1話 転生
深い深い海の底を揺蕩っているようだった。どっちが上で、どっちが下かも分からないほどに、暗く、静かな世界だった。
僕は、死んだのだろうか。ここはどこなのだろうか。
静かな世界は僕を包み込むように受け入れてくれていた。すずも、浩介も、池田さんも、全てを失った僕を優しく慰めてくれる。
そんな暖かさに閉じこもりたくて、あの絶望を心から締め出したくて、身体をまるめ、顔を膝の間に埋める。
このまま、いつまでも漂っていたかった。すべてを忘れて。
どれほどの時間が経っただろうか。この深い深い海は時間を忘れさせてしまうほどに穏やかだった。
丸まって漂っていると、いつの間にか眠りにつくように意識が薄れていく。時折揺れる世界に覚醒を促され、再び深く沈んでいく。その繰り返しだった。
平穏の終わりは突然やってきた。世界がグラグラと揺れ始める。それは今までとは比にならない程で、僕を眠りから覚ますように、この世界から締め出すように脈動する。
僕はまだこの世界から出たくなどないのに。この平穏を乱して欲しくない。こうして丸まっているだけで、あの恐怖から守ってくれる、優しい世界にいつまでも留まっていたいのに。
だがそんなこと気にも留めず、その脈動はどんどん大きく、速く、拙い夢から叩き起こそうとするかのような衝撃を与えてくる。
嫌だ。ここから出てしまったらまた何かひどいことが起きるかもしれないじゃないか。そんなのは嫌だ。もうこれ以上、僕を傷つけないでくれ!
脳裏に蘇る絶望から逃げるように体を丸める。
脈動が大きくなり、僕を包んでいた海はどんどん収縮する。
やがて脈動に耐えられなくなった海が一点に向かって流れ出す。
丸まっていた僕がそれに抵抗できるわけもなく、束の間の平穏はあっけなく終わりを遂げる。
そうして僕は再び現実へと押し出されたのだった。
木の匂いがする。風に乗って人々の笑い声が聞こえてきた。体は動かず、視界もぼやけてはっきりとしないが、意識ははっきりとしている。
僕は今どこにいるんだろう。病院だろうか。僕は生きているのだろうか。
そんなことを考えているとふと覆いかぶさるように影がさす。ぼやけた視界で見えたそれは金色の髪をした女性のようだった。看護師さんだろうか。
「%&$&%$&#$‘&」
何か言っている。耳がおかしくなっているのだろうか。うまく聞き取れなかった。
「#$&%&%#‘#%$’“&」
再び何か言いながら、にっこりと笑う顔を近づけてくる。
いや、違う。これは僕の知らない言葉だ。するとここは日本じゃないのだろうか。僕の心の中で疑念が渦巻き出す。
その女性はそのまま僕の方へと腕を伸ばしてきて、そのまま僕を抱き上げた。
華奢な女性の腕で、だ。あまりの出来事に思考が止まる。
そのままその女性の腕の中に横抱きに抱え込まれる。
そうして初めて見えた自分の体は、あまりに小さく、ムチムチで、幼かった。
僕は、転生していた。
僕を抱き上げた女性が、胸元をはだけていく。
大きく開いた襟元から覗くそれを見た僕はすべてを察し、絶句する。
あぁ、転生後最初の試練がこんなことなんて、誰が思うだろうか。




