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6話 あなたは私たちの子供

 リンは前からケイは他の子供達とは何かが違うと思っていた。一年経っても一言も喋ることがない一方でリンやカインが言ったことは理解しているような素振りを見せていたし、表情はいつも変わらず常に暗いままだったからだ。

 感情の起伏がなく、泣き叫ぶことも笑うこともない。赤ん坊特有の自分がここにいるんだと主張する感じが全くない。守護の円環を持たせたのもケイのあまりの存在の薄さに自分たちが気づかない間に消えてしまうんじゃないかと不安になったためだ。


「カイン、ケイのことどう思う?」


 客を全員帰して厨房で皿洗いをするリンは、隣でかまどの片付けをしているカインに声をかけた。


「うーん、これまでも赤ん坊らしくない赤ん坊だとは思っていたがやっぱりただの赤ん坊じゃなかったみたいだなぁ」

「もぉー、呑気なんだから。」


 自分たちの子供のことだというのにカインにはどこか落ち着いた雰囲気があった。


「まあ、ケイも話すって言ってるんだしそれを聞いてから考えればいいじゃないか。」


 カインの落ち着いた様子からは彼が自分の子供のことを信じている事が見て取れる。


「それにそれはリンもおんなじだろ。」

「ふふっ、まあね。」


 そしてリンもまたカインと同じくケイのことをすべて受け入れる覚悟をしていたのだった。




「それでケイ、どういう事なんだ。」


 すっかり片付いた一階のダイニングで向かいに座ったカインが重々しく口を開く。


「ええ、まずはごめんなさい。僕はあなたたちの子供ではありません。本当に今まで騙していてすみませんでした。」


 深々と頭を下げる、つもりだったが赤ん坊の体では無理があったようでただ俯いただけになってしまう。


「ケイ?何言ってるの?ケイはちゃんと私のお腹から出てきた…」

「いえ、違います。いや、確かに僕のこの体はリンさんが産んでくれたものです。ですが僕は、この僕の中身は全く別の世界から来たモノです。あなたの子供じゃないんです。」


 そう言っても二人はまだ意味が分からないという顔で呆然としている。


「続けますね。僕がもともと住んでいたのはこことは全然違うところでした。もちろんそこには僕の本当の両親もいたし、幼なじみもいました。そして、」

「ちょっと待って。じゃあケイは私たちの子供じゃないっていうの…?」


 衝撃を受けた顔でリンが僕をじっと見つめる。


「はい。僕があなたから生まれたのは事実ですが僕にはそれ以前にも両親がいます。だから僕はリンさんとカインさんの本当の子供ではありません。これまで黙っていてごめんなさい。」


 そう返すとリンは黙って俯いてしまった。


「僕はその前の世界で事故に遭ったんです。それで一回死んでしまって、気がついたらここに転生していました。」

「はは、本当に信じられねぇ。まさかこんな事があるなんてな。」

「ええ、僕にも信じられません。ですが事実です。」

「ああ、わかってるよ。それで?」

「え?」


 カインの顔はとても悲しそうに歪んで見えた。


「自殺しようと思うほどここの暮らしは酷かったか?そんなにここで生きていく事が辛かったか?これでも俺とリンは今まで精一杯お前を育ててきたつもりなんだ。もしそうなら本当にすまない…。」

「いえ、それは違います。確かに僕は死のうとしました。ですがあなたたちのせいじゃありません。」

「そう、か。」

「でも、じゃあなんで…」


 リンが俯いたまま掠れた声で聞いてきた。


「それは…前の世界に両親と幼なじみがいたって言いましたが両親は僕が十一歳の時に死んでしまっていました。その後ずっと支えてくれていた幼なじみも二人とも僕が巻き込まれたのと同じ事故で死んでしまった。」


 すずや浩介のことを初めて人に話した。

 これまで散々僕の頭の中で繰り返されたあの光景が蘇る。浩介と池田さんが宙を舞う。首が曲がったすずが地面に寝そべってこちらを凝視している。


「僕をずっと支えてくれていた二人が死んで、僕だけが生き延びているなんておかしいじゃないですか。それに僕が生きているのも、あなたたちを騙して、あなたたちの子供のふりをしているからです。そんなの許されていいことじゃないでしょう。僕は生きてちゃダメなんですよ。」


