山田君は厨二病のようです
その刹那。
大きな落雷が落ちたと認識した頃。
空が晴れた。
それと同時に何かが失われていく喪失感が私を襲っていた。
それが何かはわからなかったが確かに何かがなくなっていったのを感じた。
「綺麗だったな……」
「もう終わりか」
「凄かっなぁ」
…………あぁ、とても綺麗な景色だった。
きっとこれから先忘れられない景色だ。
「よし、教室に戻れ!授業の続きだ!」
「えぇー」
「まだ余韻がーー」
「この分からず屋!!」
「誰だ!今の!仕方ないだろ、これが普通なんだ!」
「ちぇ」
うちのクラスだけでない。
他のクラスの人たちも何事もなかったかのように校庭から出ていく。
それを最後尾で見守る私はなぜか足が動かないでいた。
ヒューと、風が砂を運んでいる。
そこにはなぜか幾重も絡まって放置された包帯が転がっていた。
それがなんなのか私にはわからない。
「鈴木ー!今日もプリント頼むぞ?」
「あ、はい。わかりました」
先生はいつのまにか私にそんなことを頼むようになった。
係でも委員長でもなんでもない私が、いつのまにかそういう立ち回りになっていた。
「なんだ鈴木。今日も見学か」
「は、はい。あまり体を動かさないほうがいいので」
体育の時間はいつも見学しているのに、先生はどこか首を捻る。
まるでもう一人見学者はいなかったか、と思うように。
「であるからして、この本能寺では……」
社会の歴史では、その独特の声色がよく眠気を誘っているのに、これまでの授業はなぜか全て起きていた気がする。
でも今はなぜか眠たい。
内容も全く頭に残らない。
「なぁなんでいつもペア作る時一人余るんだろうな」
「そりゃあクラスが奇数だからだろ」
「これまでそんなこと気になんなかったんだけどなぁ」
クラスメイトもなぜかそんなことを口走る。
まるで何か物足りないみたいに、何かおかしいと感じるように。
「なんだか、眠いな」
私は唐突に眠気に襲われる。
目蓋を開くこともままならない。
だから、多分これは夢なのだと思う。
遠く果てない、私が望んだ夢。
『フッ、つまらん』
それは、左手を包帯で隠した、どこか達観した少年の夢だ。
その人の前に行くと私はよく鼻で笑われる。
私も言い返したいんだけどその夢じゃなにもすることができなくて、ただその顔を拝んでることしかできない。
でも、それがなんだか懐かしくて、ずっと見ていたい夢だったんだ。
少年の一挙手一投足が好ましくて、声変わりを済ませた少し低い声色が心地良くて、私のことを見てくるその瞳は愛らしい。
私は夢に出てくる男の子に恋してるんだ。
でもそんなことすら言うことは叶わない。
夢だから。
ただただ彼のことを愛おしく思って眺めることしかできないのだ。
『一つ教えてやろう。世界の理がたった一人の個人に委ねられた時、果たしてそいつは神と呼ばれるんだろうか。神の如くなんでもなしえるやつを神と呼ばずになんと呼べるだろうな。でも、この世界は神が人であってはならない。存在し得るものではあってはならない。だから歴史は紡がれた。劇的な英雄や人智を超える賢者を祀った。でもそれより簡単なことがあるとは思わないか?何もなかったことにして、消えればいい。世界の安寧を願うならそうであったと事実を誘導すればいい。そうして世界は日常を誇ればいい。あとはそこから神が消えれば平和だ。世界を脅かす危険に陥る記憶も経験も事実も、力と共に消えればそれで。これで敵もいないいつもの日常の完成だ。そうは思わないか?』
何を言っているんだろう。
そう聞いてまた鼻で笑われたかった。
分からないならそれが平和な証拠だ、と言ってまたどこか遠くを眺める彼を見ていたかった。
でも私には触れることもできないし、動くこともできない。
あぁまたいってしまう。
また、どこか遠い彼方へ行ってしまう。
それすら私は止められない。
「えー、両親の都合で長期間休学中だった子が今日から復帰することになる。入学直後から休学していたためみんなは知らないとは思うが、今日から本格的に復帰することになる。みんな仲良くするように」
「男ですか?女ですか?」
「男だ」
「ちぇー」
「まぁ、少し個性が強い子だから退屈はせんだろう。入ってこい」
ガラガラと扉を開けて男の子は入ってくる。
学ランをきちんと止めずに適当に羽織り、その左手には包帯が巻かれ、その手で額を覆い隠しポーズをとっていた。
それに私はなぜか心躍らせる。
「えーじゃあ自己紹介を」
「フッ、貴様ら矮小な人間如きに説明する時間も惜しいんだがな」
「えっ、」
「……?」
どこか聞き覚えのある心地の良い声とどこかで見たことのある鼻で笑った様子。
そして。
「仕方もない。一度しか言わんからよく聞いておけ!俺の名は黄昏。闇夜にも、世界の根元にも程遠い、半生の化身、黄昏だ。その魂に刻んでおけ!」
ガタッ。
椅子が倒れる音が近くから聞こえる。
いや、私の席だ。
私が勢いよく立ったから椅子が倒れたんだ。
でも、そんなことより私は彼が夢の少年と重なって仕方ない。
私が恋焦がれるあの少年に。
「どうした?鈴木」
「ん?」
あの少年、名前を山田亮と言った。
「い、いえ、なんでもありません……」
その名前にどこか既視感を感じて、そして懐かしさを感じる。
私の大切な人のような、そんな懐かしさ。
『でも、もし本当の意味で世界の脅威が去った時、世界の理が還元された時、確かに神の能力を持っていたそいつは許されちゃダメなんだろうか。生を享受しちゃいけないんだろうか。俺には、わからない。わからないけど、いつかそのときになったら、俺は…………』
「山田の席は、うーんそうだな、鈴木の隣。窓際の最後尾の席だ」
「フッ、言われるまでもない」
山田君は私の隣の席に座った。
それも、足を組んで机にふんぞり返ってさえいる。
でも、それもどこか懐かしさを感じさせた。
「私の名前は鈴木凛。よろしくね山田君」
「山田……?さっきの話を聞いてなかったのか?いいか?よく聞け?俺の名は黄昏だ!間違えるなよ、キリン!」
「キ、リン?」
「自分で言ったではないか。スズ、キリンと」
「いや、スズキ、リンだからね?」
「……なるほど貴様も本名を隠していると見た。大方それも仮初の姓名なのだろう」
「いや違うからね?」
「フッ、いいだろう貴様には俺のことを山田と呼ぶ権利を与えよう。キリンよ」
こんなやりとり、前にもしたことがあるような気がする。
でもどこか夢の少年とはやっぱり違くて、その瞳が穏やかだった。
多分夢の彼とは違う人なのだと思う。
懐かしさを感じるのもどこか似ているから。
でもきっと山田君は優しい人だ。
それだけはわかる。
そして私はなぜかその目から涙をこぼしていた。
なんで、涙なんて。
そう思った。
でもどこか私の深いところでこの出会いを待ち望んでいたんだ。
だって、口が勝手に動くから。
「ありがとう…………。私たちを守ってくれて、ありがとう……」
なんでそう言ったのか私はわからない。
山田君もわかっていなかった。
でもそう言いたかったんだ。
他でもない山田君に。