第二部21話目・錬金術師たちの結束
「初めましてはじめまして! 私、フランベルって言うの! フランでもベルでもフラビィでも、気軽に好きに呼んでくれていいから!」
「は、はじめまして。私はシオンと言います」
「シオンちゃんかー! それならシーちゃんだね! セッちゃんとこのシーちゃん、覚えたおぼえたバッチリポン!」
自己紹介とともに手を握られ、ぶんぶんと上下に振られてシオンさんが戸惑っている。
「フランベルさん、少し落ち着いてください」
「あっ、ごめんね! けどけどだって、こんな若くて綺麗な子が護符作れるぐらいの実力者だって言われたら、そりゃあセッちゃんが羨ましくなっちゃうしさー! シーちゃん、もし良かったらそっちは辞めてさ、私たちの研究室で働いてみない!?」
……おいおい。
「フランベルさん。……パーティーリーダーの目の前で引き抜き活動だなんて、良い度胸をしていますね?」
俺の言葉に、フランベルさんは「いやいやいや!」と手を振ってみせる。
「引き抜きだなんてそんなまさか! 私はただ、シーちゃんの意思をちょっと確認しただけだよ。そっちの待遇がちゃんとしてれば、まさかまさか辞めるなんて言い出さないでしょ?」
……それはまぁ、そうだ。
「あの、フランベルさん。お誘いはたいへん嬉しいんですけど……。私は完全踏破隊の専属として、セリー君たちを支えていくって決めましたので。……ご期待には応えられません。ごめんなさい」
と、ものすごく嬉しいお言葉でシオンさんが意思表示をしてくれたので、フランベルさんは「あちゃー、残念!」と言って諦めてくれた。
「そっかそっかー! そういう感じかー! セッちゃんも、なかなかスミに置けないねー! ……けどシーちゃん、ほんとに良いの? その道は、けっこうイバラの道だと思うよ?」
「はい。もう、決めましたので。私は、完全踏破隊のために頑張ります」
「んー……、そかそか! じゃあ、仕方ないね。私はシーちゃんの決意を応援するよ」
「ありがとうございます」
「けどけど、もし何かあったら言ってね。いつでも力になるよ?」
「それなら、護符作成のコツを教えてくれませんか?」
「……ははは! オッケーオッケー! 教えてあげるから、ついておいで」
そう言うと、シオンさんは研究室のハウスの奥に連れていかれてしまった。
慌てて俺もあとを追う。
ハウスの中を通って裏庭に出ると、煙突のついた小さな小屋のようなものがあるのだが、
小屋の中には、外から見た大きさとはかけ離れた大きさの、巨大な空間が広がっていた。
で、でけぇ……!?
「……これは、闘技場とかと同じ仕組みなんですか?」
俺が問うと、フランベルさんが「そうそうー」と頷く。
「空間の歪曲機構を解析して、結界カンテラに組み込んでみたんだ。ほら、錬金材料を置いとく場所もいるし、皆も広々としたところで伸び伸びと錬金するほうが、楽しいでしょ?」
錬金小屋内のそこかしこで、研究室のメンバーの錬金術師たちが作業をしている。
そいつらの間を抜けていくと、一際広い作業机が2つ並んでいて、そのうちの片方に小さい丸メガネをかけた細身の男性が座っていた。
この人はレミリオンさん。
フランベルさんの旦那さんだ。
「……フラン。その方は?」
「セッちゃんとこのシーちゃんちゃん! 護符のレシピの解説が聞きたいんだって!」
「ふむ、護符の」
「はい。お願いします」
ペコリと頭を下げるシオンさん。
レミリオンさんは背後にある鍵付きの本棚から小さな冊子を取り出し、パラパラとめくる。
「どの部分だろうか」
「えぇと、この部分の、これです。錬金反応の発生が想定より遅くなってしまうんですけど、何が原因か分かりませんか?」
「ふむ。良い着眼点だ。ここは私も頭を悩ませていた時期があってね。そもそもこのレシピではまずA材とB材と用いて反応を起こす前提で書かれているのだが、実はC材から先に投入しつつD材とB材を7対3の割合で混合し冷凍しておいた状態のものを削り入れる方が反応が速くなる。さらにA材のほうも真水に溶かしたものを摂氏65度まで温めてから投入するとよく、その理由についてはこの論文のここの記述を読めば分かるとおり……、」
と、レミリオンさんが説明をしてくれるが、俺には何を言っているのか理解できなかった。
シオンさんも首を傾げているので、よほど難解な内容なのだろう。
「もう、リーさん! そんな小難しい言い方だと分かりにくいでしょ! シーちゃんここはね、これをきゅっとしながらちょろろってやりつつ、こっちのをしゅぴぴって混ぜ混ぜするといいの!」
……いや、フランベルさんの説明もだいぶ分かりにくいぞ!?
