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6月9日-1・約束



本日6月9日。


故郷を襲撃したカタキ相手ウィルと再会し、その夜このシエラの自宅に彼は不法侵入。数時間を共に過ごしてから3日が経過していた。



「また来る」と平然と言い残して部屋を後にしたウィル。


それから今日までの間、夜が来る度にシエラは姿を見せない相手を思い、日時ばかり気にしていた。



今夜もそれは変わらず、でも今日はシエラ個人にとって特別な日。


なのに本人は綺麗に忘れており、脳裏には憎いはずの男の顔ばかり。その顔は常に微笑んでいて……。



ウィルの放つ不思議な魅力に惹かれての再来願望。


しかしまだ自覚のない彼女は、カタキ討ちを実行する復讐心ゆえと自分に言い聞かせ信じていた。



その割に武器の用意もせず服も普段通りの軽装。短い丈のスパッツからは太腿を露わにした見事な脚線を披露する矛盾であった。




前回彼が来たのは深夜だった。次も同じくらいだろうと、21時の現在仕事帰りでシャワー上がり故の軽装。


そんな手順を踏みバスルームから出た途端、デジャヴの如き光景に出くわした。



またもウィルは侵入。棚のブランデーを無断で取り出し、ソファで優雅に嗜んでいた。



彼の美貌にその雰囲気はよく似合う。そしてテーブルには苺のショートケーキが2個置かれていた。



シエラを見るなり場違いな笑顔を浮かべ、菓子皿を持ち上げる。


この皿も棚から取り出したもの。友人宅であるかのように室内のあれこれを使いこなしている。



「土産を買ってきたんだ。一緒に食べよう」



唖然としシエラは立ち尽くす。立場をわきまえぬ男に何となく腹を立て無視を決め込んだ。




彼は自分が2年前に犯した行為に反省も罪の意識もなく、だからこうして被害者の家に無神経に現れるのだ。


バカにされている気がして無言で足を進め、内心でイライラ愚痴を零す。


冷蔵庫からレモネードを出し、湯上がりの喉に流した。



潤う喉が気持ちいい。「ふうっ」という吐息と同時に辛い現実も吹き飛ばしたかったが、悪夢のようなそれは彼女の前に残存を続けた。


体の向きを変えた瞬間、ソファにあったはずの姿を眼前に見たのだ。



驚く間もなくいきなり抱きしめられて身動きを封じられた。


そして今ひとつ動作を止めさせたのは頭上から降り注いだ囁きだった。



「誕生日おめでとう」



一瞬意味がわからずシエラは頭の中を真っ白にさせた。


特に意識せず視線を移し卓上カレンダーを確認する。



6月9日。忙しさに忘れていた自身21歳の誕生日当日であった。




そう、ウィルが今回ラベリーズに現れた目的はこの日のためであった。


部下ケイにシエラの生年月日と住所を調査させたのが5月下旬。誕生日がまもなくと知りこの計画を立てたのだ。


3日前に街で出会ったのは本当に偶然で、おかげで会う回数が増えたとウィルは喜んだものであった。




拒みもせず、男の腕の中でシエラは思案に忙しい。


どこでどう調べたか定かでないが、彼は誕生日と承知の上でプレゼントのケーキを持参して来たのだ。



そして物品以上にシエラの胸をトクンと高鳴らせたのはお祝いの言葉だった。


「誕生日おめでとう」。ただ一言が今も甘く優しく心に響く。




5歳で孤児となったシエラには児童施設内で祝福された形式的な誕生日の思い出しかない。


それは温かく嬉しかったし、隣の養護施設の年長者数人から個人的に祝福され感激もした。だが今の気持ちとは異なった。



異性とふたりきりの空間で誕生日を迎えたのも初めての経験。ましてカタキ相手からの意外な祝福。



なのに過去のどんなお祝いよりも心が込められている気がして胸を熱くさせた。



彼女の心中で動揺が広がる。それは感激であり戸惑いであり、ウィルへの憎悪意外の感情であり……。




ただしどのような形であれ立場上返礼などできるはずもなく、けれど文句も言わない。


やがて促されるままソファまで歩き、肩を並べて座った。




その後の記憶はシエラの中であまり鮮明ではない。


共にブランデーを飲みケーキを食べた。会話も多少した気がする。


