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「なんで婚約者を入れ替えても良いなんて言ったんだっ! 俺はお前と婚約するはずだったのに!!」


 金色の瞳が怒りに燃えていた。

 ヒューゴのその剣幕にリコリスはビクッと肩を跳ねさせ、一歩たじろぐ。

 初めて見るヒューゴの怒りにリコリスはどうしていいのかわからず、胸の前でぎゅっと手を握った。




 十三歳の春、リコリスはロベルトとの婚約が決まり、マーガレットはヒューゴとの婚約が決まった。本来は逆の相手と婚約するはずだったが、マーガレットのわがままが通ったのだ。


 フリーデル侯爵もテランド伯爵も、息子の婚約者になる相手が予定と変わることにさほど難色を示さなかった。

 息子の結婚相手がウィンター伯爵家の双子の姉の方か、妹の方かなんて、彼らにとってはどうでもいい違いだったのだろう。


 ──だが、ただひとり、その婚約を最後まで拒んだ者がいた。


 正式な婚約が結ばれた数日後、ヒューゴがウィンター伯爵家にやってきた。

 彼は婚約者となったマーガレットの元に向かうのではなく、庭にいたリコリスのもとを訪れ、そして冒頭のセリフを叫んだのだ。




「ヒュ、ヒューゴ……」

「俺はお前と結婚したかったのに!! お前だってそう思ってくれてたんじゃないのか!?」

「それは……」


 リコリスは言葉に詰まる。

 もちろんリコリスだってヒューゴと婚約したかった。

 ヒューゴが婿に来てくれたら、自分の家が好きになれると思った。


 でも──……


「…………ごめんなさい、わたし……わたしが……」


 ヒューゴの燃えるような瞳を見ていられず、リコリスは俯く。


「……私が、よわいから……」


 もし、マーガレットと母がなんと言おうと、リコリスがヒューゴと婚約したいと言い張っていたら、なにか変わったのだろうか。

 あのとき諦めなかったら、ヒューゴは今日も笑顔でリコリスの前に現れたのだろうか。


 ……しかし、リコリスの心はとっくの昔に折れてしまっていた。

 怒ることにも悲しむことにも疲れ果てて、作り笑いですべてを受け流すのが当たり前になっていた。

 それが結果的に自分の首を絞めていると頭ではわかっていても、心の折れてしまった自分ではどうすることもできなかった。


「なんだよ、それ……」


 ヒューゴは力の抜けた声で言って、唇の端を引きつらせた。


「……そんなこと言われるくらいなら、俺のことが本当は嫌いだったって言われた方が、ずっとマシだ……」

「ヒューゴ……」


 悔しそうに呟いたヒューゴの目に涙が溜まって、きらきらと光った。

 初めて見るヒューゴの涙に、リコリスの心臓はどきりとする。

 ヒューゴは涙が零れ落ちそうになるのを堪えながら、睨むようにリコリスを見た。


「リコリス、俺は──」


 なにかを言いかけたヒューゴだったが、その声は途中でぴたりと途切れた。

 その視線は先ほどよりも鋭さを増して、リコリスの背後を冷たい目で睨んでいる。

 何事かとリコリスが呆気に取られていると、突如その場に第三者の声が響いた。


「俺の婚約者になんの用だ?」


 あまり聞き覚えのない、けれどなんとなく知っているような気がする──そんな少年の声だった。

 ヒューゴがチッと小さく舌打ちをする。


「ロベルト……」

「ロベルト……?」


 ヒューゴが口にした名に、リコリスはおずおずと後ろを振り返る。

 すると、そこにはヒューゴの言った通り、リコリスの婚約者となったばかりのロベルト・フリーデルが立っていた。



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