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0話 part6

 すずが落ち着くまで時間がかかりそうだったため、その場に二人並んで座りのんびりと時間を過ごす。湖に向かって吹いていくかぜはあたりの暑さを連れ去っていくようでとても気持ちいい。

 どれほど時間が立っただろうか。昨日琵琶湖に来た時もそうだったが、すずといると無言の時間も全く苦にならないから不思議だ。だからこそすずが好きだということなのだろうか。


 少し落ち着いたのだろう。すずが顔を上げて顎を膝の上に乗せる。

「ねえ、なんで?」目線は合わせずに前を向いたまま聞いてくる。


 なんでだろうか。

 自分自身なぜすずのことが好きなのかいまいちはっきりと分からないし、これまでも特に恋愛に結びつくような関係を意識してきたわけでもない。ただ、一度すずとの間に幼なじみではなく恋人という、今までとは全く違った関係がある可能性を見つけてしまってからはもうただの幼なじみという目線では見れそうにもなかった。


「多分これまでもすずに惹かれる気持ちはあったんだと思う。ただ自覚していなかったってだけで。それをやっと自覚させられたってところかな。」

「ふーん・・・なんか恥ずかしいね・・・」

「恥ずかしいのはこっちも同じだよ・・・。それよりもすずはなんで僕なの?」


 それだけがわからなかった。僕の両親が二人一緒にいなくなってからすずと浩介はずっと僕を隣で支えてくれていた。両親が突然いなくなってしまった寂しさに閉じこもってしまった時はずっと隣で付き添ってくれていたし、僕が一人で寂しい思いをしないようにと晩ご飯に呼んでくれたりもした。でも、僕はすずにしてあげられていない。僕がすずにあげられたものがあるだろうか。


だから、

「すずが僕のことを好ましく思ってくれる理由がどうしても分からないんだ。」

「ううん、それは少し違うかなぁ。人と友達になるのも、人を好きになるのも、理由があるからじゃない。私はケイのことが好きだって思ったから、好きなの。」


 湖を見ながら呟くようにそう言うすずの横顔はとても凛々しくて、


「もちろん好きな要素はたくさんあるよ。文句を言いながらも色々付き合ってくれるところとか、今みたいに私のことを真剣に考えてくれるところとか。でもね、それは結局ケイのことが好きだからそこが素敵に見えるの。好きだって気持ちが先なんだと思う。」

「あぁ、それはなんかわかる気がするなぁ。」


 確かに僕もすずのことを好きだという理由がはっきりとあるわけじゃない。なんせ気づいた時には既に好きになっていたのだから。そういう意味では僕もすずと同じなのだろう。


「それにしてもやっとかぁ。私結構アピールしてたと思うよ?」

「うぅ、それに関してはほんとにごめんとしか言いようがないよ。」

「浩介の方が先に気づいていたし。」


頬を膨らませて少し責めるような視線を向けてくる。


「うっ・・・ごめん。」

「ふふっ、いいよ、許してあげる。最後は気づいてくれたし。」


 それからすずと二人でしばらく話をした。すずが高校で弓道部に入ってからは話すことが少なくなっていたためその分を取り戻していくようだった。

 それにしてもすずは弓道がよっぽど好きみたいだ。弓道の魅力や的にきれいに当たった時にとても気持ちいこと、今日の大会で負けて悔しかったこと、それでもやっぱり楽しかったこと、すずの話のほとんどが弓道のことだったように思う。挙げ句の果てには僕もやってみないかときた。さすがに遠慮しといたが。



