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「お前は自分のプレゼントがリコリスの手に残って満足だろうが、リコリスの気持ちはどうだ? どうせ、リコリスに理由を説明したりもしなかったんだろ? 婚約者の自分へのプレゼントと同じ物を妹が受け取っているのを見て、リコリスがなんとも思わないとでも?」


 ヒューゴが冷めた声で煽るように言う。

 ロベルトはヒューゴを睨み返しながらも、少しばつが悪そうな顔をしていた。


「……不安にさせたのは申し訳ないと思っている。ふたりで会うときも部屋には誰かしらがいて、リコリスに伝えられるタイミングがなかった……手紙も伯爵夫人が先に開封して中身を見ると聞いていたから、余計なことをしたら逆効果だと思ったんだ」

「申し訳ないと思ってる、ね。お前みたいな言い訳しかしない奴は口で謝るだけで、何度も同じことを繰り返すだろうな、きっと」


 ヒューゴは皮肉っぽい笑みを浮かべてそう吐き捨てた。

 そして、ゆっくりとリコリスの方へと視線を向ける。

 金色の瞳が真っ直ぐにリコリスを見つめ、リコリスは戸惑いながらその瞳を見つめ返した。


「リコリス、お前はどう思う?」

「……え? ど、どうって……」

「本当にこいつと結婚するのか? それとも、俺と?」

「ヒューゴ・テランド!!」


 ロベルトがダンッとテーブルに手をついて立ち上がる。

 初めて聞いたロベルトの大きな声に、リコリスだけでなくウィンター伯爵家の全員が目を丸くしていた。


 ロベルトとヒューゴが無言で睨み合う。

 ピリピリとした緊張感のある雰囲気にリコリスが息を呑んだところで、ふたりの視線が同時にリコリスを捉えた。


(え……)


「リコリス、お前はこのまま俺と結婚するんだよな?」

「お前との結婚なんて白紙にして俺と結婚するに決まってるだろ。な、リコリス?」

「リコリス?」

「リコリス?」


 ふたりの男から問い詰められて、リコリスの頭の中は真っ白だった。

 婚約者の男と、婚約者になるはずだった男。社交界で若い女性に人気のふたりが、なぜかどちらもリコリスに求婚している。

 

「っ……どうしてこんなことになってるの!? これじゃあ私があまり物みたいじゃない!!」

「あまり物みたいじゃなくて、実際お前はあまり物なんだよ。まあ、今からでも新しい婚約者を探せばいいんじゃないか? 性格が悪くても若けりゃ誰でもいいって言う好色なオヤジもいるからな」

「そんな……!!」


 テーブルに伏せるようにして、マーガレットが泣き出した。今回は嘘泣きではなく、本当に泣いているようだ。

 母はすぐにマーガレットに駆け寄って、宥めるようにその背を撫でている。

 いつもと違って、リコリスはその光景を見ても悲しくならなかった。それどころではなかったからかもしれない。


「ふ、ふたりとも落ち着いてくれないか。マーガレットが一番悪いのはわかっているが、しかし……その……」

「俺は婚約者のリコリスに愛を伝えているだけです。何の問題もないでしょう?」

「俺だって、あなたの娘に婚約破棄して婚約者を入れ替えたいと言われたから、それに乗っているだけです」

「いや、あの、それは……」


 父は狼狽えたように視線を泳がせている。顔からはだらだらと冷や汗が流れていた。

 再び、ロベルトとヒューゴの視線がリコリスへと向けられ、リコリスの肩がびくっと跳ねる。


「リコリス、どっちがいいんだ?」

「リコリス、俺と結婚するんだよな?」


 笑っているのに、ふたりの目はぎらぎらとしていて怖かった。


(どうしてこんなことに……)


 図らずも、先ほどのマーガレットの絶叫と同じ言葉がリコリスの頭に浮かぶ。

 その合間にも、ロベルトとヒューゴはじっとリコリスを射抜くように見つめていた。


「わ、私は……」


 リコリスは胸の前で震える両手をぎゅっと握り締める。

 心臓がばくばくと音を立てて、いまにも爆発してしまいそうだった。


 極度の緊張と、恐怖と、迷い。

 終いには息を吸うのさえ苦しくなって、そして──リコリスはその場にくらりと倒れた。


 意識を失う寸前、「リコリス!」とふたりが自分の名を叫ぶのが聞こえたような気がした。


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