表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

池の白へび

 あきが驚いて下を見ると、そこには小さな白いへびがいた。


 あきがぽかんとして口をきけずにいると、へびはさらに声をかけてくる。


「どうした子供。もしかして話せないのか?」


「ええと……」


 あきはへびのそばでしゃがみ込んだ。


「へびさん?」


「そうだ」


「話してるのはへびさんなの?」


「ああ。わかったらそこから離れなさい。小さな池でも水は冷たく深い」


 あきは大人しく池から離れた。


「人間の子供が、こんなところで1人で何をしている? 大人は一緒ではないのか?」


 へびはちろちろとピンクの舌を出しながらそう言った。

 肌の色は不思議に光る白、目は冬いちごのようなおいしそうな赤。

 細くて小さな体は可愛らしい。


「1人で来たの。冬いちごを摘みに」


「冬いちご。あれなら森の入り口近くにあるだろう」


「道を間違えたみたい」


「ふむ。落ち葉が積もって道を見落としたのかな。どれ、案内してやろう」


「よろしくお願いします」


 あきがぺこりと頭を下げると、へびはするすると這っていった。







 しばらくへびの後ろをついて行って、あきは退屈したのでへびに話しかけてみる事にした。


「へびさん、へびさん」


「どうした」


「わたし、おしゃべりできるへびって初めて」


「そうか」


「他のへびさんもおしゃべりできるの?」


「いや、普通は……できない。我の家族はできたが、みなもうここにはいない」


「へびさん1人?」


「そうだ」


「さみしくない? わたし、毎日来てあげようか?」


 するとへびは小さく笑った。


「そのような約束をするものではないよ。相手が本気にしたらどうするね? 毎日などと、お前にも人として暮らす仕事があるだろう」


「うん……でも、誰もいないのはさみしいよ」


 大姉ちゃんが結婚するまでは、まだ学校に行っていないあきの面倒は、たいてい大姉ちゃんが見てくれた。

 歌を教えてくれたのも、昼寝で添い寝をしてくれたのも大姉ちゃんだった。

 今は、忙しい畑仕事の邪魔をしないように家の中で1人、人形遊びをしている。


「そうか……そうだな、さみしいな。だがあの池はもうすぐ枯れてしまうからな。来てももう何もない」


「池が枯れるの?」


「ああ」


「でもあそこはへびさんのおうちじゃないの? 枯れたらどうするの?」


「そしたら……どうなるんだろうなあ」


「へびさんの家族は? お母さんやお姉ちゃんは?」


「いないよ。みんなもう龍になって天界へ行ってしまった」


「龍? へびさんは龍なの?」


「龍になるはずだったんだ」


「なれないの?」


「人が捧げ物をやめてしまったからな」


「捧げ物って、生贄?」


 へびは前を進みながら声を上げて笑う。


「ああそうだ。我の兄は生贄に村の娘をもらって天へ昇った。それから村人は池の主は恐ろしい神だと言うようになったな」


「生贄って、へびさんは人を食べるの?」


「どう思う?」


「う──ん、へびさんは食べないと思う」


「なぜそう思う?」


「へびさんの目はおいしそうだから! きっとへびさんは見つかったら食べられちゃうよ!」


「そうか。では気をつけねばならんな」


 へびはまだ笑っていた。なんだかそれがとても楽しそうで、あきはなんだか嬉しいような、悲しいような気分になった。

 大姉ちゃんが家に戻ってくると、あきはいつもいっぱい喋っていっぱい笑う。

 へびは自分と同じだと、そう思った。

 そして、池が枯れてしまったらどうなるのか、へびが答えていないことに気がついた。


 へびは突然くるりと振り向いた。


「さあ、あそこに冬いちごがある。集めてきたらもう帰りなさい。そしてもうここへ来てはいけないよ。池が枯れてしまえば、ここはただの森になる。そうしたら、どんな悪いものがやってくるかわからないからな」


「もう来ちゃダメなの?」


「ああ」


「池が枯れるから?」


「そうだ」


「大人のひとに言って、枯れないようにしてもらえば大丈夫?」


「もう遅い。あの池はいつ枯れてもおかしくないからな。だが今日は平気だろう。さあ、早く摘んでおいで」


 言われて、あきはへびのそばを離れた。

 目の前には赤いつやつやとした冬いちごが、大きな葉の下にたくさんなっている。

 でももう、その赤に心は踊らなかった。






 

 籠に布を敷いて、その半分ほどに冬いちごを摘んで。

 この森に入れなくなるなら、これが最後の冬いちごになるかもしれない、とあきは思った。


 顔を上げると、へびはこちらを優しく見守っている。


 ずっと1人だったのだろうか、とふと思った。

 あの池のそばで、お兄さんが龍になって天へ行ってしまってから、ずっと。

 あきがここへ冬いちごを摘みに来た最初の冬も、その次も。


 足元を見て、辺りを見回して、そしてあきは忙しく動き出した。




 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