第2話 心停止から
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『アクマ は タオれて しまった。
シイン は テイエイヨウ に よる シンテイシ。
シーワード を エラんで フッカツ しよう!』
『ボウソウ・テイシ・ヘンカン』
さっきまでの苦痛が、熱が消えた。
それは蝋燭の火を吹き消したかのように跡形もなく。
残ったのは酷い疲れと虚無感だった。
まるで自分の身体が自分の物じゃ無くなったかのような変な気分だ。
俺はただ、カラフルな骸骨がクルクルと回っている様子を見上げて呆然とした。
あいも変わらずBGMがズレてる。
でもそれが良い。
慣れた音楽が今の俺を癒してくれる。
(あ、え…どうしよう?
また来ちゃった)
少女の声が聞こえる。
しかし、それに反応するのも億劫だ。
今はただ、何も考えずにリズムのズレた曲を聴いていたいよ。
(さっきのは…夢だったのかな?
夢、夢かぁ…
久しぶりに痛くなかったなぁ)
そういえば、何故俺はあんなに苦しむハメになったのだろうか。
そもそも俺は何で病院になんか…あぁ、そうか。
労働のきつさ、お茶の味、叫び声、そして…頭の痛み。
病院に居た理由は分かった。
(でも、先生達が慌ててたから。
きっと…)
でもそれじゃ、別の名前で呼ばれるのはおかしいよな?
俺の名前にカナなんてないし。
もしかして…
(良くない事だったのかな?
それじゃ、悪い夢?)
そう、悪い夢だったのかもしれない。
頭に落ちてきたから気絶したのだろう。
あれはその時の夢に違いない。
…激痛を感じる夢ってなんです?
もしかして、俺の身体って命の危機に瀕しているんじゃ?
脳が死にそうな身体とリンクして激痛を感じる夢を見せたのかな?
嫌だなぁ、死にたくない。
もっとやりたいゲームがあるのに。
(この3つから選んだら…
また痛くない夢を見れるかな?
続きも気になる!)
………はぁ!?
選ぶな!
続かなくて良い!
激痛だったんだぞ!
言葉も話せない、身体も動かない!
なんで続きを求めるんだ!?
そもそもお前は誰なんだ!?
(ボウソウは………この前、あけみちゃんがなってた病気?
それじゃ、違うかな。
テイシは………止まれだっけ?
ヘンカンは………ゆうくんの病気かな?
………病気になるより止まった方が良いよね?)
嫌だ!
止めろ!
痛いのは嫌だ!
苦しいのは嫌だ!
あんな夢なんて続くな!
(そういえばお姉さんが言ってた。
パソコンのヘンカンが大変だって。
それじゃ病気じゃないのかな?
私もパソコンを扱ってみたいなぁ)
俺は何も悪い事してないじゃん!
なんだよ…なんだよ、なんだよ!
何で痛い目に遭わなくちゃいけないんだ!
僕はただのゲームオタクじゃん!
あんな激痛で責めなくていいじゃん!
もうヤダ…
(ヘンカンを選びます!)
嫌だぁぁぁ!
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「ッカハ!」
俺はまたもや叫びながら目を覚ました。
声にはならなかったけれど。
体は絶えず痛みが走り、熱っぽい。
さっきよりは弱くなってるけど。
高熱を出した時の節々の痛さ、みたいな?
首の違和感が酷い。
全身が痛くて暑くて、それなのにどこか冷たい。
部屋は変わってないけれど人が増えた。
「カナちゃん!?
…あぁ、良かった!
生きてるわ!
ちゃんと生きてる!」
(ママ!
パパ!)
泣きながら俺に覆いかぶさってくるスーツ姿の若い女性。
良かったと言いながら抱き締めてくるが俺はこの人を知らない。
近くには驚いた様子の金髪外人の大柄な男性。
驚きで固まっていたが次第に泣きながら嬉しそうな眼差しを向けてくるが俺はこの人を知らない。
少女の声も聞こえたが知らない、俺は何も知らない。
それより首から変な音が聞こえてくるんですが!?
看護師のお姉さんが顔色を変えて壁に付いてるボタンを押して叫んでいる。
早口だったのと内容が難しくて聞き取れなかった。
「せ、先生を呼んできます!」
そう叫んで病室から走って出て行った。
そうか、医者なら今の俺の状況も教えてくれるよな。
俺は絶えず咳が出てくる。
首が引き攣るような痒いような違和感が続く。
「カナちゃん、苦しいわよね。
もう少しの辛抱だからね」
(ううん、ママ。
カナ、苦しくないよ?)
俺が苦しいんですが!?
本当に俺はどうなったんだよ?
頭の中で少女の声が響いてくるし。
若い女性が俺から少し離れて椅子に座り直すと悲痛な顔をして手を握りながら優しく頭を撫でてくる。
止めて下さい。
知らない人から手を握られるのも頭を撫でられるのも怖いだけです。
止めて下さい。
そう言いたいのに出るのは咳だけ。
もどかしい。
気になるのは自分の腕の細さだ。
まるで枯れ枝みたいに痩せ細っていた。
「ぁら…」
(ママ!?)
え!?
若い女性が椅子から倒れた!
男性が倒れた女性に駆け寄って来る。
俺にはベッドに遮られて見えなかったが、男性は壁のボタンを押すとボソボソっと話した。
声ちっさ!
この距離で聞こえないんだが!?
頭の中ではママ、ママと泣き叫ぶ少女の声が響く。
「ぅ……ぃ」
だから気付かなかった。
女性が倒れてから身体の痛みも熱っぽさも首の違和感さえも全て無くなった事を。
掠れてはいたけれど咳じゃなく、言葉が出た事を。
俺も男性も気付かなかった。
それから、高齢の医者と複数の看護師達が血相を変えて病室に駆け込んできた。
(先生、ママが!
ママが倒れたの!)
頭の中で少女が叫ぶが医者には聞こえるはずもなく、医者は俺達の所まで来るとすぐに倒れた女性を看護師に運ばせて外人男性を部屋から退出させると俺を触診し始めた。
他の看護師が首の辺りを触ってくすぐったい。
思わず笑ったら全員からギョッとした様子で固まった。
「いや、俺にしては随分と可愛い…え!?
なんで?
俺の声じゃない!」
「…ウソ」
誰かがポツリと言った。
首を触っていた看護師の人が恐る恐る首から包帯を取っていく。
「…!?
せ、先生…これ」
「何!?
どうしたの!?」
包帯を取った人が驚いた様子で俺の首を指差す。
思わず聞いたが無視され先生と呼ばれた高齢の医者が首を触ってくる。
思わずまた笑ってしまった。
「これは…塞がってる?
それにこんな綺麗に…
一体どうして?」
その後も全身隈なく触られたり機械を使ったりして調べられた。
俺は随分と痩せ細っていた。
それだけじゃない。
背が縮んでるとか、可愛らしいピンクの甚平を着せられてたとかもあるけれど。
俺の身体が幼い女の子の体に変わっていた。