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第二部26話目・ムミョウ、突然の初体験をする


 今までにも何度も使用したことがあるのだが、闘技場には訓練場が併設されている。


 訓練場の中であれば探索者は誰でも幻想体になれるし、PP切れや幻想体の破損を気にせずに訓練ができる。


 さらには、一般的な店売りしている装備品ならレンタルもしているので、持っていない装備品を借りて試すことも可能だ。


 俺は、レンタル窓口で借りた中刃(ミドルブレード)短刃(ショートブレード)をムミョウに装備させつつ、さらに奥に向かって歩く。


 一口に訓練場といっても内部はさらに細分化しされていて、弓や杖を使うための射撃場や、近接装備品用の試し斬り人形が並んでいる人形場、さらには、対人戦闘訓練ができる試合場などがあるのだが、


 今回俺は、弟子たちを試合場の一つに連れてきた。


 室内に入って起動スイッチを押すと、広々とした空間が目の前に出来上がる。

 設定は広場の1番。円形で遮蔽物のないシンプルな造りの広場だ。


「おおっ!? 急に広くなったでござる……!!」


 初めて訓練場に入ったであろうムミョウが目を白黒させる。


 まぁ、明らかに外から見た広さと違うからな。

 初めて入るやつは、だいたいそういう反応をする。


「ムミョウ、こっちだ」


 俺は、試合場の中ほどまで歩み出ると、ムミョウを呼んで俺の前に立たせた。

 ある程度の距離を空けて、俺はムミョウと向かい合う。


「まず、仮弟子になったお前に最初に言っておく。俺は、探索者だ。剣士でもなければ武芸者でもない」


 だからお前に、剣術を教えてやることはできない。


「俺も装備品としての(ブレード)を使ったりするから、剣術の基礎的なこととかはある程度学んでいるし、身につけてもいる。だが、純粋な剣術の技量でいえば、お前のほうがはるかに上だろうよ」


 そういう意味では、コイツはモコウに近いタイプといえるな。

 もともとの武芸の練度があり、それを探索活動にも使えるわけだ。


 つまり、最初期からダンジョン内での戦闘には苦労しないし、そこから幻想体のレベルを上げれば対エネミー戦闘はさらに安定するだろう。


「だがしかし。今からここで俺とお前が戦えば、俺はお前に百戦して百勝する自信がある。……なぜだか分かるか?」


「……拙者が、幻想体での戦いに慣れていないから、でござるか?」


「それもあるし、幻想体のレベルが違うというのもある。まぁ仮に、まったく同じステ値の幻想体同士で戦うということであっても、その自信は揺らがないがな」


 だから、本質はそこじゃない。


「いいかムミョウ。お前、戦いに敗れて()()()()()があるか?」


「……は?」


「手足の一本や二本失いながらでも戦い続けたことはあるか? あるいは、片腕を犠牲にすることを前提で突撃し、勝利したことは?」


「ちょちょちょっ、待つでござるよ! な、なにを言ってるでござるか!?」


 まぁ、ないだろうな。

 そんなことは、見てれば分かる。


「じゃあ、質問を変えるぞ。お前、()()()()()()()はあるか?」


 見るからに、ムミョウが動揺した。


「別に、悪事を働いたかどうかとかの話じゃあない。剣の修行中に誤って相手を死に至らしめたとか、そういう経験はあるかって聞いているんだ」


「なっ、なっ……!?」


「ないのか?」


「あ、あるわけないでござろう!?」


 俺はムミョウの表情をじっと見つめる。

 ぶるぶると不安定に揺れる視線には、確かな怯えが見てとれた。


 ふむ。じゃあ、もう少し突っ込んでみるか。


「だが、剣術ってのは人を斬る技術だろう? あのムサシさんが興した双月流なら、実際に人を斬り殺したりってことも、してそうなもんだと思ったんだが」


 するとムミョウが、顔を真っ赤にして怒った。


「剣は、人殺しの道具でないでござるよ!? そして剣術は、人を活かすための技術でござる! そのような言い草はやめていただきたい!」


 そうなのか?