 一度口から流れ出した言葉は濁流となって溢れ出す。


「この世界で生き続ける限り、僕は両親を裏切って、幼なじみを裏切って、あなたたち二人を騙し続けているだけだ。そんな世界で生きていく意味があると思いますか?僕はこの世界の人間じゃない。あなたたちはこんな気味の悪い子供を自分の子供として見れますか?無理ですよね。僕がこのまま生きていても傷ついて苦しみ続けるばかりだ。それだけじゃない。あなたたちだって苦しむことになるんですよ。僕がこの世界で生きていく意味なんて何一つないんだ。あなたたちだってこれ以上僕の面倒を見る必要なんてないんです。僕はあなたたちの子供じゃないんだから。だからこれ以上は」


「もうやめなさい!」


 ずっと俯いていたリンが勢いよく立ち上がる。急に引かれた椅子がバランスを崩して倒れる。その怒ったような目には涙が浮かんでいた。


「ケイ、あなたは大きな勘違いをしているわ!いい?確かにあなたには私たち以前に別のご両親がいてその方達に育ててもらったのでしょう。だけどね、私たちの子供であることには変わりないの。あなたが罪悪感に駆られて死んでしまったら、後には私たちが、大切な子供を奪われた私たちが残されるのよ。だからあなたが死ぬべきだなんてこと言わないで!」

「違う…僕はあなたの子供の姿をしただけの全く他人の子供だ…」

「それが勘違いだって言ってんのよ!私のお腹から生まれてきた時点で体も心も全部ひっくるめて私たちの子供なの!親が四人いてもいいじゃない、何が問題あるのよ!」

「おい、リン、ちょっと落ち着け。」


 カインが興奮したリンをなだめる。


「落ち着いていられるわけないでしょう!」

「リン」

「…ええ、ええ。わかったわ。」


 まだ息が荒いリンが倒した椅子を元に戻して席に着く。


「それからケイ」


 カインはこれまでにないほど厳しい表情をしていた。いつも笑ってばかりいる彼がだ。


「さっきリンが言った通りだ。なんと言われてもケイが俺たちの子供だということは絶対だ。お前が死んで俺たちが喜ぶと思うか。たった一人の子供だぞ。」

「それは…」


 僕は間違っていたのだろうか。


「僕はあなたたちの子供の代わりにはなれませんよ。」


 彼らは僕を受け入れてくれるのだろうか。


「違う。代わりなんじゃない、お前は最初から俺たちの子供だ。」


 彼らは本当に僕を彼らの子供だと思ってくれるのだろうか。

 僕は彼らの優しさに甘えていいのだろうか。

 カインの厳しい顔は崩れない。


「ケイ、今日はこれで終わりにしよう。俺たちもお前も一回冷静になったほうがいい。でもいいか、俺たちがお前を死なせることは絶対にない。お前が前の世界でご両親と幼なじみを亡くして苦しんでいるのはわかる。だけどな、お前がしようとしたことは俺たちにその苦しみを味わせようとしているんだぞ。俺た」

「じゃああなたは、あなたたちが苦しみたくないから僕に生き続けろっていうんですか!そんなの自分勝手ですよ!」

「そうじゃない!落ち着け。俺たちへの罪悪感を死を選ぶ理由にするなって言っているんだ。お前に苦痛を我慢しろなんて言わない。だけどなその苦痛はいつか乗り越えられるものだ。今はそう思えなくてもな。」


 この苦痛が乗り越えられるものだとカインは言った。だけど、僕にはそんな日が来るなんて思えない。

 でも、この後に少し微笑みながらカインが言ったことは僕が思いもしなかったことで、


「それにな、ケイ、お前がこうして転生しているんだ。幼なじみたちも同じように転生しているかもしれないとは思わないか?もう一度落ち着いて考えてみろ。」


 …すずと、浩介が、生きている……?


 僕は突然目の前に現れた一縷の可能性に呆然とするしかなかった。


「さあ、今日はここまでにしよう。みんな休んだほうがいい。続きはまた明日だ。」



 カインの一言で話し合いは終わり、その後三人で寝室に行った。

 僕はカインとリンの間に挟まれて寝ることになったのだがリンは抱きついてくるし、カインはずっと僕の頭を撫でてくるしでとても暑苦しかった。

 でも、なぜか、そうされているとぐちゃぐちゃだった頭の中が落ち着いていくようで、その日は本当に久しぶりに静かに眠る事ができたのだった。


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