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「誕生日おめでとう、リコリス」

「ありがとう、ロベルト」


 リコリスは婚約者であるロベルトからの花束とプレゼントを受け取り、穏やかに微笑む。


 ロベルトの腕にはリコリスが受け取ったのとまったく同じ花束とプレゼントがもうひとつ抱えられたままだったが、それは気にしない。ロベルトが無表情なことも、声の抑揚がほとんどないことも、気にしない。

 すべていつものことだからだ。それを気にしていちいち傷付くのに、リコリスはもう疲れていた。


「開けてもいい?」

「ああ」


 了解を得てからプレゼントの包装を解き、現れたジュエリーケースを開けると──その中にはネックレスが入っていた。繊細な作りの、小ぶりで綺麗な宝石があしらわれた可愛らしいネックレスだ。


「ありがとう。とてもうれしいです」


 心からの言葉だった。

 ロベルトはプレゼントの趣味はいい。特になにも聞かれていないが、彼は毎年リコリスが喜ぶものを見つけて贈ってくれる。


(私のために、なのかはわからないけど……)


 そんな自嘲的な言葉が頭に浮かんだ直後、背後から「ロベルト!」と愛らしい声が聞こえてきた。

 振り向かなくてもわかる。

 リコリスの双子の妹──マーガレットのお出ましである。


 マーガレットは軽やかな足取りでホールの階段を下りてくると、リコリスの隣に並んでにっこりと笑った。


「今日は私の誕生日会に来てくれてありがとう」


(私の、じゃなくて、私たちの、でしょ)


 ……という文句は飲み込んだ。

 言ったところでどうせ、「ただの言い間違いなのに、リコリスは神経質で心が狭いのね」なんて言われてこっちが悪者にされるのはいままでの経験上目に見えている。

 それに、母に告げ口でもされて、無駄に怒られるのにもうんざりだった。


「……誕生日おめでとう」

「まあ、ありがとう。プレゼントはいま開けてもいいのかしら?」

「好きにすればいい」


 ロベルトからプレゼントを手渡されたマーガレットが、もったいぶるようにゆっくりとプレゼントの包装を解く。

 現れたのは、リコリスがもらったのとまったく同じネックレスだった。


「すごく綺麗……あら、今年もリコリスと同じものなのね」


 マーガレットは目を細めて笑いながら、リコリスと目を合わせた。

 暗に『自分は婚約者でもないのに、婚約者のお前と同じ物をもらえている』と主張したいのだろう。


 これも毎年のことなので、リコリスはもうどうでもよかった。

 最初の頃はロベルトも、婚約者のリコリスにだけ特別なプレゼントを用意してくれていた。

 しかし、四年ほど前からなぜか、マーガレットにもリコリスと同じプレゼントを渡すようになった。

 理由はわからないし、尋ねたこともない。

 わざわざ答えを聞いて傷付くのが、リコリスは怖かった。


 ただ、マーガレットにプレゼントを渡すときのロベルトの表情が冷ややかに見えることだけが、リコリスの救いだった。

 きっと勘違いだろう。

 それでも、そう思い込んでいる方が幸せだ。






 今日はウィンター伯爵家の双子の姉妹、リコリスとマーガレットの十八歳の誕生日。

 伯爵家ではふたりの婚約者を招いて、身内だけの誕生日会が行われていた。

 ……といっても、いつもより少し豪勢な食事会といった、フランクな雰囲気の誕生日会だ。


「ヒューゴ、最近騎士の仕事はどうだ?」


 父がマーガレットの婚約者であるヒューゴにそう尋ねた。

 ワインを飲んでいたヒューゴは、どこかつまらなそうな表情で淡々と答える。


「特に変わりはないです」

「そ、そうか……」

「…………」


 父は苦笑いを浮かべる。

 ヒューゴの隣のマーガレットも表情を曇らせ、皿に盛られたサラダを睨むように見下ろしていた。


 ヒューゴはテランド伯爵家の次男で、現在は王宮に勤める騎士である。

 幼い頃のヒューゴは明るくて、活発で、みんなの人気者だった。いや、リコリスとマーガレットの前以外ではいまもきっとそうなのだろう。


 十三歳の頃、あることがあってからヒューゴはリコリスとマーガレットに冷たくなってしまった。それは、五年たったいまでも変わらない。


 あの日、目に涙を溜めながら怒っていたヒューゴのことを思い出すと、リコリスはいまでも胸が苦しくなる。

 けれど、あのときも、いまも、リコリスはどうするべきだったのかわからなかった。


 気付けば室内が気まずい沈黙に包まれており、客人であるロベルトとヒューゴだけが黙々と食事を続けていた。

 その静寂を拒むように、母は引きつった笑みを浮かべながらロベルトへと話しかける。


「ロ、ロベルトはどうなの? 王太子の補佐だから、毎日大変でしょう?」

「普通です」

「そ、そうなの……」


 にべもない返事をされ、母はどこかしゅんとしていた。

 それを気にした様子もなく、ロベルトはスープを口に運んでいる。


 ロベルトに関しては、特に喧嘩をしているとか、仲が悪いとか、そういうわけではない。この冷たいほどに無愛想な態度が、彼の素だった。


 ロベルトはフリーデル侯爵家の長男で、いまは王宮で王太子の補佐のひとりとして働いている。いわばエリート中のエリートだ。

 昔から頭が良くて、本ばかり読んでいる男の子だった。ただ、その分いまも他人に興味がないらしく、コミュニケーション能力は著しく乏しい。

 婚約者であるリコリスも、ロベルトとの会話が弾んだことはあまりなかった。

 しかし、リコリスとふたりきりのときはもう少し喋る。いまも緊張しているようには見えないので、大勢の前で喋りたくないだけなのかもしれない。


(なんでこのふたりを呼んだんだろ……)


 別に誕生日会なんて家族だけでよかった。こんな空気になるくらいなら、婚約者だからといって無理にふたりを招くこともなかっただろう。


 しかし、ここ数年は毎回マーガレットがどうしてもとロベルトを招きたがった。

 となれば、当然マーガレットの婚約者であるヒューゴも呼ばざるを得ない。


 そうして、今年も地獄の誕生日会がはじまってしまった。


「大変なお仕事を『普通』だなんて……ロベルトは優秀なのね」


 マーガレットはうっとりと微笑んだ。

 どう考えたらそうなるのかと、リコリスは少し呆れてしまったが、「そうね」と母も明るく頷いていた。

 そんなマーガレットと母に苦笑しつつ、父はリコリスへと明るい声をかけてくる。


「よかったな、リコリス。優秀な婚約者を持てて、お前も鼻が高いだろう」

「は、はい……」


 リコリスはそんなことよりも、この気まずい誕生日会を早く終わらせてほしかった。ステーキを切り分ける手の動きが無意識に早まる。


 ──ちょうどそんなときだ。

 向かいの席から、やけに甘い、拗ねた声が聞こえた。

 

「私、やっぱりロベルトと結婚したいわ」


 肉を切り分けていた手元のナイフが皿にあたって、カチャンと甲高い音を立てた。

 向かいから発せられた双子の妹の無邪気な言葉の意味が、リコリスには理解できなかった。いや、理解したくなかっただけかもしれない。


 リコリスがおずおずと顔を上げると、双子の妹のマーガレットが天使のように明るく微笑んでいた。

 周囲を掌握する、悪魔の微笑みだ。

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