「その、人を活かす技術云々ってのは、誰の言葉だ?」


「誰って、父上でござるが……」


「なるほどな。……ふむ。良し。分かった」


 仕方がないから、俺が教えてやろう。


「ムミョウ、さっき渡したブレードを具現化して抜いてみろ。そんで試しに構えてみろ」


「こ、こうでござるか?」


 ムミョウがミドルブレードを抜き、中段に構えた。

 切先はピタリと俺の額に向いており微動だにしない。


「ああ。そのままきちんと構えてろよ?」


 俺は、ゆっくりムミョウとの距離を詰める。

 それとともに剣の切先が俺の顔に迫るが、俺は気にせずに近づき続ける。


「……えっ? あっ、危ない!?」


 俺の顔に刃が当たりそうになってムミョウが思わず刃を引くが、逃がさないように、俺は左手で無造作に刃を掴んだ。


「タキオン殿!?」


 ムミョウの動きがピタリと止まる。

 こうやって俺が握ったままムミョウがさらに刃を引けば、俺の手指がポロリと落ちることを知っているからだろう。


 だから俺は掴んだ刃を引き寄せて、切先を俺の頬に突き立てた。


「ひっ!?」


 左目のすぐ下にズブリと刃が刺さり、ムミョウが驚いて剣から手を離した。


 おい、何してんだ。


「お前、剣から手を離してどうするんだよ。しっかり持ってろよ」


「たたたたタキオン殿!!? 顔、顔が!?」


「大丈夫だよ。今の俺たちは幻想体だぞ」


 俺が顔に刺さった剣を引き抜くと、傷口からぶしゅーっとPP漏れが起こるが、それも十数秒も待てば自然に止まる。


 傷口からは血も出ないし、そもそも痛みだってほとんどない。


 刺した時の肉の感触なんかはかなりの再現度らしいが、それ以外はまぁ、所詮は幻想体って感じだ。


「そんなことよりお前。せっかく俺が斬られてやるって言ってんのに、逃げてどうするんだよ。ほら、もう一回ちゃんと剣を持て。そんで俺の体にズボッと突き刺してみろよ」


「気でも違えたでござるか!?」


「なんだよ。せっかく先にやらせてやるってのに。……しゃーねーな。俺が先にやってやるよ」


 手の中の剣を右手に持ち直すと、俺はそのまま真上に振り上げる。


「はっ……? ま、待っ……!?」


 俺はムミョウを真っ二つにするつもりで剣を振り下ろしたが、ムミョウはとっさに短刃を具現化して受け太刀をした。


 おお、良い反応だな。


 必死の形相で防御したムミョウの首に、俺は左手に具現化した自在刃を突き立てた。

 自在刃は深々とムミョウの首を貫き、ムミョウの目が見開かれる。


「カハッ……!?」


 自在刃を引き抜くと、大量のPPが血の代わりに噴き出した。

 傷口から大きくヒビ割れが走っていき、幻想体の崩壊が始まる。


「ほらよっ」


 俺は、力無く崩れ落ちていくムミョウの幻想体にあらためて中刃を振り下ろし、今度こそ首をはねてやった。


 それがトドメとなってムミョウの幻想体が爆散し、白煙が噴き上がる。

 手の中の中刃が消滅し、それに合わせて俺も、一旦幻想体を破棄して肉体に戻った。


「どうだ? それが、幻想体での死だ」


 白煙が晴れていくと、肉体に戻って地面に座り込むムミョウがいた。呆然とした表情を浮かべていて、目の焦点が合っていないように見える。


「ほら、今度こそお前の番だ」


 俺は再び幻想体になった。

 次はムミョウに、俺の幻想体をぶった斬る体験をさせてやるためだ(訓練設定により、損壊は全て回復している)。


 しかしいつまでたってもムミョウが動き出さないので、俺がムミョウの顔をのぞき込むと、


「…………ふぇっ」


「おっ?」


「ふぇぇぇん……」


 目から大粒の涙がボロボロとあふれ始め、泣き出してしまった。


 しかも。

 布越しのくぐもった音で、ジョロロロロロロロ、という()()まで聞こえてくる。


 あー……。


「さすがにいきなりやり過ぎたか。おーい、お前ら。ちょっと来てくれ!」


 俺は、広場の端の方で俺たちのやり取りを見守っていた弟子たちを呼ぶ。


「ツバサ。モコウと一緒にコイツに肩でも貸してやれ。そんでシャワールームに連れてってやれ。メイベル(ティナ)。悪いが全員分の飲み物と、甘いお菓子でも買ってきてくれ。カネは後で払うから。ユミィ、お前の分の着替えをムミョウに貸してやってもいいか? ん? ああ。タオルも一緒に持っていってやってくれ」


 ということで、脅かしすぎたムミョウが思いっきりションベンを漏らしてしまったので、一旦仕切り直しすることにした。


 はぁっ、まったく。


 俺は、地面に丸く広がる水たまりに砂をかけて埋めつつ、ムミョウの育成方針について考えながら、皆が帰ってくるのを待ったのだった。


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