第二部20話目・根明コミュ強の錬金術師
◇◇◇
翌日の俺は、シオンさんを連れて研究室のパーティーハウスに出向くことになった。
というのもシオンさんが、護符のレシピの中でも特に難解な部分の処理方法について詳しく知りたいらしく、
それならレシピの入手元である研究室の連中から話を聞いたほうが早いだろう、ということになったからだ。
なお、その話が決まったタイミングで研究室のリーダーと通信したところ、
『えっ! 君んとこの専属って、護符を作成可能なレベルの錬金術師なのかい! それはすごい! 是非とも引き抜……、いやいやいや、なんでもないよ! えっ、コツ? いいよいいよ! 教えてあげるから聞きにおいでよ!!』
とのことだった。
なんかちょっと一部怪しい発言を聞いた気がしたが、一旦無視することにする。
そして俺は、昨日のうちに買っておいた手土産を持って、シオンさんとともにハウスを出た。
それと、弟子たちは昨日甘いものを食べ過ぎたとかで、ハウスの庭でクンフー体操クラゲ式をやっていた。
なので俺たちにはついてこない。
そのあとは皆でキャッチボールでもするらしい。
どうでもいいが、ラナの投げる球は生身では受けたくないな。
捕り損ねたら死ぬかもしれん。
俺は、シオンさんとともに街中を歩きながら「これっていわゆる街歩きデートなのでは?」と考える。
チラリと後ろを見ると、俺と目が合ったシオンさんが不思議そうに首を傾げた。
うん、可愛い。
シオンさんは、今日も慈愛の女神様のようだな。
「どうしたの、セリー君?」
「はい、今までこうしてシオンさんと2人で街中を歩いたことって、ほとんど無かったなって思いまして」
今まで、なんだかんだと弟子どもがくっついてくることが多かったからな。
こうして2人きりで出歩くなんて、とんでもなく貴重な時間である。
「ふふふ。確かにそうかも。セリー君って、いつも忙しそうにしてるもんね」
「俺としては、もっと穏やかな毎日を送りたいんですけどね。俺が頭を使わないと、どうにもならないことが多くて」
バカ弟子どもとかボケナス幼馴染とかが、俺をのんびりさせてくれないんだよなぁ。
「……ごめんねセリー君。そんな忙しいのに、その……」
「あー、いえ、シオンさんは悪くないです。元はといえば俺が、シオンさんを無理やり雇ってアレコレ作らせてるのがいけないので」
するとシオンさんが「ううん」と首を振る。
「依頼されたものを、期日までにきちんと作る。それが錬金術師としての私の使命だから。それにその、……完全踏破隊の専属錬金術師をしてるのだって、今はちゃんと、自分の意思でだからね」
え、そうなんですか?
「うん。最初は、色々あってバタバタしてて、なんとなく流れで引き受けちゃったけど……。今は、セリー君たちと一緒に頑張れて、良かったって思ってるよ」
「シ、シオンさん……!!」
俺は感動のあまり、胸がじーんと熱くなった。
シオンさんを専属として雇ってからというもの、俺はどこか壁のようなものを感じてしまっていた。
だからひょっとして、シオンさんを雇ったことは、シオンさんにとって良くないことだったんじゃないだろうか、と少し不安に思ってもいたのだ。
けれど、こうしてシオンさんの口から、俺たちの仲間になってくれたことを良かったことだと言ってくれて、すごくホッとした気持ちになった。
「…………」
そうしてホッとしていたところ、シオンさんが何か小さな声で呟いたような気がした。
何か言いましたか、シオンさん?
