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記憶のかけら?




 あれから一ヶ月がたった。

 山田が姫乃さんの体操着を盗んだと発覚して一ヶ月だ。


 その間に事態は完璧にとは言わないが収拾がついた言えるだろう。


 まず、姫乃さんの体操着自体はあれから数日経ってから、いつのまにか帰ってきたらしい。

 と言ってもいつのまにか家にあったことからもより山田への不信感を募る形となったが。


 当の山田は先生方に呼ばれようともその一切を拒否。

 いつものようにどこ吹く風といったように無視し続けた。

 学校側からはあまりことを広げたくもないらしく、これは学校内で処理しようという話にもなっていた。


 姫乃さんは体操着も帰ってきたことだし、もう大丈夫だといっていたものの、周囲はそうとはいかない。

 

 特に男子は山田のことを敵とでもいうような目つきで睨み、時に罵倒をし、時に暴力にまで発展することもあった。

 でもその一切を山田は否定もせず肯定もしない。

 貴様らの尺度に付き合ってやれるほど暇ではないのだ、と山田は言う。


 でもそんな山田も私と隣になった時はいつものように喋りかけてくる。

 おい、キリン、と。

 力はどうした?と。

 ついに組織が動いたのか?と。

 まるで何もなかったかのように話しかけてくるのだ。


 でも、もう私にはその言葉に返す言葉も出てこなかった。

 山田が何を考えているのかも、何がしたいのかもわからない。

 わからないから何も言葉にできないのだ。


 根本的にそれは私だけではなかった。

 私が山田と話せていたのも、山田はこう言うやつなんだと勝手に私がわかった気になっていたからだ。

 みんな、そんな私でさえ奇異に映っただろう。

 理解できないから。


 だから理解できないものはできないと蓋をして、ただ見ているだけだった。

 傍観者として見ていた。


 でもあの事件のせいでみんなは事実でないとしてもその目で見たことを事実と思うことで、理解できないものを理解したくない奴と理解することで、傍観者ではなくなった。


 それは私も例外ではないのだ。

 山田が話しかけてくれても何も返してあげられない。

 これまでのような距離感で接することを戸惑ってしまったから。


 だからこの一ヶ月。

 まともに山田と話してすらいなかった。


「最近台風が近づいているようです。予報ではこの地域に直撃するとのことなので、今日は早めに帰るように」


 そんな声が先生からかけられた時、また他の男子が山田を揶揄っているのを見た。


 しかし、その様子に先生は何も言わない。

 山田もついに何も言わなかった。

 ただ暗雲立ち込めた空を眺めているだけ。


「では挨拶」

「起立、気をつけ、礼」

「ありがとうございました」




 その後日のことだった。


「ん?なんだ、山田。その包帯の量は。まだ封印ごっこでもしてんのかな?」

「フッ、来たる日が近いと言うだけだ」

「クッ、クククそうか、楽しみに待ってるよ」

「呑気だな、全く」

 

 顔の半分を包帯で巻いた山田が登校してきたのだ。

 その様子にクラスではやはり嘲笑の対象となり、表立って言ってくる男子もいれば、影で笑う女子もいた。

 これまでより顕著な反応でもあった。


「それにしても、今日は学校休みになると思ったんだけどなぁ」

「ね!台風が軌道を変えてくれなければ休みだったのに」

「結構デカかったんでしょ?逸れてよかったじゃない」

「でも学校があるよかいいよ」


 一方そういう会話もこれまでのようにされたりしていた。

 昨日の夜から朝にかけて台風の軌道上にこの地域があったはずだが、その寸前で軌道が変わったらしい。

 結構デカめと私も意気込んでいたから、朝は拍子抜けしたくらいだ。


「そういえばそろそろ皆既日食の日じゃない?」

「今から楽しみ」

「おーい、席につけ。授業始めるぞー」


 今日は一時間目に理科の授業だった。


「今日は来週に迫った、皆既日食についてだ。お前らはまだ日食なんて見たことがないと思うが、本当に真っ暗になるから、ちゃんと観察の準備をしてから挑むようにな。まず日食っていうのは地球と月の公転周期のタイミングがうまくあった時に起こる現象だ。………」


 理科の先生はその黒板に太陽と月、地球の位置関係について記していた。


「こんな風に、太陽と地球の間に月が入って、太陽、月、地球が一直線になった時日食は起こる。この図を見ればわかると思うが、この地球上の一部分の場所では、全く太陽の光が届かなくなる地域が出てくるだろ?つまり、この地域が来週のこの街ってわけだ」

