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 ◇◆◇◆◇



 リコリスは突然のマーガレットの我が儘に、軽い目眩を覚えた。

 一度フォークとナイフを置き、震える手でグラスに注がれたワインに口をつける。


(いまさら、()()婚約者を交換したいだなんて……)


 長い時間をかけて、ヒューゴを諦めた。

 同時に、ロベルトと少しずつ仲を深めてきた。


 なのに──……


「マーガレット! お前、なにを馬鹿なことを言ってるんだ!?」

「お父様……だって私、ヒューゴよりもロベルトとの方が気が合う気がして……」

「気が合うとかそういう問題じゃないだろう! ヒューゴの前でよくもそんな──」

「俺は構いませんよ」


 その淡々とした言葉に、父の怒号がぷつりと途切れた。

 家族全員とロベルトの視線がヒューゴへと集まる。

 ヒューゴは優雅にワインを飲み干し、ニヤリと不敵に笑った。


「お嬢さんは俺との婚約を破棄したいということですよね? 構いませんよ。俺もマーガレットとは気が合わないと思っていましたから」

「し、しかし……」

「そうよね。もともとヒューゴはリコリスと結婚するはずだったんですもの。やっぱり最初の組み合わせが一番良かったのかもしれないわ」


 狼狽えた様子の父とは対照的に、母はゆったりと笑っていた。

 自分によく似たマーガレットが希望通りの幸せな人生を歩むことが、母の幸せなのかもしれない。

 母の視線がロベルトへと向けられる。


「ロベルトはどうかしら? あなたが婚約者をマーガレットに変えても構わないと言ってくれるなら、話は丸く収まるのだけれど」


 リコリスの意見など聞く気のない母の言葉に、リコリスは傷付いた。

 けれど、いまはそれどころではない。

 リコリスはおそるおそる隣のロベルトを見つめる。


 食事の手を止めていままでのやりとりを静観していたロベルトは、涼しい表情のままだった。

 紫色の瞳が一瞬ちらりとリコリスを見て、またすぐに前を見据える。


「マーガレットはヒューゴとの婚約を破棄するということですか」

「そ、それは……」

「ええ」


 父の声をかき消すように、マーガレットが朗らかな声で頷く。

 そして、同調するようにヒューゴも冷やかな声で言う。


「当然だ。仕方なく来てやった祝いの席で『他の男の方が良い』と言われたんだぞ? そんな女と結婚したいなんて、誰も思わないだろ。俺も、もちろん俺の父上も」

「っ……!」


 父の表情がサッと青ざめた。

 しかし、ことの重大さをわかっていないのか、その合間にもマーガレットと母は楽し気に会話を続けている。


「昔はロベルトのことがよくわからなくて婚約の話を断ってしまったけど、きっと私が子どもだったのね。いまならわかるわ、ロベルトが素敵な殿方だって」

「仕方ないわ。子どもの時の恋愛なんて、おままごとみたいなものだもの。年齢を重ねて初めてわかるものもあるわ。ロベルトもそうじゃなくって?」

「……さぁ、どうでしょう」


 答えたロベルトの声は冷めていた……ような気がする。

 しかし、本当のところはリコリスにもわからない。

 婚約者のリコリスに贈った物とまったく同じ物をマーガレットにプレゼントするロベルトの気持ちなんて、リコリスにはわからない。わかりたくもない。


(こわい……)


 リコリスは俯いて、ギュッと手を握り締める。

 二度目だからこんなにも怖いのだろうか。

 それとも──


「ねぇ、ロベルト。私と結婚してちょうだい?」


 蜂蜜のように甘ったるい声で、マーガレットがロベルトにねだった。

 顔なんて見なくてもわかる。きっと、天使みたいに愛らしく微笑んでいるのだろう。


 心臓がどくどくと嫌な音を立てる。

 この場から逃げ出したい──……そんな気持ちをこらえながら、リコリスは死刑宣告を待つ罪人のような気分でロベルトの答えを待った。


 隣から微かに小さな笑い声が漏れ、すぐに冷やかな声が続く。


「──嫌に決まっているだろう。この恥知らず」

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