「……んーん。なんでもないよ」
ふわっと微笑むシオンさん。
その笑顔に見惚れた俺は、ルンルン気分になってスキップをした。
◇◇◇
さて、研究室のパーティーハウスに着いた。
呼び鈴を押してしばらく待つと事務員の男性が出てくる。
「完全踏破隊のタキオンです。フランベルさんに会いに来ました」
フランベルさんというのは、研究室のリーダーをしている錬金術師の女性だ。
30歳代半ばの小柄な女性で、同じく錬金術師をしている旦那のレミリオンさん(こちらはヒョロっと背の高い寡黙な方だ)とともにパーティーを経営している。
俺が用件を告げると、事務員の男ははいはいと頷いた。
「お聞きしております。どうぞ中へ」
事務員の男に促されてハウスに入るが、前回案内された応接室とは違い、椅子がいくつか並ぶだけのこじんまりした部屋に通された。
見た感じは、病院の待合室のようだな。
「実は、手前から来ていますお客様が、まだ帰られておりませんでして。前の方々がお帰りになるまで、こちらでお待ちいただきたいのです」
ということで、出されたお茶を飲みながらシオンさんと待っていると、廊下の奥の扉がバタンと開き、ガヤガヤとやかましい連中が歩いてくるのが分かる。
「けっ! フランベル! 俺たちゃ本気だかんな!」
「いつまでも見くびってんじゃねーぞ、ボケ!」
先頭を歩いていたモヒカン頭の男やスキンヘッドの男が、吐き捨てるようにそう言った。
「くたばれ頭でっかちども!」
ゾロゾロとハウスを出ていって、最後の奴が捨て台詞とともに、乱暴にバタンとドアを閉める。
おいおい、うるせーな。
「はんっ! バカも休み休み言えっての! お前らこそ、あとで吠え面かくなよってんだ!」
そして閉まったドア越しに罵声を返すフランベルさんの声が聞こえた。「むきー! 腹が立つー!」と地団駄を踏んでいる音も聞こえる。
こっちも荒れてんなぁ。
「な、なんか、賑やかなところなんだね」
いやぁ、普段はもっと静かで、時折どこからともなく爆発音が聞こえてくるぐらいなんですけどね。
「爆発は、するんだ……」
「はい。それで、さっきのは別のパーティーの奴らですね。何か交渉でもしていて、話がまとまらなかったんじゃないでしょうか」
そうこうしていると、件のフランベルさんが俺たちの部屋の前に姿を表した。
明るい茶髪を無造作に括り、真っ赤な縁の丸メガネをかけた女性だ。
俺たちに気づくと、そばかすののった顔をぱっと明るくした。
「お! もう来てくれてる! ごめんごめん! さっきのバカたちが騒がしたね! あ、隣の君がセッちゃんとこの専属錬金術師さん!? うわー、美人さんだ! ちょっと待っててよ、部屋片付けたらまた呼ぶからさ!!」
と、フランベルさんはすごい勢いで喋ってからパタパタと奥に引っ込んでいった。
フランベルさんと初対面のシオンさんは、その勢いに気圧されたようだった。
「な、なんか、賑やかな人だね……?」
まぁ、はい。
あの人は、いつもあれぐらい賑やかですね。
「ここのパーティーは、実際にダンジョンに潜る実働部隊の数人以外は皆錬金術師なんですけど、寡黙で偏屈な職人集団をチームとして運営できているのは、あの人のコミュ力とマネジメント力のおかげなんですよね」
いやほんと。
たぶんあの人がいなくなったら、このパーティーは一月ともたずに瓦解すると思う。
どいつもこいつも仕事に没頭して自分の身の回りの世話もできないような奴ばかりなので、フランベルさんがいないとダメなのである。
ちなみに、フランベルさんと旦那のレミリオンさんは黄ダンクリア済みの一流相当探索者であり、実力的にはモルモさんに近い。
そして、そんなフランベルさんが幻想体の状態で話をしなくてはならなかったということで、先ほど騒がしていた連中もC級クリア済みの連中なのだろう、と推測できた。
パーティー名を聞けば分かるんだろうが、たぶん、ガラが悪くて付き合うメリットよりデメリットのほうが大きいから、俺も無視してる連中のうちのひとつだな。
「……うーん」
俺は、先ほどの連中のことが気になりつつも、シオンさんの用事を済ませるほうが先だと思い直す。
そしてしばらく待つとフランベルさんに呼ばれたので、俺たちは応接室に入ったのだった。