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04.バケモノの理由

 ――――こっちの世界で口にできるのは、人間の血だけなんです。


 ユノの言葉が頭の中で木霊する。


「何を言ってるんだ」

「ぼくたちは人間じゃないんです。これを見てください」


 ユノは手のひらを見せた。

 ぐっと手を強張(こわば)らせると、爪の先が指の倍近く伸びた。その爪は鋭く、刃物のように尖っている。


 俺はいま目の前で起こっていることが信じられなかった。

 爪が一瞬で伸びた。こんなことができるのだろうか。


 ユノは俺の驚きをよそに、説明を始めた。


「ぼくたちは、人間から見たらバケモノ……です。もともとぼくたちの祖先はこっちの世界にいて、人間を切り刻んで血を飲んでいたそうです。でも人間が武器とか作るようになって、戦争になって、祖先が全滅しそうになったから、特別な力を持った一部の祖先が別の世界を作って、みんなそっちに逃げたそうです。この爪は人間を切り刻んでいた頃の名残です」


 ユノが指をひらひらと揺らすと、爪の長さがもとに戻った。


 ――――目の前の子供はバケモノで、人間を食べる……。


 俺は理解しようと必死だった。

 このバケモノの正体を理解して、なんとか生き残る方法を考えなければならない。


 ユノは自分の指を見つめたまま続けた。


「別の世界に逃げた祖先は、争うことに疲れ、人間を殺さなくてもいいように、特別な植物をいくつか作って、その植物だけを食べて生きるようになりました。何世代もそうやって生きてきて、いつしか人間を食べていた記憶もなくなりました。爪を伸ばせたり、世界をまたぐ力を持っていたり、人間と言葉を交わせるのは、ぼくや兄上の血筋だけです」


 なるほど、バケモノは遠い場所に大勢いるが、こっちの世界に来られるのはこいつらだけ、ということか。

 近くに大勢いないことは幸運だが、こいつらに出会ってしまったのは不運だな、とぼんやり思った。


「ぼくたちの世界は、いままでずっと、争いとは無縁の平和な世界だったんです。しかし、王位継承争い起こりました。王には三人の子がいます。兄と、姉と、ぼくです。今までの慣例に従えば、第一子の兄が次の王になるのですが、あの悪魔が…………」


 王というのは、たしか南蛮の方の天子(てんし)様(※天皇)のような方を指す言葉だと聞いたことがある。

 要するに、こいつらは王の子供で、子供三人で次の王位を争っている、ということか。なるほどな、古今東西、どこにでもある話だ。

 バケモノでも人間でも、どこも似たようなものだな。


「姉は、ぼくたち兄弟を殺して、自分が王になろうとしています。兄の傷は姉の仕業です。ぼくが姉に殺されそうになったとき、兄がぼくをかばって傷を負いました。兄は世界をまたぐ力を使って、こちらの世界に逃げてきました」


 こちらの世界、というのがわからないが、とにかく遠くから来たというのは理解した。

 つまり、こいつらには帰る場所があるということか。


「姉は小さい頃に、迷い込んだ人間を食べたことがあり、そこから人間の味にやみつきになったそうです。姉の力は弱く、数年に一度、短時間しか世界を渡れません。しかし王位が継承されれば、いつでも世界を渡れるほどの力を得ることができます。多くの人間が犠牲になり、それが姉の仕業だって知られたら、また戦争になって多くの命が失われます」


 姉は人間を食べる。こいつはそれを非難している。

 ということは、こいつらは人間を食べることに否定的なのか。

 それが知れただけでも万々歳だ。

 つまり、俺は助かる可能性が高い。


「ぼくは王の器じゃありません。兄上は賢くて、勇敢で、優しくて……だから兄上が王にならなきゃダメなのに、それなのに…………」

「で、それを聞かせて、どうしろって言うんだ」


 なんとか言葉を絞り出した。


 こいつらには俺を殺すつもりはない。

 だとしても、バケモノには変わりない。

 俺の命は依然として危ういままだ。


 ユノはおそるおそるといった様子で言った。


「兄に血を分けてもらえませんか。兄の体力が回復すれば、世界をわたる力が戻って、ぼくたちはもとの世界に帰ることができます。ぼくの力は弱くて不安定で、世界をわたるだけの力がまだないんです。兄と一緒じゃないと元の世界に戻れないし、もとの世界に戻れないと、このままじゃ姉が王になってしまいます。ほんの少しでいいんです……」


 ああ、やっぱりバケモノはバケモノか。

 俺は一歩下がってユノと距離を取る。


「血を分けろ、だって? 男の言う『ほんの少し』なんて信用できるか。昨日は『部屋の隅を貸せ』で、今日は『血をくれ』か。明日は『魂を寄越せ』って言うんじゃないだろうな」

「ほんとうに、これが最後のお願いです。このままでは姉が王になってしまいます。そうすると、近いうちに戦争になります。兄が必ず王になり、平和を維持すると誓います」

「知るかそんなこと」


 俺が吐き捨てるように返事すると、ユノが右手を突き出した。


 その五本の爪は長く伸び、鋭く尖った先がすべて俺の方を向く。


「あなたに聞いているのは、血を渡すか渡さないかではありません。血を分けるか、血を奪われるか、です」

「命の恩人を脅すのか」

「ぼくだってこんなこと言いたくありません! でも、こうするしか、方法がないんです……!」

「交渉が下手だな。たしかに、お前は上に立つ器じゃない」

「わかってますよ! でも兄上が動けないいま、ぼくが何とかするしかないんです!」


 ユノは震える声で叫んだ。目には涙がにじんでいる。


 事情はだいたい理解したが、俺が助けなければならない理由はない。

 これ以上関わると、命がいくつあっても足りない。


 俺は素直に逃げることにした。

 山まで五十歩。全力で走れば子供の足では追いつくまい。山に入ってしまえばこっちのもんだ。昨日の様子では山に慣れていないのは明白。逃げ切れる見込みは高い。


 ユノを見たまま、ゆっくりと一歩足を引いた。

 あと一歩下がったら、後ろに走り出そう。


 俺が足を動かそうとしたその時、ユノの後ろの戸がガラッと音を立てて開いた。

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