「せんせー、その日って学校ですかー?」

「ちょうど授業中だったかな?」

「げー」

「もちろん、校庭で全校生徒見るから安心しろ」

「よかったー」


 そんな会話を聞きながらノートに板書を私は写す。

 日食か……。

 一体どんな感じなんだろう。

 綺麗……なのかな……。


 私はそんなことに思いを馳せる。

 そしてふと左側を見た。


 最近はめっぽう授業中に立ち上がることも減った山田。

 今日も静かにその窓を眺めていた。


 山田はいつも外を見ている。

 やっぱり私たちのことはなんとも思っていないからどう思われてもいいと思っているのだろうか。

 私はこの街から出たことがないけど、山田はもっと広い視野でこの世界を見ているのだろうか。


 それこそ雲もないこの空のような、広大な世界を。


 でも、そんなことすら今の私は山田に聞けない。

 いつも何見てるのって聞いて、よくわからない言葉に笑うこともできない。

 

 いつのまにか私もどこかで毒されていたんだ。

 山田のどこか強い芯を持っていることに。

 私にはそれがないから。


 結局は他人に流されて、上辺だけで、どこか薄い。

 山田と関われたのも最初は厄介だと思った。

 みんなと違うことをしている自分を見て。


 でもそれでも自分の道を行く山田がどこか羨ましいと思ってしまったんだ。

 だからいつのまにか山田と話すようになってた。


 それでも蓋を開ければ今の自分は他人に流されてる。

 山田を見る白い目が私に向いたらって恐れてる。

 

 私は山田のように強い芯も持っていないから、どうしても弱いままだ。

 話しかける勇気すら、軽口を叩いてあげる余裕すらない。

 怯えてる。



「そろそろ、か」



 そんな声だけが、小さく私の耳に届いた気がした。






 その日私は夢を見ていた。

 暗くて、冷たくて、終わりがないような長い夢。

 

『リン!』


 暗い世界でどこかで私を呼ぶ声が聞こえて、長い長い道のりを足下も何も見えない中を進む。


『すまない、すまない。俺がいけなかった。俺がもっとちゃんとしてれば、こんなことにはならなかった。俺がもっと強くあれたなら』


 私の前で誰かが泣いていた。

 否、嘆いていた。


『この世界に未来はない。俺のせいだ。どうあっても守らなければいけなかった。守る力を持った俺が』


 その男は髪もボサボサで、服も散り散り。

 息ももう切れている。

 でもその言葉を紡ぐ。

 

 世界は醜いと語る少年が。

 俺がやるんだ、とその瞳で。




「っ!?」


 いつのまにか汗だくになっていた私はベッドから飛び起きる。

 

 なにか、怖い夢を見ていた気がする。

 でも何?

 何も思い出せない。


 何か忘れてはいけないようなことだった気もするのに。


「凛〜。今日は学校早いんでしょ〜。そろそろ起きなさ〜い!」

「わ、わかってるよ」


 そんな思いをどこか胸に押さえ込んで私は身支度を済ませる。


 今日はなんといっても皆既日食の日だから。

 夢のことは忘れよう。

 

 そしてその綺麗な景色を拝もう。

 きっと忘れられないものになる。

 そう私は思いを馳せた。



「日食ってどんなのなんだろうね?」

「夜みたいな感じなのかな?」

「太陽があるのに夜ってなんだかおかしいよね〜」

「ね!」


「おーい、ちゃんと日食グラスは持ったか〜」

「持ってまーす」

「はーい」

「準備オッケーでーす」


「直接見ていいのは、太陽が月に完全に隠れた時だけだからな!」

「わかってますよー」

「散々聞いた」

「楽しみ」


「にしてもめっちゃ晴れてるよね今日」

「ほんと!よく見えそう」

「どんな感じなんだろう」

「よく見れそう」


「お、そろそろじゃね!」

「めちゃくちゃ近くなってる!」

「後ちょっとだ!」


 校庭に全校生徒が集まっている。

 それなりの広さのあるうちの校庭は、それぞれクラスごとに分かれ大きく広がったところでその端に届くことはない。


 一人一人が十分にスペースをとってみることができる。

 そしてあと少しで日食になろうという時刻になる。

 それをみんなが日食グラス越しに眺めている。


 ただ私の隣にさっきまでいたはずの山田がいなくなっていることに、私は気づいた。


「あれ……?山田?…………っ!?」


 

 ふと頭痛がした。

 ひどく頭が痛い。

 なんだ、この痛みは。

 どこか、この光景を見たような、そんな記憶……?





