垂れているソースを、モルモさんが優しくハンカチで拭った。
「モルモさん。いくらなんでも、そこまでやるのは甘やかしすぎじゃないですか?」
「いえいえ。こうすると最後まで食べてくれますし、この後は着替えさせて髪を整えてあげないといけませんので」
マジで赤ちゃんじゃねーか。
「……赤ちゃんというよりは、おばあちゃんの介護では?」
リンス、あんまり本当のことを言うと可哀想だぞ。
「ははははは。なんとでも言いたまえよ。今の私は気分が良いからねェ。笑って許そうじゃないか」
なんでそんなにご機嫌なんだよ?
「なんでって……? そりゃあもちろん、そこのポンコツ娘のお守りをしなくても良くなったからさァ! おかげで気が済むまで検証と検討に没頭することができて、まるっと三徹しちゃったとも!」
相変わらず、加減てもんを知らねーやつだな……。
「アンタ、それでモルモさんに迷惑かけるなよ」
「迷惑などかけてないさ! なァ、モルモくん?」
「はい。ステラさん」
「姉さん。そんな社会不適合者よりも、私にあーんをしてほしいのですが」
「ダメですよリンス」
「!? 姉さんに断られた……!? な、なぜですか姉さん!!」
「リンスはしっかりしてるけど、ステラさんは目を離すとすぐにブッ倒れちゃうでしょう。だからです」
なるほど。
よりダメなほうのお世話をするのに忙しい、と。
「残念だったなシスコン。大好きなお姉ちゃんを盗られちまったな」
「盗られてなどいません。ただ姉さんの優しさにつけ込むゴミムシがいるだけです」
「こらリンス! 確かにステラさんの生活能力はゴミ同然のムシケラですが、それでもセリーさんのお姉さんなんですよ! 悪く言うのはやめなさい!」
モルモさんも大概ひどいのでは??
「ははははは。モルモくぅーん! 次はそのハンバーグが食べたいねェ!」
「はい、ステラさん」
そうやって、リンスに見せびらかすみたいにして飯を食べさせてもらう姉貴。
リンスがみるみるうちに不機嫌になって(表情は無表情のままなんだが、なんとなく雰囲気で分かる)いき、無言で俺を見つめてくる。
そんな顔で見てきても、無駄だぞ。
「全面的に姉貴の世話をしてもらうってのも、モルモさんの業務内容のうちだからな。甘やかしすぎなのはともかく、やってること自体は正当な業務行為だ」
「こんなものが業務であってたまりますか!」
うーー、と犬のように唸るリンス。
今にも姉貴に飛びかかりそうな雰囲気だ。
すると後ろで話を聞いていたポンコツがそそっとリンスに近寄り、脇に手を入れてヒョイっと持ち上げた。
持ち上げられた猫みてーに、リンスの両脚がぷらんと宙に浮く。
「ステイですわ、リンスさん」
「離してくださいラナ様。私は今からそこの盗人に、目にもの見せてやらなくてはならないのです」
ハンバーグを頬張ったあと、今度はスープをふぅふぅしてもらっている姉貴に、リンスが恨みがましい目を向けている。
「リンスさん。こういうときは、夜まで待って闇討ちするほうが良いんですわ」
「なるほど」
なるほど、じゃねーよ。
俺はこのバカたちの良からぬ話が現実味を帯びる前に、釘を刺すことにした。
「お前ら、多少のケンカなら目を瞑るが、ハウスの者同士で害し合うような行いは許さんぞ」
パーティーってのは、信頼関係だ。
身内同士で傷付け合うようなことをされると、俺が困る。
「このパーティーハウスでは、今のところ3つのパーティーが共同で生活をしているわけだが。パーティー間同士でも仲良くしてもらう必要があるし、それができないなら、どちらかのパーティーにはここから出て行ってもらわなくてはならん」
リンス。
お前が人形騎兵のリーダーである姉貴と仲良くできないなら、
姉貴と、姉貴のパーメンであるモルモさんに、この家から出て行ってもらうことも考えなくてはならなくなるぞ。