超理屈重視派と超感覚重視派で両極端な夫婦だな、この人たち。
シオンさん、どっちの話を聞いても困ったように首を傾げる(可愛い)ばかりだ。
「んーー……、よし。みんな、しゅーごーー!!」
と、フランベルさんの鶴の一声により、他の錬金術師たちも「なんだどうした?」とぞろぞろ集まってきた。
そして護符のレシピの説明について、あーでもないこーでもないと話し合いが始まったのだが、
「だーからここは湧出沈殿法のほうが良いんだって!」
「馬鹿野郎テメー最新の論文も読んでねえのか! これは遠心分離法のほうが速くて確実なんだよ!」
とかなんとか。
錬金術師どもの間でクソ長い議論が始まってしまい、しまいにはどこからともなく黒板を持ってきて反応式まで描き始めてしまった。
シオンさんは、まだ理解できているようだが、俺にはコイツらが何を話しているのかサッパリ分からん。
「勉強になるわ……!」
「あー、セッちゃん。こうなるとこの人たち長いから、先に帰っとく?」
仕方なく俺は、シオンさんを残してパーティーハウスに帰ることにした。
なお、後刻、ウチに帰ってきたシオンさんに聞いてみたところ、
「すごく勉強になったわ! それに護符以外にも色々教えてくれることになって、今後も定期的に遊びに来ていいよって言われたの」
とのことで、シオンさんはだいぶフランベルさんに(というか、研究室の連中に)気に入られたようだった。
まぁ、あそこは実力派錬金術師たちの巣窟みたいなところだしな。
優秀な錬金術師であるシオンさんだったら、うまく馴染めるのだろう。
ただ、少し気になるのが。
「習いに行くのはいいんですけど……、引き抜き工作には気をつけてくださいね。フランベルさんって、ちょっと油断ならないところもありますので」
あの人、俺の見ていないところでじっくりとシオンさんを絆そうとしている可能性も捨てきれないんだよな。
等価交換の原則を旨とする一流錬金術師のフランベルさんたちが、善意だけで何かを教えてくれるってのもおかしな話だし。
「あと、研究室に行って何かを頂いたり習ったりしたときは、毎回帰ってきたときに報告書にまとめて提出してください」
最終的に引き抜きを諦めた時点でウチのハウスに技術指導料名目で高額の請求書が届く可能性も十分にあるもんな。
ぼったくられないように、受けた指導は記録化してもらっておいて、錬金術師界隈の相場感とかも、あとで調べておくか。
「記録化してくれていると、俺もシオンさんの成長を把握しやすいですからね」
フランベルさん以外は職人だが、フランベルさんは職人たちに必要なあらゆることを行うやり手の商売人でもある。
錬金術ではあれだけ感覚派のくせして、数字と書類を扱わせたらモルモさん以上の処理能力を発揮する人なのだ。
思わぬところで痛手を受けないようにしておきたい。
「うん、分かった。……ところでセリー君。私、これからも頑張って護符を作るし、他にも何でも作ってみせるんだけど……」
シオンさんが、なんだか恥ずかしそうにモジモジした様子で喋る。
なんだろう。可愛い。
「その、もしセリー君たちが、今挑んでいる銀ダンをクリアできたらさ。私も、頑張ったご褒美を、セリー君からもらいたいな、って……」
ほほう、なるほど!
「もちろん良いですよ! 何が欲しいんですか?」
新しい錬金器具ですか?
珍しくて高価な薬品ですか?
それともアクセサリーとかですか?
ある程度値段帯が分かっていればシオンさん用の特別予算を組むことも可能ですので、遠慮なく言ってください。
「えっと、その……。そんな高価なものが欲しいわけじゃないから、もらえるようになったときに言うね?」
「そうですか? それなら、なるべく早く銀ダンを終わらせて、教えてもらうようにしますね」
「……ふふふ。期待してるから」
シオンさんがふわっと笑う。
あーー、可愛い……。
「ほんとうに可愛い。シオンさんは天使ですね」
「ふえっ!?」
「……ん?」
突然、シオンさんのお顔が真っ赤になった。
あうあう、と言葉にならない声が漏れている。
なんだ?
どうした??
「シオンさん……?」
「あ、あの! 私、部屋に戻って作業の続きに戻るね! また晩ご飯の時に呼んでね!!」
パタパタと走り去っていくシオンさん。
そんなシオンさんの様子に、俺は首を傾げるしかなかったのだった。




