表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

おじいちゃん

 果てなく続く黒い空間。

 その中で一か所だけ、星の煌めくように明い場所。

 光に下には、一人の老人の姿が。


 ――「元茂仁 来瀬(もともに らいせ)さん」


 例のごとく、私は天から突如として姿を現し、勇者候補者の名を呼ぶ。


 おやおや、今回はおじいちゃんですね。

 となると、転生という形になりますか。

 記憶を戻しての。

 

「ようこそ死後の世界へ。私は女神アテナ――先ほど、あなたは亡くなりました。――あなたは死んだのです」

「そうか」


 軽いですねこのおじいちゃん!?

 死んだんですよ!?

 まあ、ある程度死を覚悟していたのかもしれませんね。

 かなりのお年で、病気を患っていたようですから。


 今回の死者は元茂仁 来瀬(もともに らいせ)さん80歳。

 奥さんを看取ってしばらくして同じ病気で死亡。

 2人で慎ましく、笑顔の絶えない、ラブラブ生活を送った。

 

 ――特殊な技能は――農作業とかですね。


 無理に転生させることもないですが、3歳からの記憶のアドバンテージは大きいのです。

 ここに来たということは記憶をもって転生できる魂の素質を持っているので――

 あとは本人の希望次第ですね。

 とりあえずお話を聞きましょうか。


「私はアテナ。魂を導く女神です。あなたは、異世界の勇者候補に選ばれました」

「……」

「異世界の魔王を討ち破り、平和な世界を守る勇者の候補者に選ばれたのです。勇者となる際には、魔王倒すために何か一つだけ好きなものを与えられます。伝説の武具でも、魔法の才能でも。さらに魔王を打ち倒した際には、神々が叶えられることならばなんでも一つ、願いをかなえて差し上げます」

「……」

「???」


 返事がないですね?

 しゃべり過ぎたでしょうか?

 耳は遠くなかったようですし……


 あ、そもそも勇者とか魔王とかを理解できてないですよね!?

 最近はおじいちゃんでもラノベ読んでましたから失念してました!!

 でも、魔王のせいで世界の危機――なんて同情心を煽るのも私の主義じゃないですよね……


「願いなんて……」

「はい?」

「望むことなんてなんもない。もう満足だ。お星様にでもなって、子供や孫たちの成長を見守りたい」

「そっか……ごめんね。お星様になることは、できないんだ」


 おじいちゃんはもう、生きることは望んでいないみたいです。

 だけど、お星様――天国みたいな場所に魂が行くことはない。

 すべての魂はふつう、輪廻のなかで生まれ変わるものですから。

 生まれ変わるか、生き続けるか。

 でも、私は嘘はつきたくない。


「ああいやいや、嬢ちゃん。気にする必要はねえだ。だが、わしは他の世界になんて行きとうない」

「記憶も……記憶も、消えちゃうよ?」

「思い出が薄れていくよりかは全然いい。ただ――最後に、思い出話に付き合ってもらえんじゃろうか?

婆さんのことを、誰かに知っていてほしいのじゃ」

「――いいよ。私が覚えてる」


 死んでも、人の記憶の中で生き続ける。

 別の生命に生まれ変わっても、世界に遺していくものがある。

 記憶の中で――生きた記録というか、生きた証とでもいうでしょうか。

 そういうもの、なのでしょうか。


 そしてこのおじいちゃんは、このまま新しい人生を生き続けることで、おばあちゃんの記憶が自分の中で薄れていくのを嫌がっている。

 おばあちゃんが亡くなってからの余生を、おばあちゃんとの思い出を大切にしながら、静かに生きてきたでしょう。

 だけど、転生してまったく新しい人生を送るとなると、おばあちゃんとの思い出は薄れ、例えば他の人と結婚することもあるかもしれない。

 そういうのを、おじいちゃんは恐れている。


 だから私におばあちゃんとの記憶を、生きた証を知っていてほしいと。

 ならば私は、おじいちゃんの魂が安心して生まれ変われるように、覚えていてあげるのだ。


「婆さんとは、幼馴染みだった――

いつも川へ森へ出かけて、田舎を駆け回った。

いつしかお互い同性の友達と遊ぶようになってしまって。

でもその頃からか、男女として意識するようになって。

ある日、町内の祭の日、懐かしい秘密の遊び場で偶然会って、一緒に花火を見て。

花火がなりやんで。

静寂が訪れて。

これを逃したらまた疎遠になってしまうような気がして。

思い切って告白した。

『好きだ。付き合ってくれ』って。

そしたら彼女は『待ってたよ』って言って目を瞑った。

キスをした。


それからはまた、昔の幼馴染みよりも親密で気兼ねない関係になった。

いつでも一緒に過ごした。

今思えば、デートらしいデートではなかったが、少し遠出して商店街に行ってみたり。

あの大きなたこ焼きは今でも覚えてる。

そのまま、20になった時に結婚した。

子供が2人産まれて、孫ができて。

わしらはずっとラブラブで。


愛をちゃんと表現することを、大事にしていた。

もちろん、何も言わなくても通じあっていたけれども。

口に出して、大切に。


婆さんは察しのいい人じゃった。

婆さんが死ぬ前、入院している時には、気づかれちまってたんだろうな。

毎日なんべんも『愛してる』『愛してる』って言ってくれて。

わしも『愛してる』って、後悔のないように言った。


最後に安らかな顔を見送ることができた。

いい女だった。

わしにとって、婆さんよりいい女なんて異世界にもいねえ。

わしはもう、満足だ」


「うん、ぐずっ……私は、私は忘れないからっ。どうか、どうか安らかに」


彼はそのまま輪廻に(かえ)った。

元茂仁 来瀬(もともに らいせ)

来世も共に。


ちなみにおじいちゃんは婿入りです。

理由はその方がエモいからです。

(婿は女性側の苗字に変わるから)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