山田の言っていることがわかりません
そんなことはなかった。
むしろ加速度的に増えていったのだ。
「おい、キリン!まずいぞ、聖域に立ち入ろうとしている……!どうせだ、お前の力を見せておけ」
「まずキリンじゃないし、見せる力もないっ!」
「フンッあるだろう。キリンの得意な媚び諂いだぞ?それは立派な力だ」
「要は抜け出すから言い訳しとけって言ってるわけでしょ!?そんなことするか!……っておい!」
山田はすでに教室から消えていた。
私は英語の先生に腹痛でトイレに行ったと説明したが、五分十分と経って帰ってこないから結局いつもの、と処理された。
「全く、程度が低いな。これでは悠久の使徒の方がまだ動ける」
「いや、参加してから言おうよ。山田だけだよ?ここでまだ座ってるの」
「俺は休養中だ。英気を養わねば唐突な襲来に対応できん」
「せめて体操着に着替えるくらいすればいいものを」
「露出度を上げて戦闘に向かう脳なしにはなりたくないのでな」
「また設定きたよ。……今日の風はどうなのかな?山田」
「山田ではない、黄昏だ」
「それ毎回言ってるよ!?」
「今日は問題あるまい。聖域がまだ自浄作用を保っている限りな」
「なるほどー、そりゃーすごいや!」
体育の授業では体の弱い私が見学している横でピンピンの山田が制服のまま座っていたりした。
この時には私も山田のよくわからない設定にも寛容になってきつつあった。
「鎮魂歌と飾るには足りないな」
「だって童謡だもん」
「歌詞も稚拙」
「だから童謡だって」
「郷愁を語るにも旋律の調和が足りない。フッ、つまらんものよ」
「"ふるさと"に何求めてるの!?」
音楽では合唱の曲の練習を重ねれば重ねるほど山田はぐちぐちと小言を漏らすようになっていた。
それに私は毎回というように付き合わされる。
周りの人もこっちの身になって欲しいものだ。
心身ともにどこか大事な部分が削られている気がするよ。
終いにはこう言われる始末だ。
「鈴木、よくあの山田と会話できるよな」
「な?それはまじですごい」
「まぁ、確かに最初はそうだったけど、次第にね?慣れるよ」
「いやいや、俺には絶対できねぇよ」
「見ている分には面白いけどね」
「なんか私を生贄にしてない!?」
「いやいやそんな」
「余計面白くなったとか思ってないし」
「私の苦労も知らないでぇ」
クラスメイトからもそんなことを言われるようになってしまった。
すでにみんなから見られる対象にまでなってしまったのだ。
あれだけ滑稽だと言った山田のそばにいるこの現状が確かにそうさせてしまう。
あぁ!なんで私はこんなことしてるんだか!
そして私が山田とのよくわからない関係に四苦八苦している、ある日のことだった。
クラス中でとある噂が流れたのである。
「姫乃の体操着がなくなってたらしいよ」
「なんか誰かに盗られたかもしれないんだって」
「うそー!変態じゃん」
「姫乃ちゃんかわいそう」
うちのクラスの姫乃の体操着がなくなったというものだ。
なんでも一週間前から無くなっていたらしく、誰かとの取り違いだと思っていたらしい。
しかし一週間経っても全くその影も見えず、鳥違いだとしたら残った体操着があるはずだから、それもなかったことで盗られたという可能性について噂されるようになったのだ。
「はぁ、はぁ。クソ。怨嗟の鬼まで現れるとは、さすがの俺でも手間取ったぞ」
そんなクラスの雰囲気の中でも山田はいつものように扉を開けて入ってきていた。
いつものように左腕を抱えるようにして。
「山田。もう少し空気読んで入ろうよ。みんなのピリついた表情わかるでしょ?」
なにせ姫乃はこのクラスで一番の可愛い女の子だったから。
男子は口に出さないでも、そんな姫乃の様子を愛玩動物よろしくな温かい目で見守っていたのだ。
そんな姫乃の体操着がなくなったのは、男子たちの目からしても重大な事件に映っていた。
「?特に変わりもあるまい」
「いや、全然違うでしょ!?見てよみんなを!みんなピリついてんの!」
「なんだ?雷属性の能力でも継承したか?」
なぜか山田はこんな時に望んでもいないユーモアな回答をしてみせる。
いや、そんなの望んでないからね!?
