第二部27話目・覚悟とは、進むべき道を切り拓くためのもの
「バカ! バカ! タッキーのおバカ! あんぽんたん! あんなことしたらムミョウちゃんが可哀想でしょ!!」
と、シャワールームから帰ってきたツバサにめちゃくちゃに詰られた。
「せめてちゃんと説明してからじゃないと! 急に首チョンパされたら誰でもビックリするでしょ!!」
そりゃごもっともだ。
だがなぁ。
「それは、そこのござるチビが幻想体の特性について無知だからだろ。自分の勉強不足を俺のせいにするんじゃねーよ」
初心者講習を受けてればそのあたりもきちんと教えるようになってたのに、それを受けなかったのはそいつのポカだろ。
浅い見識で適当なことするから、後で自分が困ることになるんだろーが。
「そういうことじゃないでしょ!! もうっ! タッキーのバカ!!」
ガミガミと怒るツバサ。
コイツ、語彙力は昔からたいして増えてないが、要点を押さえるのは上手になってきたので的確に痛いところを突かれる。
ちっ、うるせーな。
「ううっ……、もうお嫁に行けないでござる……」
シャワーを浴びて着替えてきたムミョウもムミョウで、顔を両手で覆ってくねくねと身悶えしている。
ムミョウに寄り添うユミィとモコウも俺に非難するような視線を向けてきてやがるし。
「……はいはい。俺が悪ぅございましたよ」
仕方がないので、俺はムミョウに謝った。
俺は大人だからな。大人は、自分が悪くなくても場を納めるために謝ることができるのだ。
そして、メイベルが買ってきてくれたお茶とお菓子で休憩しながら、俺はムミョウに説明を続ける。
「つまり、だ。さっきのやり取りで分かったと思うが、俺たち探索者は幻想体で活動する」
この幻想体というのは、生身の肉体とは似て非なる存在だ。
自分の思ったとおりに動かせるが血は通っていないし、痛みもほぼなければ、手足を落としても普通に動くことができる。
傷付きすぎたら破損するが、時間経過で自動修復されていくし、生身なら死ぬようなダメージを受けても、生身は無事なままでいられる。
「探索者同士の戦いになればある程度の身体欠損は当たり前に起こり得るし、負けて幻想体が爆散しても死ぬわけじゃない」
だから、手足を囮にするとか捨て身の突撃とかが平気でできるし、生身での戦いでは絶対にできないようなことも、幻想体でならできたりする。
「まぁもちろん、だから生身でも似たような戦い方を覚えろって話では決してないし、逆に生身の肉体は大切にしろって話だ。生身で大怪我したら、それこそ一大事だからな。幻想体を真っ二つにされるのとは訳が違う」
「……じゃあ、何が言いたいのでござるか?」
「それはな。相手が幻想体なら、どんなことをしてきてもおかしくないことを理解しろってことと、幻想体相手の戦いでは躊躇せずに殺しに行けってことだ」
お前、今まで人を斬ったことがないんだろ?
そんでさっきの反応を見るに、生身の人間を斬ってしまうことを、無意識的に恐れてるんじゃないのか?