2杯目の途中でウィルに肩を抱かれ身を委ねた。抗いもせずしばらく黙って温もりを感じていた。



シエラもウィルも沈黙を好んだ。この静寂に居心地の良さを感じていたから。


互いの吐息と触れ合う体からのみ存在を確認していたかったから。




心地よさがもたらしたものなのか、緊張感も警戒心もなくしシエラは我知らず眠りに落ちた。


カタキ相手に寄り添い頭部を預けてスヤスヤ寝息を立てた。



綺麗な光沢を漆黒の髪に輝かせた美青年は寝息を聞きながらひとりグラスを傾け、間もなくしてそれを置いた。


かわいい寝顔に瞳を和らげ立ち上がる。



シャンプーとソープの爽快な香りをふわりと漂わせる彼女を軽々と両腕に抱き、まずは酒に潤う瑞々しい唇にキスをひとつ。そうして場を移したのだった。





夏と称するにはまだ不十分な昼夜の寒暖差激しい6月上旬である。薄着のシエラは肌寒さに目を覚ました。



夏至も近く、夜明けの早い時期であるも屋外はいまだ暗い。


シエラの違和感は室内の一部のみ明るいこと。リビングの消灯を忘れた?と確認のため首を動かし、刹那その身を凍らせた。



ここは見慣れた自宅の寝室。いつものベッド。だからこそ油断していた。


寝起きで頭の回転が鈍っていた、とは言い訳だ。思い出すのが遅すぎた。



自分はカタキ相手と隣のリビングルームにいたはずなのだ。


そう、いま同じベッドで寝息を立てている美貌の男と。




ガバッと掛布団をめくり上体を起こして、ほとんど四つん這いの状態で男から身を遠ざけた。勢いでベッドは振動し、男の目覚めを誘う。



瞼を開けたウィルの黒い瞳に映ったのは、伸ばした足の先でしゃがみこんでいる困惑顔の女。すぐさま声を聞いた。



「アンタ、いつからここに?ワタシ……寝てたの?」


「疲れてたみたいだね。ぐっすりだったよ」



震える女の声とは正反対。ウィルは冷静で声は穏やか。


それを示すようにゆっくり上体を起こして対面する。リビングから差し込む照明が対照的なふたりを照らす。




正面に認めた存在にシエラは今度こそ警戒し、ベッドの端でいつでも逃げられる状態を保ちながら自分の衣服を確かめる。



上下ともおかしな形跡はなさそうだ。触られた覚えもない。


でも一応、恐る恐る答えを求める。



「何も、してない?」



ビクビクと女らしい弱気な態度が可愛らしい。


来月にはシエラも目の当たりにすることとなるウィルのこの奇妙な思考。


悪魔の血が騒ぎ出して苛めたくなり、空気も読まずからかった。


まず意味深な真顔を作り、次いでクスッと笑ってみせる。



「覚えてないの?」


「正直に答えて!」



シエラは必死だ。カタキ相手との過ちを早く『否』と証明させたかった。余裕とは無縁の心境なのだ。




逆に余裕綽々の態でウィルは状況と撫で回したくなる魅惑的な太ももと強張る顔を見つめる。


彼女の表情の変化が見ていて楽しい。ムキになったり意地を張ったり無口だったり。


先日はキスに感じ入りとろけさせていた。そして基本は優しく彼好みの美人である。



初対面の時の清楚なイメージとは裏腹、まさかこんな活発な女だったとは驚きだ。


でもますます好みで情緒豊かな彼女にどんどん惹かれてしまう。


もっと知りたくなってしまう。いい意味で裏切られたと喜びを覚えた。




ウィルはようやく答えた。偽りない発言は自信があればこそ。焦りは不要だ。



とはいえ嵐を好むやっかいな性格。余計な一言を故意に補足する。



「キスだけだよ。抱くなら目覚めてる時を選ぶ。拒絶も喘ぎ声も楽しみだ。セックスしたくてシャワー浴びてたんでしょ?さっそく始める?」



発言をシエラも信じキスで済んだと複雑ながら安堵した。だがそれも束の間、後半部分に強く反応を示す。



予想通りの展開にウィルは胸中で笑みを零した。彼女の憤りに満足だ。


予想外なのは本気で怒らせたことか。頬を赤に染めたシエラが叫ぶ。



「帰って!!」



どうやら酷く嫌われたらしい。


耳に響く怒声がきっかけとなり、ウィルの戯れを一気にフィナーレへと導いたのだった。



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