寒い冬の日の幽霊
寒い冬のある日。
俺は部屋でテレビを見ていた。
ウチは2LDKのアパートに父親と二人暮らしである。
母親は俺が小さい頃に亡くなった。
正直、顔も覚えていない。
片親だが、父さんが明るい性格のため、寂しいと思うことはあまりなかった。
しかし、父さんは仕事をしているため、一人で家にいると、ふと人恋しくなる時がある。
それが今だ。
今日は土曜日であり、父さんも普段は休みなのだが、急なトラブルが起きたらしく、今日は遅くなるからと、晩飯代千円を渡され、仕事に出掛けてしまった。
俺はやることもないし、テレビを見ながらダラダラと過ごしていたが、次第にむなしくなってきた。
よし! いつものコンビニで晩飯を買いに行こう!
俺は空虚な気持ちを切り替えるため、出掛けることにした。
行き先はバスで15分かかる隣街のコンビニである。
家の近くにもコンビニはあるが、隣街のコンビニには、好きなクラスメートがバイトをしているのだ。
偶然を装い、そこで買い物をし、会話をするのが、日課となっている。
けっして、ストーカーではない。
俺は気合いを入れ、この前、買ったオシャレな服に着替えると、髪を整えるために鏡の前に立った。
鏡には当然、自分が映っている。
だが、鏡の自分の後ろには、白い服を着た髪の長い女も映っていた。
その女は俺の後ろに立っている。
そして、目が合った。
「ヒッ!」
俺は腰を抜かし、悲鳴が口から漏れた。
俺はそのまま慌てて、後ろを見るが、誰もいない。
「え、え!? 何!?」
俺は立ち上がり、女が見えた位置まで行き、周囲を探る。
しかし、誰もいないし、何も不自然な所はなかった。
俺は気のせいかと思い、再度、髪を整えるために鏡を見た。
鏡には俺が映っている。
そして、鏡には俺の横顔をジッと見つめる先程の女が映っていた。
その女は鏡の方を向き、鏡越しに俺と目が合うと、ニヤッと笑った。
「ひ、ひぃッ……!」
俺は再び、腰を抜かし、這いつくばったまま、部屋を出た。
そして、なんとか立ち上がり、逃げるように家を飛び出した。
「ハァハァ……」
俺は道路まで出ると、アパートを見た。
女はついてきていないようだ。
「な、何だったんだ……」
俺は人が多い所まで行こうと思い、隣街のコンビニへ行くためのバス停に行くことにした。
しかし、俺はバス停の方向を向いた瞬間、目を見開いた。
目の前に先程の女が立っていたのである。
今は冬であり、雪もちらついている天候だ。
女はこんなにも寒いのに、薄着で、しかも、裸足であった。
俺はこの時初めて、この女が人間ではないと気づいた。
「ヒッ!」
俺は慌てて、バス停とは別方向に走り出した。
全速力で走っているが、あまりの恐怖に疲れは感じない。
どれくらい走ったであろうか?
気づくと、人の多い所までやってきており、人々は全速力で走っている俺を訝しげな表情で見ていた。
「ハァハァ……おぇ……」
俺の心臓はバクバクと音を立てている。
俺は女が周囲にいないことを確認すると、通行人を気にせず、その場に座り込んだ。
俺はなんとか息を整えると、ようやく冷静になってきた。
「寒い……」
全速力で走ったせいか、女のせいかはわからないが、汗が大量に出ていた。
そして、その汗のせいで、体が冷え込み始めたのだ。
俺は近くのコンビニに入り、冷えた体を落ち着かせた。
しばらく、コンビニにいたが、もう隣街のコンビニに行く気にはなれず、ここのコンビニで晩飯を買い、イートインスペースで食べることにした。
弁当を買って食べたが、正直、味はまったくわからなかった。
食べ終えた後、その場で1時間くらいは過ごしたと思う。
家に帰る気にはなれなかったが、何時間もここにいるわけにもいかず、家に帰ることにした。
家に帰る道中、父さんに何度も電話をしたが、電源が切れているらしく、繋がらなかった。
寒い夜空のもと、歩いていると、すぐに家の前に着いたが、中々、家に入る決心がつかない。
しかし、雪が降り積もってきており、気温もかなり下がっていたため、寒さに耐えきれず、家に入った。
おそるおそる家中を探ってみたが、あの女はいなかった。
俺は怖いので、自室に戻ると、風呂も入らずに、布団に潜った。
そして、気づいたら朝になっていた。
俺は夢でも見たのだろうかと思ったが、そんなわけないとすぐに否定した。
俺は自室を出ると、父さんは既に帰っていることに気がついた。
父さんは自分の部屋でゴソゴソと何かをしている。
「父さん、おはよう。何してんの?」
俺は部屋の押し入れを探っている父親に声をかけた。
「ああ、おはよう。ちょっと探し物をな。リビングに朝御飯を用意してあるから食べろ」
「あ、ああ」
俺は父さんに昨日のことを話そうと思ったが、後にしようと思い、リビングへと向かった。
リビングに着くと、テーブルには朝御飯が用意してあったので、座って食べることにした。
俺はテレビをつけ、朝御飯を食べだした。
昨日の女は、マジで何だったんだろう?
昨日はすごく恐ろしかったが、朝になり、父さんを見ると、何故か落ち着き、恐怖心がなくなっていた。
『次のニュースです』
テレビを見ると、地方ニュースをやっていた。
俺は朝御飯を食べながら、ニュースをぼーっと見る。
『昨夜、◯◯町地内でバスが横転する事故がありました。原因は路面の凍結によるもので、死者は————』
俺はそのニュースを見て、手が止まった。
何故なら、事故が起きたその時間、その場所から判断して、俺が昨日、乗る予定だったバスだったからだ。
俺は気が動転しているようで、思考がまとまらない。
「ふぅ……あった、あった」
俺がテレビをジーっと見ていると、父さんが何かを持ちながら、リビングにやってきて、それをタンスの上に置いた。
「何それ?」
「ん? ああ、写真だよ」
俺は気になったので、立ち上がり、その写真を見にいった。
「これは?」
俺は写真立てに入った写真を手に取り、父さんに聞いた。
「小さいが、これはお前だ」
その写真には、おそらく俺であろう小さい子供と母親、そして、若い父親が写っていた。
俺はほとんど思い出せなかった母親の顔に注目する。
忘れていたはずだが、見覚えがあるのだ。
具体的には昨日。
「この女の人が母さん?」
「そうだぞー。美人だろう? 昨日、夢に出てきてな。良く考えたら、写真を仕舞ったままだったから出しておこうと思って」
俺はその写真をまじまじと見続ける。
「ねえ? なんで俺の額に肉って、書いてあるの?」
「あ、ああ、母さんはものすごいイタズラ好きでな。これはまだかわいいほうで、とんでもないイタズラを良くする人だったんだ。いやー、懐かしいなー」
へー。
ほー。
なるほどー。
なるほどね…………
母さん、ありがとう………
でも、こえーよ!!