『今年の皆既日食は関東から中部地方の南側にかけて、完全な形で見ることができるようです。およそ日本で見られる皆既日食は三十年ぶりです』

 

『ただ今年は近年稀に見る災害による被害が関東を襲い、未曾有の被災者が出た年でもあります』


『現地ではまだ被災者の捜索活動が行われています』



『ねぇ、お父さん。本当にそんなものが見えるの?』


『あぁそうだ。きっと忘れられないものになる。こんな災害に負けるなってそう思わせてくれる美しいものだぞ』


『お父さんは見たことあるの?』


『いや、ないな。でもそう思えるくらいに綺麗なんだって俺は信じてる』


『じゃあ綺麗じゃなかったら針千本でも飲んでもらおうかな』


『それはキツいな……』



『皆既日食です!今、太陽が完全に月に隠れました!』



『わぁ、凄い!本当に綺麗……。見て!お父さん!すごくき、れい…………』






 なに、この記憶は……。

 お父さんと私がボロボロに建物が壊れた街並みで二人で空を見上げて、それで。


 お父さんが何か黒くて大きいものに喰われた。

 そんなおぞましい記憶。



「ん?おい、山田!なにしてる!まだ皆既日食は始まってないぞ!日食グラスを持って観察しろ!」


 クラスが座って集まっているところより少し前に山田が唐突に現れていた。

 みんな空を見上げていたから、そこにいることに担任の先生が声をかけることによって初めて山田がそこにいることを認知される。


「山田ー!そんなとこにいてまたなんかするつもりかー!」


 一人の男子がどこか煽るように口にする。

 それにみんなもどこか便乗して山田を見ては笑っていた。

 ただの目立ちたがり。

 そう映るのが普通だから。


 でもまだ月に半分隠された太陽がちょうど山田を照らした時、私はその顔を見てしまった。

 普段は前髪で片目を隠していた山田のその瞳が、獰猛にギラついているのを。



 そして何故かその瞬間時が止まったように、月の起動が止まった。

 山田の位置がちょうど日向と日陰の中間地点となり、私たちの位置は日陰となった。


 そのあり得ない現状に私も、さっきの男子も、笑っていた女子も、担任の教師でさえ驚愕する。

 そして、私たちの体が動かないこともそれに拍車をかける。


 何も言葉が出てこない。

 出すことができない。

 呼吸はどうなった。

 なにもできないのに、何故か思考だけが明瞭にできた。


 そんな中を山田は歩く。

 歩くことができたのだ。


「フッ、全く最後まで愚かだった。俺も貴様らも。結局聖痕の兆しさえ掴むことも叶わなかった」


 山田はそういった。


「結局この日が来てしまっては意味がないというのに。だが、それ以上に俺は準備を整えた」


 山田は不意に自身に巻かれた包帯を取り始める。

 どんなことがあろうとも取ろうとしなかったその包帯を。


「この世界は狂っている。大いなる意思がこの理を放棄した時点で察するべきだったのだ」


 初めに頭の半分を隠した包帯を外し、次に左手の包帯を外す。

 

「ちなみに教えといてやろう。俺も人間だ。貴様らに嘲笑されて、いかに馬鹿にされようともなにもしなかったから勘違いしたか?何を言ってもいいと思ったか?俺だって人の心を持っているんだぞ?」


 山田はそう言って私たちの前にその姿の全容を新たにした。

 包帯で隠した左目は火傷の跡が痛々しく残り、その左手はまるで何かのタトゥーと違えるほどの切り傷を残していたのだ。

 そしてそこからおぞましいオーラを感じさせた。

 まるでこの世のものかと思えないほどに禍々しいものだ。


 その様子を見て私は動かない表情をしかめた。


「一言だけ言ってやろうか。このばあぁぁぁぁか!」


 どこか満足げな表情を山田はする。

 今までで一度も見たことのない山田の姿に驚いているのは、きっと私だけではなかった筈だ。

 みんなそんな山田に驚くしかなかった。


 これまで何事にも動じず、自分の芯を貫き通した山田だったから。

 

 そして山田はいい終えたと満足げに息を吐く。


「フッ、これで心置きもない。エクリプスの夜を超えることもできよう」


 山田はそう言ってありえないことを行動に移す。

 その足で空中を跳躍し、空を飛んで見せたのだ。


 そして山田から微かにようやくか、と聞こえた気がした。


 その時、静止していた時が動き出す。

 動こうとした体が前のめりになるようにしてこれまでの意思が反映される。

 体が動き出したのだ。


「一体何が起きたんだ……」


 その言葉は私のものだったかもしれないし、隣の人が言ったことだったかもしれない。

 しかしこの時みんなが思っていたことに違いなかった。

 

「山田!一体、何が起こるっていうんだ!!」


 私はみんなが動揺している一方でそう絞り出すようにいう。

 この声が届いているの願いながら。


「続きだ。……未来だよ」


 空の暗がりに消えたところから、確かにそう聞こえた気がした。




 そして世界が闇に閉ざされる。

 太陽が完全に月に隠れたのだ。


 そしてその瞬間、記憶が収束される。

 あるべき記憶がその光景を目にした途端に自分の物だと本能で理解したのだ。

 本来、私たちが生きていた記憶を。




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