「なんでここでボケるの!?そうじゃなくて、先週から姫乃さんの体操着がなくなったんだって。それでみんな犯人は誰だって感じになって……」
「フッ、なんだくだらん。まだ能力の自発的な発現の可能性を考えていた方が有意義だというのに」
「それは山田だけだからね!?」
「山田ではない、黄昏だ」
「それはいいよ!聞き飽きた!」
「にしてもなぜ皆こんな戦闘服でもないただの布に固執するかわからんな」
「動きやすいからでしょ」
「フッ、物の尺度をそんな低劣な思考でしか測れないから貴様はキリンなんだよ」
「えっ、なに?それ今まで馬鹿にしてたの!?」
「聖の化身は麒麟だ。貴様はキリン。せいぜいこの牢獄に囚われてろってことさ」
「学校を牢獄とか言わないでよ!」
といつものようにやりとりをしていたのだが、今日の教室の雰囲気はいつもとは違う。
いつもの狂想は全く感じられないため、今日の教室には私たちの会話だけが響いていたのだ。
会話の間でそのことに気づいた私は、山田のような肝の据わった気性をしているわけではないから少し押し黙る。
ただ、それがいけなかった。
一番重要な時に山田の言葉のみが教室に響いてしまったから。
「今日のやつもそうだ。聖遺物をこんな布切れになんかしているから隙を作る。怨嗟が聞いて呆れるな」
そうして山田はどこからともなくその手に布切れ改め何かの布を取り出した。
こんな空間でもなければ気づかれることはなかったかもしれない。
しかしこの空間が静かなのがいけなかった。
山田の発言を聞いて、そしてその手に持つ布切れを見たある人が声を上げた。
「お、おい。それ、姫乃、のじゃないか?」
と。
その言葉を真に受けて、みんな山田の持つ布に視線を移す。
その布には小さく滲んでいながらも、姫乃、という名前が記されてのだ。
「それ、姫乃の体操着……か?」
「お、おい。じゃあ犯人って」
「山田君……?」
「ま、まじかよ。あいつ」
「窃盗とか犯罪だろ……」
そんな声が静かな空間から洩れ始めたのだ。
今までただの傍観者だった彼らが、いつのまにか被害者の盾となることで、くしくも当事者として出張ったのだ。
「あの人いつも窓の方見てたのって……」
「覗きかよ、最低だな」
「よくわかんねぇやつだと思ってたけど、そういうわけか」
「いーから姫乃の体操着離せよ」
「そうだ!お前なんかが持ってちゃダメだろ!」
そんな風にこれまでの視線が一変し、山田がすでにみんなの敵となってしまった。
でもなんでみんなそんなにすぐ結論を出してしまうんだ。
だって山田が盗んだ証拠なんてどこにもない。
むしろ盗んだならこんな公衆の面前で取り出すはずなんてないんだ。
なのになぜその可能性を考えてあげられない。
「ちょ、ちょっと待ってよ」
そう考えた頃には私が声を上げて、みんなの視線を集めていた。
「まだ山田が犯人って決まったわけじゃ」
「何言ってんだ!こいつが姫乃の体操着を取り出したんだ!こいつが犯人に決まってる!」
「いやだって、犯人からそんなことするはずない……」
そんな風に私は言う。
でもみんなの視線は全くもって変わらない。
むしろ私を見る目さえどこか変わりつつある。
「なんで鈴木さんは山田君を庇うの?他でもない山田君がもってたのに……」
「ち、ちが……」
「そういえば鈴木。最近山田とよくつるんでたよな」
「もしかして共犯なんじゃね?」
「それなら女子更衣室でも簡単に入れるもんな」
当の本人、姫乃がそう言った頃には私はすでに山田の共犯として仕立て上げられてしまう。
そんなことしてないのに。
「ち、ちがっ。だって犯人がそんなことする……」
「そう思わせたいだけなんじゃねーの」
「そうだよ。そうやって山田を庇って。そっちの方がよっぽど怪しい」
でも、もうみんなの視線は意思が決まったかとでも言うようなものだった。
私がいくら喋ってももう余計に疑われるだけだった。
ただ、当の本人、山田はまだ以前とその姫乃さんの体操着を掴んだまま立っている。
何も意に介した様子ではない。
「ほら、山田。返せよ」
「……お前らが言ってるのが、この布のことなら残念ながら渡せないな」
「やっぱりお前が盗んだからか」
山田はそんなことを言う。
本当に山田が犯人なの?
今のうちに返せばいいのに、なんで返さないの?
犯人だから?
「盗んだ……?フッ、実に幼稚な発想しかできないんだな。ただの布切れを盗むも何もあるまい。これは俺が拾ったものだ。これをどうしようが俺の勝手だろう」
山田は姫乃さんの体操着を手に、そんな風に言ってのけた。
ても、それは盗んだこととどう違うの?
「っ!?やっぱりお前が犯人じゃないか!」
「そんな人だとは思ってなかったのに」
「脳味噌までいかれちまってるんじゃねぇのか」
「もともといかれてるよ」
「どうした?そろそろ貴様らの言う休息時間は終わるぞ?席につかなくていいのか?」
山田はそうしてどこ吹く風というように窓際の一番後ろの席に堂々と座る。
その手に持つものを自分の鞄へとしまい込んで。
それからも授業は淡々と進んでいく。
しかし、みんなが先生にもこの事件のことを話すものだから、毎時間山田は先生に呼び出される。
そんな時も山田は何も変わらない。
いつものように飄々としている。
「や、山田……。本当に盗んだの?」
「ん?キリンか。どうした?今は貴様らのいう授業時間なのだろう?」
「そんなことより、答えてよ……!本当に山田は姫乃さんの体操着を盗んだの……!?」
「だからさっきも言っただろう。俺はこいつを拾った。それだけだ」
「じゃあなんで返さないの!?それは姫乃さんのものでしょ!?」
「フッ、俺もこんなものを欲しいわけなかろう。でも、こいつは持ち帰らないと厄災が起こりかねん。せめて永遠の箱庭でもあれば別なんだがな」
「……また、またそうやってはぐらかす。……本当は盗んだんでしょ?そう言いなよ!!!」
その時私はどうしても感情的になるしかなかった。
なんでこんな時もそんな設定でしか物を語らないんだってそう思ったから。
ちゃんと話さないとみんなに誤解されたまま生きることになるんだぞって、そう言いたかった。
でもどちらかというと私も疑っているのだ。
奪ってないなら返せばいい。
なんでそんな誰にでもわかるような嘘を並べる!
そんなの犯人だと疑ってくれ、と言っているようなものじゃないか。
「おい!鈴木!うるさいぞ!」
「す、すみません」
先生によって会話も遮られてしまう。
山田ももうそっぽを向いて、どこか遠くを眺めている。
私は少しの間でも、お前のことはわかっていたつもりだった。
でも今はわからない。
どうして本当のことを言わないんだ。
どうして何も言おうとしないんだ。
これじゃあ、不幸になるだけだ。