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0話 part5

 翌日の弓道の全国大会は厳かな雰囲気の中で始まった。

 誰もが言葉を忘れたかのように静まる体育館の中には矢が的に当たるタンッという音だけが小気味良く響いている。まだ小学校二年生のすずと浩介の妹もその場の空気に飲まれたかのようにおとなしく競技に見入っている。


「なあ、ケイ。俺、すずがこんな真面目な競技しとるなんて信じられんわ。」

「うん。僕もすずがこの雰囲気の中で弓道をしている想像がつかない。」


 静寂に染まった体育館は、いつも笑顔を振りまいているすずには最も似つかわしくない場所のようにすら思える。

 一通り競技を終えた高校が射場を後にし、すずたちの順番になる。白い道着に袴を穿いて弓を持ったすずはこれまで見たことがないほどに静かで凛とした表情をしており、それは二度見してやっとわかるほどの変わりようだった。

 並んだ三人が順番に矢を射っていく。

 一本目、一番手のすずが射った矢は綺麗に的へと吸い込まれていき、トンッと音を立てる。

 その後、二人目、三人目と続いて矢を射っていく。



 体育館のエントランスですずを待っていると、部活のジャージに着替えたすずが出てきた。後ろには他の弓道部の部員もおり、その表情は予選敗退という結果に悔しそうなもの、全力を出し尽くしたというかのような清々しいもの、様々だ。

 ただ、すずは一人だけ浮いて上機嫌で、


「ケイ〜、浩介〜、どうだった?」と声をかけてきた。


 そこにはさっきまでの静かな雰囲気は全くなく本当に同一人物かと疑うほどだった。


「いつもと全然違って見えたよ。なんかおしとやか〜って感じだった。」

「ふ〜ん、いつもと違って、ねぇ。それじゃあ私がいつも騒がしいみたいじゃない」少し頬を膨らませて不服そうに言う。


・・・すずは自分が騒がしくないと思っているのだろうか。これは認識を改めてもらったほうが「ねぇ、ケイ?黙り込んじゃってどうしたのかなぁ」


 冷ややかな目をしたすずが覗き込むように目を合わせてきた。


「え・・・いや、すずはいつも騒がし

「ケイ?」すずの目が氷点下を突破したように感じる。どうやら地雷を踏み抜いたようだった。

「うん。騒がしくないよ。うん。ただ、あんなすずは初めて見たからさ、少し驚いっていうか、新鮮だったっていうか。ソレダケダヨ。」

「それならよし。・・・・・・ねぇ、ケイはやっぱりおしとやかな子の方が好きなの?」

「へ?いや突然どうしたの?」

「いや、ケイは私みたいなのは好きになってくれないのかなって・・・」


 試合後で疲れているのだろうか。すずはどことなく上の空でそう言った。


「・・・あっ、やっぱなし。今の無し!忘れて!」


 すずは自分が口にした事に気付いて、顔を真っ赤に染めてそう言ってくるが到底忘れられるはずもなく、その会話は周りにいる浩介や部員たちにも聞こえているわけで。散々ニヤニヤを向けられる事になったのだった。


「あー、ところですず、昨日の答えのことなんだけど・・・。」


 周りのニヤニヤが収まり、他の部員たちが帰りの支度を始めたところでそう切り出す。


「えっ、ここで!?」


 すずの薄れてきていた頬の色が一瞬で赤に染まる。


「いや、違う違う。だからこの後時間ないかなって。」

「わ、わかった。じゃあ、この後一回ホテルにみんなと戻ってお昼食べるからそのあとでいい?」

「うん。場所は・・・昨日行った琵琶湖のところにしよう。それで大丈夫?」

「大丈夫。じゃあ、また、あとで。」


 すずはそう言って他の部員とともにそそくさとホテルに向かって行った。



 昼下がりの琵琶湖は太陽が容赦無く照り付けていてとても暑かった。

 流石に日差しが全く遮られない湖岸にいる気は起きなくて、近くの木陰に腰を下ろす。

 僕は昼をコンビニで適当に買って済ませたが、すずはそうはいかないだろうし、シャワーを浴びたりもするのだろうからここに来るまではもうちょっとかかるだろう。


 そう、僕は昨晩からずっとすずの質問について考えていたのだ。

 頼りにしていた浩介は自分で考えてみろとしか言ってくれず答えは自分で見つけるしかなかった。ただ、すずが求める答えがそのまま浩介が来なかった理由ではないことくらいはすぐにわかった。すずはこの質問で何を伝えようとしているのか、そう考えてみる事にした。


 そして一番わからないのはあのすずと浩介のチャットだった。あのすずの「ありがとう」は何に対してのありがとうなのだろう。浩介がこなかった事に対しての皮肉だろうか。いや、すずはそんな捻くれた性格はしてないし、浩介がこない事に本当に不満だったらあの場ですぐに電話をしてでも連れ出していただろう。

 そう、すずは電話をしてでも連れ出すような性格なのだ。それをしなかったすずは浩介を誘う気がもともとなかったのだろうか。浩介はそれに気づいていて僕を一人でいかせたという事なのだろうか。


 でも、なぜ?


 ここまで考えて僕は一つの答えに辿り着く。その答えはあまりにもありきたりで、簡単で、単純で。ただの自惚れなんじゃないかと疑ってしまうほどで。

 でも、あってしまうのだ、辻褄が。ぴったりと。これまでのすずの行動や表情が、浩介が答えを教えてくれず僕が自分で考えるべきだと言った事が。

 そしてそれはさっきの試合後のすずとの会話でほとんど確信になっている。ただ一つの疑問を残して。



 一陣の風が強く吹き頭上の木の枝がざわざわと揺れる。

 顔を上げるとすずがこっちに向かって歩いてきていた。学校のジャージから着替えており、その表情は深く被ったキャップの影に隠れて窺うことはできない。

 言うべきことはもう決まっている。心を決めて歩いてくるすずに向かい合うように立つ。

 すずが僕のことをどう思っているかは既にわかっている。いや、ここまでされてやっとわかったというべきだろう。

 だから僕がいうべきことは、


「すず、君が好きだ。これが僕の答えだよ。」


 目の前で俯いていたすずはピクッと震え、すぐにその場にしゃがみこんでしまった。そのまま膝を抱えて黙り込んでいる。


 「ねえ、何とか言ってよ。恥ずかしいんだけど。」


 どれだけ待ってもずっと黙り込んでいて、こっちが恥ずかしくなってきてしまいすずの前に同じようにしゃがみこんだ。そのまま手を伸ばしてすずのキャップを取る。

 やっと見えたすずの顔は真っ赤に染まっており、口が横にのび、目尻はこれでもかというほど下がっていた。顔中の筋肉が緩み切っているんじゃないだろうか。


「わぁー!、見ないで!」


 すずはそう言ってすぐに膝の間に顔を埋める。


「見た?」目だけを覗かせて聞いてくる。

「見えたけど・・・」

「・・・れて。」

「えっ、何?」

「忘れて!今!すぐに!」


そう言ってすずが掴み掛からんばかりに迫ってくる。


「いや、でも、むり・・・」


 あのとろけおちたような顔を忘れることは多分できないだろう。正直言って可愛すぎる。


「あぁ・・・・。絶対変な顔してるってわかってたから隠してたのに・・・」

「いや、別に変な顔じゃなかったよ?可愛い、かった。」

「きゅう・・・・」


 またうずくまってしまった。


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