表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

6月9日-2



あと一時間もすれば白みはじめる未明の、カーテンの閉ざされた薄暗い寝室。


ベッドの端と端に座り込み向き合う男女は、口論を理由に起床も二度寝もできずにいた。




リビングから差し込む一本の太い光の線がシエラを巻き込み室内の奥まで照らす。ウィルは死角だ。


曖昧な明るさでもはっきりわかる美貌に不敵な笑みを浮かべて、彼は寝起きの女を挑発する。



「寝込みは襲わないよ。セックスするなら目覚めてる時。さっそく始める?」



シエラは強く反発した。カタキ相手からの屈辱的な言葉。こんな男に抱かれるくらいなら死を選ぶ。



怒りと興奮に頬を赤に染めて、苛立ちをぶつけるように叫んだ。



「帰って!」



どうやら酷く嫌われたらしい、とウィルは無断侵入の身でありながら肩をすくめて残念がった。憂いな眼差しを向ける。



「つれないな。まだいたいのに。女を抱きたい気分なんだ」


「恋人や愛人くらいいるんでしょ!?その人と過ごせばいい」



敵とはいえシエラの目にも美青年のウィルである。女に不自由しているとは思えない。


抱きたいのなら愛しい者の元へ早く行けばいいのだ。



けれどウィルは悲哀な瞳をさせたまま。見返すシエラが視線を背けたくなるほどに。


聞こえた声にも切なさと痛ましさを感じた。中心にいるのが第三者ならウィルに同情していたかもしれない。



「好きな人はいるよ。でもオマエを抱きたい」



ウィルは嘘をついた。愛しているのは眼前のシエラただひとり。3日前と今回の対面でさらに愛は深まった。



2年前の一目惚れから始まった感情だが、思い続けて正解だったと心から感じている。


にも関わらず愛の告白は胸に秘めた。珍しいことにその理由は自身にも判断ができていない。放任主義ゆえにいつものことと片づけた。



そんな彼にも確実に理解できる感情がある。シエラを抱きたいとの欲望。


幸いここはベッドの上。状況は整っている。不備があるとすれば相手との関係だ。




同調する気のないシエラは身の危険を察した。


悲壮美漂うウィルの表情が本心だとしても、惑わされてはいけない。発言内容、それ自体は彼の我が儘でしかないのだから。



「近寄らないで!カタキのくせに勝手なこと言わないで!」



必要以上の大声は自らを鼓舞するためでもある。先日のキスがそうであったように、ウィルの強引な言動を拒めずにいる自分がいた。




威勢のいい復讐者をウィルはフッと鼻で笑った。


カタキである自覚のない彼だが、短時間に連発されて何となく、針の穴程度には実感する。


そんな中ふと妙案を思いついた。



「カタキ……か。なら耳よりな情報を教えてあげるよ。オレは今月中に部下たちとロベリートスの屋敷に住み着いて仕事の準備を始める。長期滞在の予定だからオマエも仇討ちとやらに来るといいよ」



