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08.穏やかな日々

 玄関の方に戻って中を覗くと、カイセが布団から上半身を起こして座っていた。

 ボロボロに擦り切れて色褪せた着物を着て、それすら着崩れているが、背筋を伸ばして座る姿には不思議と品がある。さすが王の子供、ということか。

 ユノの手遊びを優しそうな笑顔で見ている。


 カイセは戸口に立つ俺に気づいて、ふっと微笑んだ。


「弟はずいぶん楽しんだようだ。世話になった」


 昨日まで俺に殺気を向けて睨みつけていた男とは思えないほど、柔らかい雰囲気だ。

 俺はその変わりように戸惑うが、表情には出さない。

 ぶっきらぼうに聞いた。


「起き上がって大丈夫なのかよ」

「だいぶ良くなった。明日には体調が回復すると思う」


 回復には十日かかると言っていたはずだ。だったらもう血はいらないんじゃないか、という俺の疑問が顔に出ていたのだろう、カイセがその疑問に答えた。


「血はマリョクの回復のために必要なんだ。マリョクがないと、世界をわたる力が出せない」

「そうか。よくわからんが、血はいるんだな」


 俺は家に上がり、押入れを開けて風呂敷を奥に投げ入れた。

 部屋の中が薄暗くなってきたので行燈に火を灯す。部屋がぽっと明るくなる。


 カイセの布団のある場所は囲炉裏のある部屋、つまり俺がいつもメシを食ったり服を繕ったりする場所だ。家の中で、寝るとき以外はだいたいここにいる。囲炉裏は部屋の真ん中にあるので、カイセとは囲炉裏を挟んで反対側に座る。


 本当は座っている暇などない。日が完全に落ちるまではまだ時間があるから、丸太を買ってきて薪を割らないといけない。売る薪がなくなったら口が干上がってしまう。

 しかし、今日は疲れたので明日することにする。


 …………この『明日する』を続けた結果、いまの貧乏がある。それは重々承知しているが、しかし、両親が死んでからは精いっぱい生きようという気持ちが持てないでいた。

 嫁もなく、子もなく、ただ老いて死んでいくのなら、いま死んでも変わりはない。


 俺がぼんやりとしていると、カイセがぽつりと言った。


「ユノーの服、ありがとう。いい色だな」

「そうだな。いい色だ」

「これね、もらったんだよ!」

「もらった? 見るからに上等だが、誰が……」


 カイセが眉根を寄せて怪訝な顔をする。


 俺は、今日あったことを説明した。

 ユノが大旦那に気に入られたこと。

 店の前で愛想を振りまく仕事だったこと。

 服をもらい、銭を稼いだこと。


 聞き終わったカイセは、ユノの頭を優しくなでた。


「そうか、えらいな。嫌なことはなかったか?」

「楽しかったよ! みんな優しいし、面白いところだった!」

「そうか」


 カイセは微笑んだ。そして俺に顔を向けて、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ユノーのお守りをさせてしまったか。苦労をかけた」

「べつに、何もしてねぇよ」

「こちらの世界の勝手がわからないのだが、私も何かできることはあるか」

「お前は顔が目立ちすぎる。こいつだけでも騒ぎになったんだ。お前は隠れててくれる方が助かる」

「……わかった。ここにいた方がいいということだな」


 兄は神妙な顔で頷いた。


「あ、でも体が動くんなら、炊事を任せられるか」

「スイジ……?」

「わかった、俺が教えるから」


 それから何日か、平和な日々を過ごした。


 カイセに米の炊き方を教えたところ、意外と飲み込みが早く、一度失敗しただけで次からは俺よりうまく炊いた。

 しかし料理の味付けは壊滅的にダメだったため、米炊きだけをお願いすることにした。


 ついでに畑仕事を教えると、こちらも呑み込みが早く、荒れ放題だった畑がきれいに耕された。秋植えの豆や(にら)がきれいに並んだ。


 二人並んで、きれいになった畑を見る。


「オーサマより農夫のほうが合ってると思うぜ」

「私もそう思うよ」


 軽口に怒ると思ったが、意外にも笑顔を見せて肯定した。

 その目は遠くを見ていた。あっちの世界とやらを見ているのだろうか。目の前にいるのに、遠くに感じた。


 さらに数日が過ぎた。冬の色が濃くなる。

 思ったよりもユノの稼ぎが良く、余裕ができたため布団を新しく買った。火鉢に入れる炭もたくさん買えた。

 食事の質が上がり、血を取られているのに前よりも体が軽くなった感じがある。


「ショースケ、はいこれ、今日の分のゼニ。昨日より多いよ!」

「すごいなお前。しんどくないか?」

「ぜんぜん。今日も楽しかった!」


 客に茶を出して話し相手をし、客から銭をもらうと、その半分がユノの取り分となる。

 昼の客から見ると、遊女に払うより安く、遊女よりよっぽど愛くるしい見た目だからと、けっこう評判だそうだ。


 俺は相変わらず、薪を売って過ごしている。去年は薪売りだけの銭では足りず、人足(にんそく)仕事(※日雇労働)をしていたが、それをやらなくてもよくなったのは助かった。去年、冬の河原で砂利をさらうのは本当にキツかった。


 そうやって、意外にも穏やかに日が過ぎていった。

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