「な、なんですって……!」
「お前、モルモさんと一緒にいたくてこの街に来たんだろう? だったら、クソボケ姉貴のことを尊敬しろとまでは言わないが、モルモさんのパーメンであるという事実は頭の片隅に置いとけよ」
姉貴とモルモさんは、ある意味一連托生の関係だ。
お前が姉貴を恨むのは勝手だが、姉貴がいなければモルモさんもここにはいないんだからな。
「そしてそれとは別に。お前が何か問題を起こしたら、その責任は少なからずモルモさんにも及ぶからな?」
血縁関係者の不始末の責任は、基本的に年長者が取るもんだし、
モルモさんは、お前が立派な探索者になれるように、俺に頭を下げて弟子入りを依頼してきた立場でもある。
それはつまり、お前が何かやらかせば、モルモさんの顔に泥を塗るってことになるわけだからな。
「お前の行動ひとつでお姉さんにも迷惑がかかるってことは、よーく覚えておけよ」
「……くうっ」
悔しげに俯くリンス。
その様子を見て勝ち誇ったような表情を浮かべる姉貴に、俺は内心で「大人げねーな」と思うが、まぁ、俺も似たようなことはやるしな。
煽られてもやり返せない立場であることを自覚させられるってのは腹も立つが、そこでの悔しさは探索の原動力にもなり得るものだ。
それに姉貴を庇うつもりもないが、リンスにはもう少し姉離れをしてもらいたいし、今後もいちいち姉貴の世話をしているモルモさんを見て文句を言われても困るしな。
だから、賢いコイツなら理解できるであろうことを、この場でキッチリ教え込む。
「そしてものすごく重要なことを言うが、そもそもお前たちでは姉貴に傷一つつけることはできん」
何故か分かるか、リンス。
「……幻想体、ですか」
「その通りだ」
姉貴は灰ダンをクリア済みだからな。
街中でも自由に幻想体になれるんだ。
「今もそうだ。ポケットの中で識別票に触れているから、あんなに余裕でお前を煽れるんだよ」
もし万が一リンスが激昂して掴みかかってきても、姉貴はお前を楽々制圧できる。
だから何の遠慮もなく、お前にケンカを売れるってわけだ。
「武力で負けてるやつの言葉なんて、負け犬の遠吠え以下の寝言だからな」
つまりお前は、少なくとも黄ダンをクリアするまでは、姉貴の横暴に物申すことすら出来ないってことだ。
良かったな。
目標達成しなきゃならない理由が増えたぞ。
「……分かりました」
俺からも軽く煽られてリンスは力無く項垂れた。
暴れる心配がなくなったので、ラナはリンスを床に下ろす。
「だがしかし。姉貴にもう少し真人間になってほしいのは俺も同じだ」
「うゥん?」
「ラナ。モルモさんの代わりに姉貴に飯を食わせてやれ」
するとラナは、パッと笑顔を浮かべてバカデカい声を出した。
「わっかりましたぁ!!!」
「うるさっ!?」
「さぁ、ステラ様! あーんですわー!!」
「むぐゥっ!?」
ロールパンを丸ごと口に突っ込まれて目を白黒させる姉貴。
さらに両手にロールパンを持って次々と口にねじ込もうとするラナ。
「や、やめろーー!? 私はもう君の相手は懲り懲りなんだァーー!!」
「あっ、お待ちになってー!!」
幻想体になって逃走を図る姉貴。
アツアツの紅茶が入ったティーポットとカップを抱えて追いかけるラナ。
10秒後。
ドガチャーンという派手な転倒音と「あっっっづ!!?」という二人分の悲鳴が聞こえた。
ははは。
まとめてズッコケたようだな。
「やはりバカにはバカをぶつけるのが一番だな。効率がいい」
「セリウス殿は、ステラ殿にも厳しいんでござるな……」
俺は無様な2人をゲラゲラ笑い、ムミョウも呆れたように笑う。
「あらあら。行きますよ、リンス」
「え。あ、はい」
そしてニコニコと笑いながら二人を助けに向かったモルモさんに言われて、リンスも慌てて後を追ったのだった。