不利な情報のはずなのに嬉しそうに語る。シエラの存在など恐怖にも感じていないのだ。




自信を読み取ったシエラは悔しさに唇を噛みしめた。それでも有力情報であるのは事実。


この悔しさをロベリートスで晴らそうと決意し、強く頷いた。



「わかった。行って復讐してやる。アンタと部下を奈落の底へと落としてやるから!」


「頑張って。オレはオマエの肉体を奪うよ」



どうしてもウィルは彼女がご所望らしくこだわり続ける。


執拗さから本気を悟って、眼前で強姦宣告された当人は負けじと睨み返した。


レイプされた過去を持つ女だ。男たちの身勝手に屈したくなかった。



「ワタシに触れたら恋人を傷つけてやる!ワタシの大切な人たちを奪ったようにアンタの大切なものを奪ってやるから!」



本来他人を巻き込む行為に抵抗を感じるシエラだ。


だがたとえ後味の悪い結果になろうと、手前勝手だろうと己の身を守るためには犠牲が必要と覚悟を決めた。


そして直後に聞いた彼の発言から、警告が功を奏したと喜んだ。



この時点で己の敗北が確定しているなんて知る由もない。


彼の腹黒い内心を純粋なシエラが読解できるはずもなく、妥協してくれたと表面を信じるのみであった。


そもそも論としてウィルのロベリートス行きの真偽を疑問視することもないのだから。



「約束するよ。オマエの許可なしには絶対に肌を重ねない。これなら安心でしょ?来てくれるよね?」



穏やかに、ヌケヌケと彼は告げた。


優しい言動で誘えば余計な警戒心を持たれずにすむ。すぐさま肯定の返事を得られると企んだ。


善人のフリをしてわざと交わした『約束』だった。




シエラが純粋に信じた妥協による『約束』ではなく、ウィル個人の欲望を確実に叶えるための『約束』。つまり建前。


すべては彼女を屋敷へ招くため。男として抱くため。



順調に事は運び、予想通りシエラは警戒心を解いてきた。ピリピリと張りつめていた空気が薄れてゆく。



「絶対に守る?」


「誓うよ。今から実行する。だけどキスと抱擁は許可してね?オマエの体は心地いい……」



ゆっくり腕を伸ばしてウィルは女を抱きしめた。


柔らかな体は糸に引かれるような正確さで腕の中へ。そう、蜘蛛の巣の中へ。


幾本もの足は彼の感情。様々な思惑を込めて相手を絡め取る。




巣の主人は内心笑いたい気分だ。決して抱擁を拒まぬシエラ。明らかにこちらに好意を寄せ心を開き始めている。強がるくせに甘えん坊で可愛いものだ。



いずれ彼女本人が必ず許可を下すとの前提のもとに成り立つ『約束』。だって彼女は「許可なんて下すはずがない!」と否定もしない。


心が一定方向へ向かっている証。シエラは自身の気持ちに目覚めていないだけ。



もっと本気にさせてやろうとウィルは快楽のための努力を惜しまない。来るであろう屋敷内でそれを実現させ身も心も手に入れるために。



成功は確実と今から確信している。


あとは本人が自らの意思で快楽の巣に飛び込むのを待つだけ。部屋を間違わぬよう手招きするだけ。




ふたりきりの寝室で、シエラは自分の立場と彼の言動に疑いもなく、かたい胸に頬を寄せ続けた。



「昨日は誕生日だったね。おめでとう」



光の粒のようにキラキラ降り注いできた何度目かの祝福に胸を熱くし、声の主に身を委ねた。撫でられる頭部の心地よさが安らぎへと導く。


人間の、異性の体温が全身を包む。守られているような錯覚に陥り、緩やかな時の流れの中で眠るように瞳を閉ざしたのだった。





帰宅するというウィルをシエラは玄関まで出向き見送った。


その時どんな表情を見せていたのか、本人は無意識で覚えがない。


ただウィルは彼女を見下ろし、慰めるように囁いた。



「また会いたい」



黒い瞳を甘く煌めかせ、見送りに来てくれた女を抱きしめキスをした。




別れ際の熱いキス。まるで恋人同士であるかのように、かたく抱き合い長い時間ふたりは唇を重ねた。



口の中で舌を絡めてのキスの最中、シエラは相手がカタキであることを忘れていた。喘ぐような息を吐き、ひとりの男との口づけに酔いしれた。


激しさに応えるように男の広い背中に腕を回して離れなかった。離さなかった。




やがて不法侵入して来た男は「じゃあね」の言葉と清々しい笑顔をさせて、来訪時同様堂々と玄関から去っていった。



無言で見送ったシエラ。ドアが閉まりすぐに振り返るも、唇と体に残る感触にしばらく彼を忘れられなかった。





シエラは同月25日付けで探偵事務所の仕事を辞め、仇討ちのためウィルを追い自宅を離れた。



敵の巣窟のある新地ロベリートスに着いたのが31日。


意気込んでの来訪だったが空回りし、緊張と得体の知れない感情からぶらりとバーに入店。そこで知らない男にナンパされた。



泥酔し拉致される寸前、居合わせたウィルの部下ふたりに助けられる偶然。


そのまま彼らの滞在する屋敷に『保護』されるという醜態をさらし、とんでもない初日を迎えた。




こうしてウィルと彼の6人の部下との、シエラの一方的な怨恨による復讐生活が始まった。


だが愛や人生など様々な葛藤に悩む36日間の長い日々になろうとは、念願叶ったというのにいまだ場所も知らず深酔いに熟睡する身では夢にも思わぬシエラであった。




END.

Thank You!



このZEROはLOVERSの前月に起こった出来事を書いた物。


時系列的にはLOVERSシリーズの中で一番最初の話に当たります。


そのわりにシエラとウィルの4度目の再会から始まりますが(笑)。



全4話の中で前半はキス、後半は『約束』に焦点を当てました。


LOVERSでウィルを苦しめた『約束』はこうして誕生したのです。



さてさて読んで頂きありがとうございました。


LOVERSシリーズは今後も増えていくので、興味がありましたら他タイトルも読んでみてください。



24年7月追記

すべて完結済みです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