 いつの間にか陽が傾き始めており、琵琶湖は橙に染まっていた。


「どうする?そろそろホテルに戻る?」


 すずは一応部活で来ているためあんまり遅くなるのもよくないだろう。


「うーん、もう一つ行きたい場所があるんだよね。」


 少し嫌な予感がする。


「どこ?」

「んー、あの琵琶湖花噴水ってやつが夜になったらライトアップされて綺麗らしいんだよね。」

「いや、夜って。ホテルに戻らなくていいの?」

「いいの、いいの。同じ部屋の子に連絡入れといたら多分大丈夫だって。」

「多分って。まあ、それでいいなら僕はいいけど。暗くなるまでまだだいぶ時間あるね。どうする?ファミレスにでもいって晩ご飯先に済ませる?」

「うん、そうしよー!」

「あ、じゃあ浩介も呼ぼうか。どうせ一人で寂しくしてるだろ。」

「むー・・・まあ、いっか。うん、浩介も呼ぼう。」


 もしかしてすずは二人だけの方が良かったのだろうか。


「あー、すず?もしかして浩介呼ばない方がいい?連絡入れるだけにしとこっか?」


恐る恐る聞く。


「ふふっ、ううん、呼んでいいよ。私たちのこともちゃんと話せるし。」

「ああ、そうだね。わかった。」


 スマホを出して浩介にチャットを送る。浩介からの返信はすぐにきた。


「ん?すず、浩介が池田さんも一緒に行っていいかだって。」


 池田真奈(いけだ まな)は例の浩介の追っかけをしている後輩だ。彼女もすずと同じく弓道部に入っており、今回の大会にも出場はしないものの応援としてきていたのだ。


「真奈ちゃん?ああ、浩介とうとう付き合うことにしたのかな?」

「本当にそうだといいな。浩介にはずっと迷惑かけてたし。」


 浩介が真奈からの誘いをずっと断り続けていたのも決して彼女のことが嫌いだったわけではなく、多分僕を一人にしないためなのだ。

 すずは部活で忙しく、そんな中で浩介が真奈と付き合い始めると僕は一人でいることがほとんどになってしまう。浩介はそれを心配していたのだろう。

 前に一回発作を起こしてから浩介は特に僕に気を遣ってくれていたように思う。

 だから浩介が彼女と付き合うと決めたなら、僕ができるのはこれまで僕のために使ってくれていた時間を二人に返すことだと思う。


「浩介たちもファミレスに向かってるって。僕たちも行こうか。」

「うん、行こう行こう−!浩介と真奈ちゃんにもいろいろ聞きたいし!」


 浩介は僕らが付き合い始めたことに気づいているだろうしこれまで全くすずの気持ちに気付いてなかったこととか色々からかわれるだろうなぁと思う。まあその時はこっちがからかい返してやったらいいだけのことだ。


 ファミレスには琵琶湖沿いの道をいけばすぐに着くようだった。


「あっ、浩介たちだ。浩介ー!真奈ちゃーん!」


 すずが手を振りながら二人の名前を呼ぶ。

 道路を挟んだ向かい側に、少し先を歩く浩介と池田さんの背中が見えた。僕たちに気づいた浩介が前の横断歩道を指し示す。あそこで合流しようということだろう。

 すずは先に走って行ってしまった。僕が渡ろうとしたらトラックが走ってくるのが見えたため通りすぎるのを待つ。道路の向こう側にははすずと池田さんが楽しそうに話す様子が見える。


 トラックの様子がおかしい。やけにふらふらしながらどんどん加速している。

 気がついた時には既に横断歩道に突っ込もうとしていた。


「すず!浩介!逃げろ!早く!」


 必死に声を張り上げながら横断歩道を突っ切る。

 すずが驚いたような顔でこっちをみてくる。浩介が池田さんを庇うように抱え込む。


 ・・・・・・嫌だ・・・やめてくれ・・・


 やっと自分の思いを知ってすずと付き合うことになったんだ。


 やっと浩介が池田さんと付き合うって決めたんだ。


 やっと浩介にこれまで支えてくれたお返しができるところなんだ。


 やっと僕が二人にしてあげられることを見つけたのに。


 まだ、すずと一緒にしたいことも行きたいところもいっぱいあるのに・・・・・・


 それを、こんな、こんなところで奪うのはやめてくれ・・・


 もう両親を失った時に散々苦しい思いをしたじゃないか。この上どうして幼なじみまで失わないといけないんだ。


 こんなの、どうしろっていうんだよ。


 僕にはもうどうしようもないじゃないか・・・


 足から力が抜ける。すずを助けないといけないのに。


 体はわかっているんだろう。


 もう、間に合わない。


 すずがつながりを求めるように手を伸ばす。


「ケイ・・・」


 すずの口が僕の名前を読ぶように動いた気がした。


 トラックはそんな僕らの思いを、すずとのつながりを踏みにじって、突っ込んでいく。


 二つの塊が宙を舞う。

 一つは空中で解けて二つのモノに分かれて向こうへ転がっていく。

 一つは僕のすぐ隣へ落ちてきて。

 首があらぬ方向へ曲がっているそれはすずだったモノで。


・・・あぁ、もう嫌だ。こんな世界。僕の大切な人たちは全て奪われてしまった。


 あまりの絶望に腰が砕ける。

 

 ふと頭上に影が差す。

 交差点に突っ込んだトラックが横転して覆い被さるように迫ってきていた。

 

 僕は死ぬんだろうか。そうか、でも、もうそれでいい。そうすれば・・・


 これ以上、僕から大切なものが奪われることは、ない。


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