変わりゆくもの
近所の林が開発されて住宅地になるらしい。
昔は生贄を求める神がいたという伝説のある森だったが、今はそんな神秘性などどこにもなく、少しづつ小さくなっていって今度こそ残りの緑もなくなってしまう。
昔は冬いちごがたくさん取れてジャムやジュースにしたものだが、道路がそばを通る現状では、美味しい冬いちごなど夢のまた夢というものだろう。
それでも子供の頃、遊んだ思い出の場所がなくなるという事で、休日に林の中まで入ってみる。
木々が音を吸収でもするのか、街のそばとは思えないほど静かでひんやりとしていた。
さく、さく、と落ち葉を踏みながら歩いて行くと、少し開けた場所に出る。
足元には葉影に隠れて冬いちご。
今ではもう誰も食べないそれが、人の事など興味などないとでも言いたげに赤く輝いている。
その艶めいた美しさがつんと澄ましているかのようで、なんだか少し微笑ましい。
「あきか?」
ふいに声をかけられて振り向くと、そこには髪の長い美しい男が立っていた。
そのあまりの美貌に気を取られ、返事をしないままでいると、男は1人で納得したように呟く。
「いや……違うな。似ているが違う。お前は誰だ?」
「わたし、は……」
失礼な物言いにもなぜか腹が立たない。
男がまた先に答えを出した。
「あきの身内か?」
「あき、あきはわたしのおばあちゃんだけど……」
男が苦笑する。
「そうか、そうだな。こんなところに来るわけもないか」
そして次の瞬間、風が強く吹いた。
驚いて目を閉じ、開くともうそこには誰もいない。
夢だったのだろうか。
そう思いながら家へ戻る。
途中から祖母のことが気にかかり急ぎ足になったが、家にいた祖母は笑って出迎えてくれた。
「どうしたの、かなちゃん。何かあった?」
「ううん、なんでも……なんでもないよ、おばあちゃん」
「そう」
やけに機嫌のいい様子の祖母に、香苗は不安になって聞いてみる。
「おばあちゃんは? 何もなかった?」
振り向いた祖母は嬉しそうに微笑んだ。
「懐かしい人にあったのよ、さっき」
懐かしい人。
さっきの人と関係があるのだろうか。
そう思いながら、香苗はそれを祖母に聞くことはなかった。
その夜、香苗は夢を見た。
若返った祖母が龍とともに家から出て行く。
『これから世界中を見て回るわ』
そう言って。
幸せそうな、嬉しそうな祖母と龍に、香苗は夢の中でも何も言えなかった。
白く美しい龍の背で笑う祖母。
龍の頭には緑の葉と赤い実の美しい冠がきらめいていた。
ー終ー