「そりゃあ、人殺しはしたくないでござるからな……」
「生身の人間を斬ったら人殺しだが、幻想体ならまったく問題ない。そして、幻想体相手なら躊躇なく戦える
奴らがゴロゴロいるのがこの街だ。それはつまり、生身相手と混同して幻想体すら斬れないようじゃあ、話にならないってことだ」
「うっ……」
「お前は確かに剣術の腕があるんだろうし、武芸者としての鍛錬で培った練度もある。だが、そのことと剣士としての覚悟が決まってるかは別問題だ。ムミョウの父親が意図してたのか意図せずなのかは知らないが、ムミョウはどうやら人の生き死にとは遠いところに置かれたうえで、剣の業を学ばされたようだな」
結論。
ムミョウは、特に精神面において未熟者だ。
だからそこを重点的に鍛え上げる。
眉ひとつ動かさずに目の前の相手の首を斬り飛ばせたり、腕一本犠牲にしながら心臓を一突きにするような度胸が、今のお前には足りない。
「なるほど……」
「で、度胸ってのは経験で補える。やり慣れたことならいちいち緊張しないもんだからな」
だから俺を斬らせようとしたし、お前の首を落としたりしたわけだ。
「お前がションベン漏らすのを期待して脅したわけじゃあないから、そこは勘違いするなよ」
「しょ、ションベン漏らすとか言わないで欲しいでござるよ……!」
「今のお前はションベン垂れのござるチビだろ。悔しかったら、このあと俺を真っ二つにしてみろっての」
「〜〜〜〜っっ!!」
ワナワナと怒りに震えるムミョウ。
よしよし。これだけ頭にくれば、余計なこと考えずに剣を振れるだろ。
俺は、少しだけ真面目な表情を作ってムミョウを見据える。
「ムミョウ。明日からしばらくはダンジョン潜りがメインだ。だから、次に対人戦闘の実戦訓練ができるのは、もうしばらく先の話になる」
「っ……!」
「だから今日、ここで、真剣に覚えろ。幻想体の人間を斬るってことが、どういうことなのかをな」
ゴクリ、とムミョウが生唾を飲んだ。
だが、その瞳には、先ほどまでとは違う決意の色が見てとれた。
いまだに怯えは残っているが、それを凌駕するだけの気迫がにじんでいる。
「……まぁ、及第点か」
これならまぁ、さっきみたいな腑抜けた姿は見せないだろう。
おら、お前ら。
もっかい試合場に行くぞ。
その少し後。
俺はムミョウによってバラバラにぶった斬られた(胴を一瞬で三つ輪切りにされたうえ、最後に正中線で一刀両断だ)。
やればできるじゃねーか。
そして、多少は吹っ切れた様子のムミョウを褒めてやってから、俺たちは訓練場を出たのだった。
◇◇◇
訓練場を出た俺たちは、今日のところはパーティーハウスに戻ることにした。
ムミョウの部屋の準備もしてやらないといけないし、ツバサたちがハウスでムミョウの歓迎会をしたいというので、食材やらなんやらを買うことになったからだ。
メイベルのやつも、今日のところは自分の宿に帰るそうだ。
明日以降はツバサたちと黄ダンに潜ってもらうことになるので、集合時間を伝えてから別れる。
そうして、買い物なんかを終えてからハウスに戻ったわけだが、
「……誰だ、あれ?」
俺たちのパーティーハウスの門前に、見慣れないやつが立っていた。
ツバサたちと同年代に見える若い女だ。
大きなトランクが足元に置いてあって、長旅でもしてきたみたいな褪せたローブを着ている。
そいつは、俺たちの姿を認めると、スッと頭を下げた。
「容姿と特徴から、貴方たちが完全踏破隊の皆様であると判断します。初めまして。私はリンスピオーネ・メッドバルテ。姉さんにお会いするべく、はるばるこの街にやって来ました」
……メッドバルテ、だと?
「さて。さっそくなのですが、姉さんはどちらでしょうか。姉さんにもご挨拶をしたいのですが」
と言われ、弟子たちが困惑している。
俺は、別の意味で困惑した。
メッドバルテっつったら、あれだろ……?
というか、姉さんだと……?
リンスピオーネと名乗ったこのガキ。
言葉遣いは丁寧だが、表情が固い。さきほどから眉ひとつ動かない。
だが、おそらく。
コイツがニッコリ笑えば、確かにあの人にそっくりの顔になるだろうことが分かった。
俺は、通信装置で、コイツの姉さんに連絡した。
『モルモさん。白ダンから出てたら返信願います』
返信はすぐに来た。
『はい、モルモです。……セリーさん? どうされました? 今日からまた数日間は銀ダンに潜りっぱなしの予定でしたよね?』
『それについてもハウスの皆に話をしなくてはならないんですが、それ以上に緊急でお伝えすることがあります』
『なんでしょうか?』
『……リンスピオーネ、と名乗る、貴女の妹らしき少女が、完全踏破隊のパーティーハウスまで大荷物を抱えて来ています』
『えっ??』
『……妹さんで、間違いないですか?』
数秒、間が空いた。
『…………えええええぇぇえええええっっ!!? えっ、なんで!? リンスがどうしてこのアカシアの街に!?』
それから、モルモさんらしからぬ大絶叫が、通信装置越しに響いてきたのだった。




